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神獣朱雀『エレオノラ』

櫂と言う男

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 「カイ、っ、さまっ…… 」


 途切れ途切れに、けれど艶やかな声音で名前を呼ばれた薬師こと櫂は、ドキンと胸を高鳴らせた。


 不謹慎かも知れないが、同じ魂を持つ同じ女であるのに、こんなに違うのは何故だ?


 そう思ってしまう。

 何もかもがまっさらで、慣れ親しんだ者とは違う感情が湧く。

 凪が愛おしい、今はナディアが。

 早く自分のものにしたい程愛おしい。

 その理屈は、凪とナディアがイコールで結べるからだ。

 自分の事を、その魂だけを思うように仕向けたからだ。
 
 自分は『薬師』だ。

 それも如来だ。

 それが意味する所はひとつだ。

 解脱した如来は、総てを凌駕し、総てを無くすのだ。

 愛情さえも。

『薬師』から『櫂』に戻ればこれ程までに感情に支配される。

 だから、誰にも知られてはいけない。

 知っても良いのはこの目の前の女だけだ。

 知って欲しいのも。

 
 だから、無茶をして何時も抱き潰してしまうんだよなぁ…… 。


 つくづく思う。

 でも反省はしない。

 コレが俺の本性だから。


 そう思って、櫂は開き直った。

 鼓動が早鐘を打ちながら、ナディアを壁に押し付ける櫂。
 
 舌先でナディアの唇を開けさせて彼女の口内に進入する。

 櫂のする事に、彼女は抵抗する事も無く受け入れてくれる。

 彼はそれが嬉しかった。

 そして、その行為はどんどんエスカレートして行く筈だった。

 
 其処に誰も●●居なければ……。


 「もし、ノリノリの所大変恐縮するのじゃが、宜しいかのぉ、お二方とも…… 」


 と、大変恐縮した上、遠慮がちな声が、櫂の背後からしたのだった。




 「うわあっ!? 」

 「ひやぁぁっ!! 」


 ナディアが櫂を突き飛ばし、櫂が慌てて離れたのが同時だった。

 
 「うわぁぁ、びっくりした、マジ心臓に悪いっ…… 」


 櫂が心臓を押さえてうずくまっている。

 どうやら本気で驚いたようだ。

 其処まで驚くとは思ってなかった声の主は、


 「あいや、すまぬ」


 と、かなり古めかしい言葉を使い二人に詫びを入れたのだった。



 「もう大丈夫かのぅ、ほんに驚かせてしもうてすまぬな。お主がこの子を助けてくれたのかのう? 」


 漸く櫂が立ち直った頃を見計らって、ベッドに横になっている少女が櫂に話し掛けていた。

 因みに、ナディアは部屋の隅の衝立の向こうで、ひとりでも着ることの出来る服に着替えている最中である。


 「ちょっと待って……。切り替える」


 少女に向けて手のひらで制し、目を閉じ深呼吸を二、三度繰り返す。

 『薬師』から『櫂』に変わるのは一瞬だが、その逆に切り替えるには少し手間が掛かる。

 雰囲気が、ガラッと変わって薬師様に戻った彼を見て、少女の姿をした誰かは「ほおぅ…… 」と、声を上げた。


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