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神獣朱雀『エレオノラ』
丘の上の領主館
しおりを挟む「さて、皆さん準備は良いですか? 先ずは領主館。ナディア、手を貸して。私には領主館の場所も風景も解らないから、君を媒体にします」
そう言って薬師は、ナディアの手を取るとクローゼットの扉に指を押し当てた。
「ナディア、もう良いよ。開けて」
ナディアは薬師に言われた通り、扉に手を掛けると引っ張った。
開けた瞬間、柔らかな風が扉を通り抜けた。
新緑の香りに混じって花の香が部屋に雪崩れ込む。
目を閉じて思い浮かべていた風景が、開いた瞳に飛び込んで来る。
あぁ、懐かしい……。
ナディアは目を細めてそう感じていた。
「ナディア、感動している所、悪いんだけど…… 」
「はいっ、何でしょう? 」
風景に感動するナディアには、到底思いつかなかった。
その事を薬師は、申し訳無さそうに指摘した。
「流石に、丘の上は遠すぎる。綺麗な風景なのは認めるけど…… 」
領主館は丘の上に建っていた。
開け放たれた扉からは、領主館は豆粒位にしか見えなかった。
「ごっ、ごめんなさいっ!! 」
皆で爆笑したのは言うまでも無い。
「お姉ちゃんのドジ。よ~し、先行っちゃうからねっ!! 」
そう言って走り出したのは、妹を肩に乗せたロベルトだった。
「ちょっと、ロベルト、ミリア、待ちなさ~い!! 」
ナディアが、後を追って走って行く。
薬師はふふっと笑うと彼女の両親を見やった。
「ミリアって名前を付けたんですね」
「はい。皆で考えました」
父親が、目尻にシワをくっきりと刻みながら笑う。
「良い名前ですね……。それに、此処は良い所だ…… 」
薬師は目を細めると、領主館に向けて一歩踏み出した。
薬師は領主館の客間で父親と共にナディアを待っていた。
折角来たのだから、持って行きたい物が有るなら取っておいでと言われ、自室に籠もっているのだ。
侍女が紅茶を出してくれて、薬師がふわりと笑って「ありがとう」と、礼を言う。
すると侍女が真っ赤になって壁へと下がる。
つくづく、罪作りな男であった。
しばらくの後、ナディアが戻って来て、今度は帝都のペントハウスへ移動となった。
ナディアの母親と弟、妹が見送るため客間に揃う。
人払いをしていて親子と薬師、だけだ。
「ナディア、気を付けて行ってくるのよ。薬師様の助けになるよう、頑張りなさい。薬師様、不束な娘ですが宜しくお願いします」
そう言ってナディアの母親は、深く深く頭を垂れた。
「お母様、ロベルト、ミリア、行ってきます! 」
そう言うとナディアは父親と共に新たな扉をくぐった。
「薬師様、どうか、どうか、娘を宜しくお願いします」
彼女は今一度、薬師に親心でもって真摯に頭を下げた。
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