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Extra3:幸せのいろどり ―透side―
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紅白の梅の花が美しい庭園が見渡せる料亭の座敷で、坂上社長は困惑した顔で俺と美絵さんを交互に見ていた。
「そんなこと、今更……許せるわけないだろう?」
「いいんです。2週間近く一緒に生活してみて、今は誰とも結婚したくないと気付いて、婚約をお断りしたのは私の方なんですから」
怒りをあらわにする社長に、美絵さんが自分から婚約解消を申し出たと言ったのには、俺も驚いたけど。
料理が運ばれる前に俺が退職の話と婚約解消の話をしたものだから、食事もしないまま、坂上社長は席を立った。
「……帰るぞ、美絵」
「……先に行っててください。すぐに追いかけますので」
娘には弱いのか、渋々ながらも部屋を後にする社長の後ろ姿に頭を下げている俺の隣で、美絵さんはクスっと笑い声を漏らした。
「……いいんですか? 社長にあんな事を言って」
「いいの。だって今は結婚したくないと言うのは、本当のことですし」
また意外なことを口にして、美絵さんは悪戯っぽい笑みを零し、俺の方に向き直ると頭を下げた。
「2週間近く、一緒に過ごせて本当に楽しかったです。ありがとうございました」
「そんな……俺は……」
「いいの。透さんは迷惑だったでしょう? でもね、私、男性とお付き合いしたことがなくて……ううん、それ以前に親しい友達もいなくて……」
「……え?」
美絵さんのような人が、友達も恋人も今までいなかったなんて、意外だった。
「……透さんに初めてお会いした時、素敵な方だなって、結婚するならこんな人がいいかなって漠然と思ったんです。でもそれって、本当の恋って言えないんだなって……」
俺から目を逸らせるように長い睫毛を伏せて、「透さんを見ていたら、そう思ったんです」と、言ってから、美絵さんはもう一度俺を見上げた。
「透さんには好きな人がいて、決して周りから祝福されるような恋じゃないかもしれないのに、それでも透さんはその人のことを心から好きなんだなって感じて。それがなんだか羨ましくて……。私には、そんな風に相手を想ったり想われたりした経験って、一度もなかったから――だからって、こんな我が儘をしてはいけなかったですよね」
ごめんなさいと、俺の携帯を返しながら謝る美絵さんに、俺は少し苦笑しながら大丈夫ですよと、応えていた。
「短い間でしたけど、透さんと一緒に過ごして、色んなお話をして楽しくて、友達ってこんな感じなのかなって……」
最後に、「ありがとうございました」と、もう一度言ってくれた美絵さんが部屋を先に出て行くのを見送って、少し時間を空けて俺も料亭を後にした。
***
新幹線に乗り込んで座席に落ち着いてから、『新幹線で開けてください』と、美絵さんが言っていたのを思い出して、チョコレートのラッピングを開けてみた。
中にカードが添えられていて、そこに書かれていたメッセージを読んで、くすっと笑いが漏れてしまった。
『――やっぱりちょっと悔しいから、私は透さんの恋を応援したりしません。少しでもチャンスがあれば、透さんと直くんの恋を邪魔しに行くかもしれないです。その時は全力で直くんを守ってくださいね。――美絵』
美絵さんの作ってくれたトリュフチョコレートをひとつ口の中へ入れると、ガナッシュのまろやかな味とココアの苦味が舌の上で溶けていった。
***
「そんなこと、今更……許せるわけないだろう?」
「いいんです。2週間近く一緒に生活してみて、今は誰とも結婚したくないと気付いて、婚約をお断りしたのは私の方なんですから」
怒りをあらわにする社長に、美絵さんが自分から婚約解消を申し出たと言ったのには、俺も驚いたけど。
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「……帰るぞ、美絵」
「……先に行っててください。すぐに追いかけますので」
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「……いいんですか? 社長にあんな事を言って」
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また意外なことを口にして、美絵さんは悪戯っぽい笑みを零し、俺の方に向き直ると頭を下げた。
「2週間近く、一緒に過ごせて本当に楽しかったです。ありがとうございました」
「そんな……俺は……」
「いいの。透さんは迷惑だったでしょう? でもね、私、男性とお付き合いしたことがなくて……ううん、それ以前に親しい友達もいなくて……」
「……え?」
美絵さんのような人が、友達も恋人も今までいなかったなんて、意外だった。
「……透さんに初めてお会いした時、素敵な方だなって、結婚するならこんな人がいいかなって漠然と思ったんです。でもそれって、本当の恋って言えないんだなって……」
俺から目を逸らせるように長い睫毛を伏せて、「透さんを見ていたら、そう思ったんです」と、言ってから、美絵さんはもう一度俺を見上げた。
「透さんには好きな人がいて、決して周りから祝福されるような恋じゃないかもしれないのに、それでも透さんはその人のことを心から好きなんだなって感じて。それがなんだか羨ましくて……。私には、そんな風に相手を想ったり想われたりした経験って、一度もなかったから――だからって、こんな我が儘をしてはいけなかったですよね」
ごめんなさいと、俺の携帯を返しながら謝る美絵さんに、俺は少し苦笑しながら大丈夫ですよと、応えていた。
「短い間でしたけど、透さんと一緒に過ごして、色んなお話をして楽しくて、友達ってこんな感じなのかなって……」
最後に、「ありがとうございました」と、もう一度言ってくれた美絵さんが部屋を先に出て行くのを見送って、少し時間を空けて俺も料亭を後にした。
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新幹線に乗り込んで座席に落ち着いてから、『新幹線で開けてください』と、美絵さんが言っていたのを思い出して、チョコレートのラッピングを開けてみた。
中にカードが添えられていて、そこに書かれていたメッセージを読んで、くすっと笑いが漏れてしまった。
『――やっぱりちょっと悔しいから、私は透さんの恋を応援したりしません。少しでもチャンスがあれば、透さんと直くんの恋を邪魔しに行くかもしれないです。その時は全力で直くんを守ってくださいね。――美絵』
美絵さんの作ってくれたトリュフチョコレートをひとつ口の中へ入れると、ガナッシュのまろやかな味とココアの苦味が舌の上で溶けていった。
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