出逢えた幸せ

ずーちゃ

文字の大きさ
上 下
323 / 351
Extra3:幸せのいろどり ―透side―

(88)

しおりを挟む

「……美絵さん……」

 まさか、ここに美絵さんが居るとは思わなかった。

「そんなに驚かれるとは、思いませんでしたけど……」

 玄関先で固まってしまっている俺に、少し苦笑しながら美絵さんは、取り敢えず入ってくださいと、ドアを大きく開けた。

 建ったばかりの真新しいマンションの部屋は、新築の匂いが微かにしている。

 もういつでも住めるように各部屋には、カーテンや家具、電化製品なども既に綺麗に配置されていた。

「お義母様と一緒に選んだんですけど、お気に召しませんか?」

「……あ、いえ……。こんなに揃っているとは思っていなかったので……。あの、俺の荷物が昨日届いたと思うんですが……」

「あ、はい。勝手に触ってはいけないと思って、皺になってはいけないスーツ等以外は、まだダンボール箱に入れたままなんです」

 そう言って、美絵さんは書斎へ案内してくれた。

 そこには、幾つかのダンボール箱が部屋の端に置かれていて、造り付けの本棚が壁一面に広がっていた。

 とても使いやすそうな、りっぱな書斎だ……。でも俺がここを使うことは、この先無い……。

「今、お茶をお淹れしますね。お荷物の整理は、後で私もお手伝いしますので」

 にっこりと微笑む美絵さんに、心が痛む。

「美絵さん……」

 キッチンに向かおうとするところを呼び止めると、美絵さんは「はい」と、返事をして立ち止まって振り返った。

「……」

「どうなさったんですか?」

 思わず口篭ってしまった俺に、小首を傾げて不思議そうな顔をしている。

「……お茶は、いいです。今日は美絵さんに大事な話があって、大阪に来たんです」

「……大事なお話……」

 リップグロスの綺麗な薄いピンク色の唇が、俺の言った言葉を繰り返して小さく動く。

 そこで言葉を区切って、俺を見つめる瞳は、今にも泣き出しそうに見えた。

「……大事なお話って、私にとって嬉しいこと? それとも……悲しいことですか?」

 ――ああ……美絵さんは、きっと気付いていたんだ。と、思った。

 俺が、彼女とちゃんと向き合おうともせず、愛も感じていないのに、結婚しようとしていたことを。

「あ、あの私、やっぱりお茶淹れますね」

 美絵さんは、俺から視線を外し、パタパタとスリッパの音を立てて、キッチンへ向かう。

 俺も後から書斎を出て、ダイニングテーブルの椅子に座ってキッチンの様子を気にしながら、お茶を淹れてくれるのをただ待っていた。

 誰かを本気で好きになるなんて思っていなかったけれど……。

 自分にもそんな気持ちになることがあるなんて、思っていなかったけれど。

 でも……今は、大切にしたいと思う気持ちを知ってしまったから。

 だからこそ、美絵さんに本当の気持ちを言うのが辛い。
しおりを挟む
B L ♂ U N I O N

感想などお待ちしております。
★メール★clap★res
感想 380

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

Promised Happiness

春夏
BL
【完結しました】 没入型ゲームの世界で知り合った理久(ティエラ)と海未(マール)。2人の想いの行方は…。 Rは13章から。※つけます。 このところ短期完結の話でしたが、この話はわりと長めになりました。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

処理中です...