麗しき蝶は黄金を抱いて夢を見る

久遠縄斗

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娼婦と優しい愛撫 ※

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 ベッドに横たわる私の上に筋肉の塊がある。
 広い肩。太い腕。胸筋は誇るように盛り上がり、その下には割れた腹筋がある。きっと高名な彫刻家でもここまでの肉体美は作れまい。そう思えるほどどこもかしこもが美しく逞しい。
 たるんだ体の高官や、ぶよぶよとした脂肪だらけの豪商を相手にしていた。彼らは体はだらしないし女を喜ばせる技術も全くないが、金払いだけはいい。
 若く、これほどの肉体を持った男を相手にするのは、本当に何年ぶりだろうか。この腕に抱かれるのかと思うと、密かに興奮してしまう。
「ロジー」
 声も低く耳に心地よい。
 端整な顔を台無しにしている髭がなければ、それこそ女が放っておかないだろう。もったいないものだ。
 顔の半分を覆う髭に手を当てる。チクチクとした手触りが逆に手のひらに心地よい。くすくす笑うとその手を取られて手の甲に口づけられた。
 そこから手首、肘、二の腕と唇が這う。同時にチクチクとした髭も触れて、くすぐったさに笑ってしまう。
 首筋から頬へと辿った唇が、私のそれをふさぐ。がさつに見えるのに、触れる手や唇は優しい。
 唇を割った舌が入ってくる。迎え入れてそれに自分の舌を絡めた。
「……はぁ……ロジー」
 唇の合間から声が漏れる。
 何百、何千人と男を相手にしてきた。男を気持ちよくさせるコツは知っている。その技術を駆使してザイクスの舌を愛撫する。
 さらに気持ちよくさせてやろうとしたら、突然唇が離れた。
「どうしたの? 気持ち悪かった?」
「違う、逆だ。気持ちよすぎる」
「キスだけで腰砕けになったの? ふふっ、可愛い人ね」
「俺の理性が飛んだら、そんな余裕はなくなるぞ」
「さあ、それはどうかしら。私は男を虜にするプロよ。理性を失くした男さえ、手玉に取れるわ」
「そりゃ凄いな。楽しめそうだ」
「ふふっ。存分に私を味わえばいいわ」
「ああ。遠慮なくそうさせてもらおう」
 にやりと笑うザイクスにくすくす笑いながら腕を伸ばす。その頭を抱えて引き寄せ、そっと口づけた。
「っふん……」
 優しいのは一瞬だけだった。まさしく噛みつかれていると思うほどの激しいキス。角度を変え、深く交わる。舌が重なり、絡み合う。リップ音などという可愛い表現の似合わない、唾液が混じり合う音をさせて唇と舌が吸われた。
 荒々しいのに、その中に気持ちの良さもある。強引な、それでいて痛みを与えない程度に激しい。
 圧倒されそうになり、はっとして立て直す。
 絡み付いていた舌を、するりとほどく。探られればやんわりと避け、ほんの少しでも引かれればすがるように追いかけて絡みつける。押されれば引き、引かれれば追う。相手のペースに乗らず、自分の流れに引き寄せて巻き込む。
「……はっ……、ロジー……堪らねえ」
 野太く低い声が響く。それに気を良くしてさらに快感を引き出そうとすると、唇が不意に離れた。
「これ以上やってると、何もかもかなぐり捨てて犯しそうだ」
「別にそれでも構わないわよ?」
「駄目だ。初めて自分から求めた女なんだ。ちゃんと優しくしたい」
 言うと同時に触れるだけのキスを落とした。
「ザイクスは優しいのね」
「惚れたか?」
「ふふっ、それはどうかしら?」
 言葉で遊び、二人で笑い合う。そうしてまた触れるだけのキスをした。

 ザイクスの手が体中を這いまわる。首から肩、肩から腕、腕から手のひらを撫でおろされ、太ももに触れる。体に巻いたバスタオルはそのままに、剥き出しの肌をゆっくりと手のひらが掠めていく。
 快感というには弱い刺激。けれど確実に体はその愛撫で熱を持ち始めている。私の肌が敏感なだけではない。ザイクスの愛撫が異常にうまいのだ。
 武骨で大きな手のひら。けれどそこから与えられるのは快感ばかりで、傭兵とは思えない繊細な指使い。先ほど激しいキスをしてきたのと同一人物とは思えない羽のように軽く、優しい触れ方。巨躯を誇る男の愛撫とは思えない。
「…………んっ」
 あまりの心地よさに声が漏れた。気を良くしたザイクスがにやりと笑う。獰猛な笑み。なのに優しい手つき。ちぐはぐすぎて混乱する。
 巻いていたバスタオルがはだけられる。あらわになったのは男を虜にする体。大きな胸、ほっそりとした腰、丁寧に香油を塗ってしっとりとした肌、手入れのされた和毛。
 私の体の隅々にまで視線をじっくりと這わせ、ザイクスが舌なめずりをした。何の変哲もなかった黄色の瞳が、興奮からか黄金の輝きを見せている。
「じっくり見られるのは……苦手だわ」
 元々色が白いせいでわかりにくいが、じっくり見られればさらに色をなくした肌がところどころにあるのがわかる。
「恥じることなんてない。ロジーが病と闘っている証だろ。俺はそれも含めて、ロジーの美しさだと思ってる」
 体中の傷が誇りだと言っている傭兵だ。ザイクスの言葉に嘘はない。また泣きそうになって顔を逸らした。
「気丈なのに、そういった弱い面があるところが可愛い」
 頬に添えられた手の温かさに見上げれば、細められた瞳があった。金色の瞳の中に優しさが見える。

 私が欲しい言葉をさらりと口にする。また瞳に涙が浮かびそうになって目を閉じた。

 唇にキスが落とされた。角度を変えて深く交わりながら、大きな手のひらが胸を揉みあげた。その手つきはやはり優しい。外側から内側へ、ゆっくりと揉みしだかれて胸が形を変える。柔らかさを堪能するように何度も揉まれ、甘い吐息が出た。
 ザイクスの唇が顎から首筋へと降りていく。時々舌で擽られ、甘噛みされて快感が体を走り抜けていく。
 胸にまでたどり着いた唇が、肌に吸い付いて赤い痕を残していく。小さな痛みと快感が走る。けれど何度も吸い付かれていると、痛みすらも快感にすり替わる。
「はぁ……」
 甘いため息にザイクスがふっと笑う。何を笑っているのかと見下ろすと、金色の瞳が私を見ていた。楽しそうに細められた瞳。その瞳がさらに細まり、私の見ている前で胸の先端がザイクスの口の中に消える。
「あっ」
 先端を口に含まれて舌で愛撫される。巻き付いてきたかと思えば先端を擦り上げる。自在に動く熱い舌が先端を執拗に舐めとった。
「ああっ」
 先端を強く吸われ、引っ張られる。痛みと快感に声を上げると、急に唇が離れた。解放感とわずかな喪失感。その一瞬後にはまた強く吸われながら引っ張られる。
 それがやむと、硬くなった先端を解きほぐすように舌が巻きついて来る。甘噛みされて快感に喉を反らせた。
 緊張と弛緩を繰り返し、強弱をつけることで快感に慣れさせない。常に体を快感に支配され、感度が上がってくる。
 どれほど女を抱けば、こんなに愛撫がうまくなるものか。男娼かと思うほどだ。
「気持ちいいか? ロジー」
「ええ、気持ちいいわ。ザイクス、あなた凄くうまいのね。驚いたわ」
「そりゃ光栄だ。けど、まだこんなものじゃない」
 先端を舐め上げ、ザイクスがニヤリと笑う。その手が腰を滑り降り、下半身に向かう。和毛を撫で擦って秘裂へと指が入り込む。
「ふふっ、ザイクスがうまいから、もの凄く濡れてるの。わかる?」
「ああ。びしょびしょだな」
 入り口を太い指で擦りながら私を見上げてくる瞳に、淫猥な光が宿っている。楽しそうに笑いながら太い指を中に差し込んできた。
「……ああぁ」
 元々太い指なのに節まで太くて凹凸がある分、中の壁を引っかいて入り込んでくる。抜かれるときも同様で、快感に身をよじらせた。
「気持ちいいか?」
「ええ……あっ、ああ……気持ち、いいわ」
 ゆっくりと抜き差しされる指がたまらなく気持ちいい。指が二本に増やされると快感はさらに強まった。
 右手は秘所を、左手は胸を、唇が胸の先端をそれぞれ愛撫してくる。そのどれもが気持ちよく、甘い吐息が荒い呼吸に変わっていく。
 ぐちゅぐちゅと中を擦られ快感に眩暈がする。もっととせがむようにザイクスの頭を抱きしめた。歯が先端に当たって背を反らせる。突き出した胸を舌で弄られて声を上げた。
「んっ、あ、いい……気持ち……いい。ああっ、イきそう……ああっ!」
 体の熱を受け入れ快楽に身を任せれば、体は呆気なく絶頂を迎える。
「気持ちよかったか?」
「ええ…………とても」
 今までの客は、愛撫で私が感じている姿を見て悦に浸ることが多い。だから相手が納得するまでイくのを我慢する。その方法はいくらかあるが、今回はそんな必要もなかった。自分の感じるままに絶頂するというのは、本当に久しぶりだ。そして最高に気持ちがいい。
 快感の余韻に浸っていると、ザイクスが金色の瞳で見下ろしてくる。
「俺から離れがたくなっただろ?」
「はぁ?」
 思わず聞き返した。
 何を言っているのだ、この男は。たった一回イかせただけで、私を落せるとでも思っていたのか。馬鹿にするにもほどがある。
「私はまだ正気を保っているわよ。色事で屈服させたいなら、私の意識を刈り取ってからになさい」
 言葉の挑戦状をたたきつけると、ザイクスがまた舌なめずりした。私を組み敷こうとする腕を躱して体の下からするりと抜け出す。今度は私がザイクスをベッドに押し倒した。
「でも、今度は私が攻める番よ」




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