322 / 351
Extra3:幸せのいろどり ―透side―
(87)
しおりを挟む
父は力のある眼差しで、俺のことを見据えたまま「そうか」と、ひとことだけ短い返事をする。
「……では、話すことは、それだけですので」
そう言って、部屋を出ようと踵を返した俺に、父が思い出したように声をかける。
「……ああそれから、会社を継がない上に、今更縁談の話を蹴るのだから、覚悟は出来ているんだろうね」
――覚悟……? それは、今まで目には見えない父の力で守られていた場所から離れるということの意味だろうか。
「もうこの家に戻ってきては、いけないよ」
「……勘当ということですか?」
「お前は、好きに生きなさい」
その言葉に、あの時神谷さんが俺に教えてくれた、父の言ったという言葉と、それから――静香が教えてくれた話を思い出した。
「……父さん……毎月、母さんの月命日に、墓前に花を供えているのは、父さんですか?」
父は、表情を変えない。どこまでもポーカーフェイスを保とうとしている。
「……さあ……? どうだったかな……」
口角を上げてそう言うと、また椅子を回転させて机に向かう。
その背中に「ありがとうございました」と、声をかけても、パラパラと本のページをめくる音が聞こえてくるだけで、父はもうそれ以上何も言わなかった。
***
翌日大阪に着くと、取り敢えず新居ということになっているマンションへ向かう。
勝手に送られてしまった自分の荷物のことが気になっていた。
服なんかは何とかなるが、仕事に必要なものなど、すぐにでも持ち帰りたい物もある。
継母には、会社を辞めることも婚約を破棄することも今はまだ話さずに、マンションのキーだけ預かってきた。
『私も2~3日したら、そちらに行きますので、必要なものがあれば連絡してくださいね』
継母は俺にマンションのキーを渡しながら、そう言った。
本当のことを話していないことに、多少の後ろめたさは感じているけれど、仕方がない。
今言ってしまうと、俺がやろうとしている事を阻止されるのは目に見えていたから。
***
部屋の番号を確かめて、表札に『篠崎』と書いてあるのが目に入った。
「………」
まだ正式に結納を交わしたわけでも無いのに。
小さく溜息を吐きながらキーを回そうとすると、突然中からドアが開く。
「……え?」
驚いて前を見ると、中からドアを開けた美絵さんが立っていた。
「……お義母様から連絡を頂いて、透さんがいらっしゃるってお聞きしたので、お待ちしてたんです。」
「……では、話すことは、それだけですので」
そう言って、部屋を出ようと踵を返した俺に、父が思い出したように声をかける。
「……ああそれから、会社を継がない上に、今更縁談の話を蹴るのだから、覚悟は出来ているんだろうね」
――覚悟……? それは、今まで目には見えない父の力で守られていた場所から離れるということの意味だろうか。
「もうこの家に戻ってきては、いけないよ」
「……勘当ということですか?」
「お前は、好きに生きなさい」
その言葉に、あの時神谷さんが俺に教えてくれた、父の言ったという言葉と、それから――静香が教えてくれた話を思い出した。
「……父さん……毎月、母さんの月命日に、墓前に花を供えているのは、父さんですか?」
父は、表情を変えない。どこまでもポーカーフェイスを保とうとしている。
「……さあ……? どうだったかな……」
口角を上げてそう言うと、また椅子を回転させて机に向かう。
その背中に「ありがとうございました」と、声をかけても、パラパラと本のページをめくる音が聞こえてくるだけで、父はもうそれ以上何も言わなかった。
***
翌日大阪に着くと、取り敢えず新居ということになっているマンションへ向かう。
勝手に送られてしまった自分の荷物のことが気になっていた。
服なんかは何とかなるが、仕事に必要なものなど、すぐにでも持ち帰りたい物もある。
継母には、会社を辞めることも婚約を破棄することも今はまだ話さずに、マンションのキーだけ預かってきた。
『私も2~3日したら、そちらに行きますので、必要なものがあれば連絡してくださいね』
継母は俺にマンションのキーを渡しながら、そう言った。
本当のことを話していないことに、多少の後ろめたさは感じているけれど、仕方がない。
今言ってしまうと、俺がやろうとしている事を阻止されるのは目に見えていたから。
***
部屋の番号を確かめて、表札に『篠崎』と書いてあるのが目に入った。
「………」
まだ正式に結納を交わしたわけでも無いのに。
小さく溜息を吐きながらキーを回そうとすると、突然中からドアが開く。
「……え?」
驚いて前を見ると、中からドアを開けた美絵さんが立っていた。
「……お義母様から連絡を頂いて、透さんがいらっしゃるってお聞きしたので、お待ちしてたんです。」
0
お気に入りに追加
467
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

Promised Happiness
春夏
BL
【完結しました】
没入型ゲームの世界で知り合った理久(ティエラ)と海未(マール)。2人の想いの行方は…。
Rは13章から。※つけます。
このところ短期完結の話でしたが、この話はわりと長めになりました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる