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Extra3:幸せのいろどり ―透side―
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しおりを挟む美絵さんは、ダイニングテーブルの上に、優雅な手付きでティーセットを準備していく。
ティーポットからカップに注がれる紅茶から、微かに香りが湯気と共に立ち上がっていくのを見つめながら、俺は話すタイミングを見計らっていた。
彼女が美しい仕草で紅茶をひとくち飲み、胸の辺りで支えているソーサーにカップを置く。
カップとソーサーの重なる音が小さく鳴るのと同時くらいに、俺は「……美絵さん」と、漸く声をかけた。
ただ名前を呼んだけなのに、小さな肩をぴくっと震えさせて、美絵さんは俺を遠慮がちに見上げてくる。
「話と言うのは、結婚のことです」
「……はい」
何から話したらいいのか、何て謝ればいいのか、ここに来るまでもずっと考えていたことだけれど、正直な気持ちをそのまま伝えたら、どんなに相手を傷つけるだろうと思うと、なかなか頭の中で言葉を整理できないままだった。
だけど、このまま何も言わずに縁を切ってしまうよりも……きっといい方向にいくんじゃないかとも、考えていた。
いい加減な気持ちで結婚という言葉を口にした、こんな酷い男のことなど、早く忘れた方がいい。
生きている限り、時には知らないうちに相手を傷つけたり、自分も傷ついたり。きっとこれからも、そんなことを繰り返してしまうんだろうけど。
俺はずっと、自分が傷つくのが怖くて、現実から目を逸らして見ないようにしてきた。
だけど今は思う……。本当は……自分が傷つくよりも、相手を傷つけることの方が怖い。
でも、どうやっても傷つけてしまうのなら、隠したりせずに本当のことを言った方がいいのかもしれない。
「……俺は、美絵さんと結婚することは……出来ません」
じっと俺を見つめていた美絵さんの瞳に見る見る涙が溜まり、それは瞬きと同時に一筋白い頬に零れ落ちた。
「謝っても、許されるようなことではないと分かっていますが、それでも俺には謝ることしか出来ません」
本当に申し訳ありませんと、俺は頭を下げた。こんな事をしても、美絵さんの気が済まないことは、分かっているのだけれど。
「……どうして、ですか?」
頭を下げたままの俺に、美絵さんは遠慮がちに訊いてくる。
「……それは……」
下げていた頭を上げて美絵さんに視線を合わせると、哀しげに潤んでいる瞳に、強い光を感じた。
「……好きな方がいらっしゃるんでしょう? だから結婚出来ないとおっしゃるんですね?」
「……え?」
まさか美絵さんの方から、その話が出るとは思っていなくて、俺は驚きを隠せないでいた。
「知ってるんです、私……。透さんには他に好きな方がいらっしゃることを」
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