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娼婦と勝負の行方
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フェリオという邪魔も入ったが、トイレ休憩を挟んで再び飲み比べ勝負を始める。
二人でしばらく消えていたせいで、私たちがいい仲になったと騒ぐギヤラリーを睨みつける。ザイクスは満更でもない顔でニヤニヤしているし、もう勝負をしているという雰囲気ではない。
私は変わらずするりと葡萄酒を飲み干す。ザイクスも同じで、勝負は深夜になっても終わらなかった。かといってここで終わりにするわけにもいかない。店内の熱気は変わらず、誰一人として帰ろうとしない。勝負の行方を見届けようと誰もが私たちに注目していた。
私たちの飲む様子を見て周りも飲むペースが速い。店側の損にもなっていないのでマスターからストップの声もかからない。
私たちより先に観戦者の方が酔い始め、頭をふらつかせたりテーブルに突っ伏している客もいる。
「こんなに酒を一緒に長く楽しめる女は初めてだ」
ザイクスがにかっと笑う。髭面だがザイクスの表情はわかりやすく、またコロコロとよく変わる。まるで少年がそのまま大人になったような男だ。
本当に変な男だ。
金貨二枚がかかっているというのに、大して気負いもしていない。
「あら、そう。じゃあ、そろそろあなたの負けで終わってもいいのよ」
「勝てばいい女が手に入る。負けるわけにはいかんだろ」
グラスの中身を水のように飲み干し、ボトルの葡萄酒を注いでこちらに渡してくる。それを私も水のように飲み干して葡萄酒を注ぎザイクスに返した。
「ロジーは惚れ惚れする飲み方をするな」
「ロジスティアよ」
先ほど気安く話したことはなかったことにして、そっけなく言えばザイクスがむっと顔をしかめた。
フェリオから助けてくれたことはチャラになったのだから当然のことなのに、ザイクスの瞳は不機嫌さを隠そうともしない。
「ただの顔見知りのアイツには愛称で呼ばせて、俺は駄目なのか」
「あなたとは顔見知り以前の関係でしょ」
なにしろ今日会ったばかりだ。
「勝負の相手というだけで、他の接点はないじゃない」
「俺とロジーの仲だろ」
「仲良くなる気はないの。愛称で呼ぶのはやめて」
ぴしゃりと言い放つ。
愛称で呼ばれると、勝負中なのに気を許してしまいそうになる。酒豪の私とこんなに長く酒を付き合える人も珍しい。話の振り方が上手く、気づけば乗せられている。相手の懐に入り込んでくるのがうまい。
話してみて面白い男だと思った。きっと勝負を抜きにすればもっと楽しい酒が飲めたに違いない。
けれど、私は負けたくない。
今まで負けたことは一度もなかった。だから負けたくない。負ければ、今まで頑張ってきたことがすべて崩れていきそうで怖い。
国の外れの貧乏な農村に生まれ、食うや食わずの日々を送った。生まれたばかりの妹が餓死しても、私は木の根を食べて生き残った。醜く生にしがみつき、死神にすら勝ったと思った。
人買いに売られた時も、兄妹の中で一番見目がいいからだと思った。どんな扱いをされても胸を張った。そうして娼館に売られ、誰よりも稼いだ。男に媚び、貢がせた。すぐに高級娼館に召し上げられ、そこでもトップの座を勝ち取った。
病がバレて娼館を追い出されても、胸を張って歩いた。上位者に対するやっかみは常にある。追い出す理由ができただけで、私自身が負けたわけではない。
負けないことこそが、私のプライドなのだ。
だから負ければそれこそ心まで折れてしまう。それに、勝負の飲み代もかかっている。持ち金で支払えない額ではないが、今後のことを考えるとマズイ。まさかザイクスがこれほどの酒豪とは思わず、勝つつもりだっただけに杯を重ねすぎた。
私は緩みそうになる頬を無理やり引き締める。
そんな私を見てザイクスの目がすっと細まった。剣呑な光を宿した黄色の瞳。底光りして金色に光ってみえる。その瞳に射すくめられて、足が勝手に震えた。それを抑え込み葡萄酒をグラスに注いでザイクスに差し出す。グラスを奪い取ったザイクスは、今までと違ってぐいとあおるように一気に飲み干した。その間も黄色の瞳が私から外れることはない。
無言で葡萄酒を注ぎ、差し出す。私はペースを乱さないようにして飲み干し、再び葡萄酒を注いで渡せば、ザイクスはまた一気に飲み干した。
自分の飲むペースは守っているが、ザイクスが一気飲みするので一息つく暇もなくまたお酒を体に取り込むことになる。それを続けているとよくない兆しが足に現れた。ふわりと体が浮くような感覚が体を襲い、座っている足の力が抜けていく。私の酔い方は意識がしっかりしたまま体に力が入らなくなるものだ。立てなくなる前にやめるべきなのかもしれない。けれど、ここまできて負けたくない。ザイクスもしゃべらなくなったし、あちらも限界が近いのかもしれない。
見下ろしてくる黄色の瞳が威圧的で、それが今は腹立たしい。睨みながらグラスを空ける。もう少し、もう少し、と思いながら杯を進める。
無言で煽り続ける勝負は、先ほどまでの会話のある穏やかな雰囲気と違って緊張感を生む。ザイクスの剣呑な態度がさらにそれに拍車をかけた。いつの間にか周りの声援もヤジもなくなっていて、ただ静かに杯を進めていく。
私はその緊張感に呑まれた。
ぐらりと視界がゆがんで、持っていたグラスが手から離れた。まずいと思った時には遅く、乾いた音を立ててグラスがテーブルに転がる。わずかに残っていた液体がテーブルに広がって地面に滴り落ちる。
その音がやけに耳についた。
限界が近かった体は周りの雰囲気に呑まれて緊張し、あと一口で飲み干せるというところでそれが緩んだ。その一瞬、すべての力が体から抜けてしまった。
テーブルに突っ伏しそうになる体を、肘でどうにか支える。力が抜けると途端に酔いが回ったように体が言うことを聞かない。
ザイクスは転がったグラスを取ると葡萄酒を自ら注ぎ、それを一気に煽って飲み干した。唇についた葡萄酒を乱暴に手の甲で拭い私を見下ろしてくる。
「俺の勝ちだ」
低く宣言された言葉が耳に届いて、私は酒で熱くなった息を吐き出し、素直に負けを認めた。
二人でしばらく消えていたせいで、私たちがいい仲になったと騒ぐギヤラリーを睨みつける。ザイクスは満更でもない顔でニヤニヤしているし、もう勝負をしているという雰囲気ではない。
私は変わらずするりと葡萄酒を飲み干す。ザイクスも同じで、勝負は深夜になっても終わらなかった。かといってここで終わりにするわけにもいかない。店内の熱気は変わらず、誰一人として帰ろうとしない。勝負の行方を見届けようと誰もが私たちに注目していた。
私たちの飲む様子を見て周りも飲むペースが速い。店側の損にもなっていないのでマスターからストップの声もかからない。
私たちより先に観戦者の方が酔い始め、頭をふらつかせたりテーブルに突っ伏している客もいる。
「こんなに酒を一緒に長く楽しめる女は初めてだ」
ザイクスがにかっと笑う。髭面だがザイクスの表情はわかりやすく、またコロコロとよく変わる。まるで少年がそのまま大人になったような男だ。
本当に変な男だ。
金貨二枚がかかっているというのに、大して気負いもしていない。
「あら、そう。じゃあ、そろそろあなたの負けで終わってもいいのよ」
「勝てばいい女が手に入る。負けるわけにはいかんだろ」
グラスの中身を水のように飲み干し、ボトルの葡萄酒を注いでこちらに渡してくる。それを私も水のように飲み干して葡萄酒を注ぎザイクスに返した。
「ロジーは惚れ惚れする飲み方をするな」
「ロジスティアよ」
先ほど気安く話したことはなかったことにして、そっけなく言えばザイクスがむっと顔をしかめた。
フェリオから助けてくれたことはチャラになったのだから当然のことなのに、ザイクスの瞳は不機嫌さを隠そうともしない。
「ただの顔見知りのアイツには愛称で呼ばせて、俺は駄目なのか」
「あなたとは顔見知り以前の関係でしょ」
なにしろ今日会ったばかりだ。
「勝負の相手というだけで、他の接点はないじゃない」
「俺とロジーの仲だろ」
「仲良くなる気はないの。愛称で呼ぶのはやめて」
ぴしゃりと言い放つ。
愛称で呼ばれると、勝負中なのに気を許してしまいそうになる。酒豪の私とこんなに長く酒を付き合える人も珍しい。話の振り方が上手く、気づけば乗せられている。相手の懐に入り込んでくるのがうまい。
話してみて面白い男だと思った。きっと勝負を抜きにすればもっと楽しい酒が飲めたに違いない。
けれど、私は負けたくない。
今まで負けたことは一度もなかった。だから負けたくない。負ければ、今まで頑張ってきたことがすべて崩れていきそうで怖い。
国の外れの貧乏な農村に生まれ、食うや食わずの日々を送った。生まれたばかりの妹が餓死しても、私は木の根を食べて生き残った。醜く生にしがみつき、死神にすら勝ったと思った。
人買いに売られた時も、兄妹の中で一番見目がいいからだと思った。どんな扱いをされても胸を張った。そうして娼館に売られ、誰よりも稼いだ。男に媚び、貢がせた。すぐに高級娼館に召し上げられ、そこでもトップの座を勝ち取った。
病がバレて娼館を追い出されても、胸を張って歩いた。上位者に対するやっかみは常にある。追い出す理由ができただけで、私自身が負けたわけではない。
負けないことこそが、私のプライドなのだ。
だから負ければそれこそ心まで折れてしまう。それに、勝負の飲み代もかかっている。持ち金で支払えない額ではないが、今後のことを考えるとマズイ。まさかザイクスがこれほどの酒豪とは思わず、勝つつもりだっただけに杯を重ねすぎた。
私は緩みそうになる頬を無理やり引き締める。
そんな私を見てザイクスの目がすっと細まった。剣呑な光を宿した黄色の瞳。底光りして金色に光ってみえる。その瞳に射すくめられて、足が勝手に震えた。それを抑え込み葡萄酒をグラスに注いでザイクスに差し出す。グラスを奪い取ったザイクスは、今までと違ってぐいとあおるように一気に飲み干した。その間も黄色の瞳が私から外れることはない。
無言で葡萄酒を注ぎ、差し出す。私はペースを乱さないようにして飲み干し、再び葡萄酒を注いで渡せば、ザイクスはまた一気に飲み干した。
自分の飲むペースは守っているが、ザイクスが一気飲みするので一息つく暇もなくまたお酒を体に取り込むことになる。それを続けているとよくない兆しが足に現れた。ふわりと体が浮くような感覚が体を襲い、座っている足の力が抜けていく。私の酔い方は意識がしっかりしたまま体に力が入らなくなるものだ。立てなくなる前にやめるべきなのかもしれない。けれど、ここまできて負けたくない。ザイクスもしゃべらなくなったし、あちらも限界が近いのかもしれない。
見下ろしてくる黄色の瞳が威圧的で、それが今は腹立たしい。睨みながらグラスを空ける。もう少し、もう少し、と思いながら杯を進める。
無言で煽り続ける勝負は、先ほどまでの会話のある穏やかな雰囲気と違って緊張感を生む。ザイクスの剣呑な態度がさらにそれに拍車をかけた。いつの間にか周りの声援もヤジもなくなっていて、ただ静かに杯を進めていく。
私はその緊張感に呑まれた。
ぐらりと視界がゆがんで、持っていたグラスが手から離れた。まずいと思った時には遅く、乾いた音を立ててグラスがテーブルに転がる。わずかに残っていた液体がテーブルに広がって地面に滴り落ちる。
その音がやけに耳についた。
限界が近かった体は周りの雰囲気に呑まれて緊張し、あと一口で飲み干せるというところでそれが緩んだ。その一瞬、すべての力が体から抜けてしまった。
テーブルに突っ伏しそうになる体を、肘でどうにか支える。力が抜けると途端に酔いが回ったように体が言うことを聞かない。
ザイクスは転がったグラスを取ると葡萄酒を自ら注ぎ、それを一気に煽って飲み干した。唇についた葡萄酒を乱暴に手の甲で拭い私を見下ろしてくる。
「俺の勝ちだ」
低く宣言された言葉が耳に届いて、私は酒で熱くなった息を吐き出し、素直に負けを認めた。
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