出逢えた幸せ

ずーちゃ

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Extra3:幸せのいろどり ―透side―

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「透さん、何をしているの?」

 バルコニーで携帯を眺めて溜息を零した瞬間、後ろから聞こえてきた声に振り返ると、美絵さんが窓の側で不安そうな表情を浮かべて立っていた。

「いえ……、仕事の電話をしていただけです」

 バスルームから出てきたばかりなのだろう、まだ乾ききっていない前髪が夜風に揺れて、俺を見上げる瞳はひどく頼りなげに見える。

「風邪を引きますよ」

 部屋の中へ入るように促して、俺も美絵さんの後に続いて入ろうとすると、ゆったりしたガウンの袖口から、小さめの手が差し出された。

「透さん、携帯を貸してくださいませんか?」


 一瞬、何故だろうと思ったけれど、訳も分からず言われるままに、その小さな手に携帯を渡してしまった。

「……これは、私が預かっていていいですか?」

「……え? どうして……」

「もう、お仕事のことで連絡することは、何もないでしょう? 約束の日までは、他の事を考えてほしくないから……なんて、やっぱりダメですよね……」

「それは、ちょっと困る……かな」

 今までの仕事のことで連絡することは無いかもしれないけれど、それでも神谷さんから急ぎの連絡があるかもしれない。

「高岡直くんのご実家に、お知らせしてもいいんですか? って、また脅迫じみた事を言いたくなってしまいます」

 美絵さんは困ったように眉を下げて苦笑する。

 俺も、それを言われてしまっては、逆らう事はできなくて、ただ従うしかない。と、思う。今のこの状況は、自分自身が招いてしまった結果なのだから。

 だけど俺はこの件に関しては、そう悲観することもないと思えていた。

 これで直くんに連絡をすることも今は出来なくなったけれど、それはそれで良かったのかもしれない。

 今まで向き合おうとしないで、逃げてばかりしてきたことで、大きくなってしまった幾つかの問題が全て片付かないと、真っ直ぐ前を見ることが出来ない。

 自信を持って直くんの前に立てるまで、あともう少し時間が必要な気がしていた。


 ***


 約束の日まで、意外に穏やかな日々を過ごしていた。

 彼女が動けない分、俺が家事を手伝ったり、食事をしながら世間話をしたり、趣味の話をしたり。

 夜は、彼女は寝室で、俺はゲストルームを使った。

 恋人の真似事というよりは、友達の関係を楽しんでいるように思えた。

 ――そして2月14日……。

 朝起きてリビングに行くと、美絵さんはもう起きていてキッチンに立っていた。

 怪我の具合も随分良くなって、生活するには不自由もない位には回復していた。

「透さん、おはようございます」

「おはようございます。早いですね、美絵さん」

「ええ、朝食の支度と、今日は2月14日なので…… これを作ってたんです」

 そう言って、美絵さんが差し出したのは、リボンをかけて綺麗にラッピングした長方形の箱。

「……これは…… ?」

「バレンタインデーですから」

 はにかみながら、少し俯き加減に俺を見ないようにして小さな声で美絵さんは言った。

 ――そうか……バレンタインデーだった。だから、約束の日を今日までにしたのか?

 キッチンのシンクの中に、チョコの付いたボールやクッキングバットなどの道具があるのが目に入った。

 朝早くに起きて、一生懸命に作ってくれている姿を想像すると、なんだか微笑ましく思う。

「……ありがとう」

 俺は、チョコが入っているだろう箱を受け取った。

「今じゃなくて、帰りの新幹線の中で、開けてくださいね」

 一緒に過ごすのは今日までという約束を、美絵さんは素直に守ってくれた。

 今日は坂上社長と昼食の約束をしている。

 婚約解消や、会社を辞める話が出来るように、美絵さんが便宜を図ってくれていたのだ。

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