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諸悪の根源

ナディアと薬師

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 「薬師様っ! 朱雀が、朱雀がぁ……」


 薬師の胸に飛びかかるように貼り付いたのは、言わずと知れた緑のたてがみのぬいぐるみ『ライオンちゃん』こと白虎であった。


 二日後には、朱雀の居る国へと出発の予定だったのだが、そんなおりにこのメッセージである。

 いくらよみがえりの象徴の朱雀でも、死なせて良い訳でも無いし、手をこまねいているつもりもない。

 ましてや、朱雀の祈りのお陰で解らなかった居場所までも特定出来たのだ。

 行かないと言う選択肢は無いだろう。

 薬師は張り付く白虎をわさわさと撫でて、べりっと引き離した。

 そして、騒ぎに起きてきたナディアに白虎を預けてナディアに微笑み掛けた。

 
 「ナディア、留守番を頼むよ。俺は朱雀を迎えに行ってくる」

 「はい。道中お気を付け下さいませ。薬師様」


 薬師は頷くと、脇侍二人に向き直った。

 
 「お前達は此処でナディアと国を守れ。吾奴らに逃げ飛ばれては困るからな。彼奴ら相手には俺だけで充分だ」

 「薬師様、逸れを言うならば『私達』だけで充分なのですよ。解ってますよね」


 日光の言葉に薬師は唇の端を釣り上げて笑んだ。

 解って居ると言う証拠である。

 その態度に、日光も唇の端だけを上げて笑い返した。

そして、


 「でしたら、お気をつけて行ってらっしゃいまし」


 と、言い放った。


 「あぁ。大丈夫だ。必ず朱雀を連れ帰る。心配するな」


 薬師はそう言いながらナディアの前に立つ。

 ぎゅっと白虎を抱き締める(本当に締めている)ナディアが側に来た薬師を見上げた。


 「無茶しないで下さいましね」

 「ナディア…… 」


 薬師は彼女の名前を呟くと、見つめたまま押し黙った。

 ナディアは薬師と過ごした数時間で大分彼に慣れ、愛情も急速に育って行った事に気付いていた。

 だから、何か言いたそうにしていた彼に気付きじっと待つ事も苦痛では無かった。

 薬師はそっとナディアの頬に触れ、顔を近付けて行く。

 ナディアの顎に指を滑らせ、自然な動作で持ち上げた時、


 「ごめんな、まだ早いって解ってるんだけど、やっぱ、無理だ」


 そう呟くように言って、ナディアの血色の良い唇に己の唇を重ねた。

 ナディアにとってのファーストキスを、薬師は唐突に彼女から奪ったのだ。

 大切に大切に扱っていた筈のナディアに、薬師は突然の暴挙に出た。

 抵抗されても文句は言えない。

 そんな立場の薬師に、ナディアは抵抗のひとつすらしなかった。

 それどころか、薬師の為に気を失わないように一所懸命に付いて行こうとしている。

 
 もう少し、もう一段階……、ナディアっ……。


 珍しい、薬師の懇願。

 彼は、慣れないナディアに深い深い口付けへと誘い込んだ。

 歯列をなぞり、口を開けさせて舌をナディアの口内へ差し込む深いキスを何故か執拗に薬師はナディアに与え続けたのだった。

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