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Extra3:幸せのいろどり ―透side―
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「……ここ、一人で住んでるんですか?」
光樹先輩のマンションの部屋は、メゾネットタイプの造りで、2階部分に玄関と広いリビングダイニングがあって、螺旋階段で下の階に行けるようになっていた。
壁一面に広がる大きな窓の外に、広いテラス。その向こうには、最上階ということもあって、美しい夜景が広がっていた。
「はは……。直も同じようなことを言ってたな」
「……」
――やっぱり直くんも、この部屋に来たことがあるのか……。当然と言えば、当然のことだけど……。
「まぁ座って待っててよ、何か呑むだろ?」
「……俺は、何も……」
光樹先輩が直くんの話をすると言ったから、ここまでついてきたんだ。
「まあまあ、いいから、座れって」
だけど光樹先輩は、ゆっくりするつもりはないと訴える俺の肩を押え込んで、ソファーに座らせた。
「酷い顔してんな。飯ちゃんと食ってんの?」
「……はい」
俺の肩を押さえたまま顔を覗きこんでくる視線から逃げるように首を横に背ければ、光樹先輩の深い溜め息が上から落ちてきた。
「そんなに敵意剥き出しにしないでよ」
そう言いながら、光樹先輩はオープンキッチンへ入っていく。
「夜は、ちゃんと眠れてる?」
そう訊かれても、「……はい」と応えるしかなかった。
「……そうは見えないけどね」
光樹先輩の声と共に、コンロに火をつける音が聞こえてきた。
それ以上会話が続かなくて、しんと静まり返った部屋には、キッチンから聞こえてくる換気扇のファンの音と、時々食器の触れ合う音が静かに響いている。
「ほら、これ飲めよ。身体が温まる」
暫くして、俺の目の前のテーブルに薄っすらと湯気を立たせた、落ち着いた色合いの陶器グラスが置かれた。
さりげない銀刷毛のラインが風合いを出していて、その美しさに思わず手に取って顔を近づけた。掌に陶器グラスの温かさが伝わってくる。
「……焼酎ですか……?」
「そっ、冷えてしまった心と身体には、それが一番だしね」
湯気とともにふわりと立ち上がる芳醇な香りに誘われるように、俺は陶器グラスに口をつけた。
一口含めば、口内に濃醇な旨みが広がる。
「温かい……」
人肌より少し高いくらいの温度が、身体に染み渡っていく。
「だろ?」
と、光樹先輩は口角を上げて微笑んで、俺の隣に腰を降ろした。
「どう? ちょっとは、硬くなった気持ちも解れてきた?」
確かに……温かい焼酎のお湯割りに、さっきまでの余計な警戒心みたいなものが崩れて、どこかホッとしている。
頑なになり過ぎていては、ちゃんと話もできなかっただろう。
「光樹先輩は、呑まないんですか?」
「俺は、後で透を送っていかないといけないしな」
「そんな、俺は大丈夫です、電車で帰れますから。気にしないでください」
まだそんなに遅い時間ではないし、それに終電の時間が過ぎるくらい、ここに長居をするつもりもなかった。
だけど光樹先輩は「それは、どうかな」と、意味深な言葉を口にして微笑んでいた。
それが怪しいと思いながらも、俺は温かい酒に誤魔化されて、油断していることに気付いていなかった。
光樹先輩のマンションの部屋は、メゾネットタイプの造りで、2階部分に玄関と広いリビングダイニングがあって、螺旋階段で下の階に行けるようになっていた。
壁一面に広がる大きな窓の外に、広いテラス。その向こうには、最上階ということもあって、美しい夜景が広がっていた。
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「……」
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「まあまあ、いいから、座れって」
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「酷い顔してんな。飯ちゃんと食ってんの?」
「……はい」
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「そんなに敵意剥き出しにしないでよ」
そう言いながら、光樹先輩はオープンキッチンへ入っていく。
「夜は、ちゃんと眠れてる?」
そう訊かれても、「……はい」と応えるしかなかった。
「……そうは見えないけどね」
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それ以上会話が続かなくて、しんと静まり返った部屋には、キッチンから聞こえてくる換気扇のファンの音と、時々食器の触れ合う音が静かに響いている。
「ほら、これ飲めよ。身体が温まる」
暫くして、俺の目の前のテーブルに薄っすらと湯気を立たせた、落ち着いた色合いの陶器グラスが置かれた。
さりげない銀刷毛のラインが風合いを出していて、その美しさに思わず手に取って顔を近づけた。掌に陶器グラスの温かさが伝わってくる。
「……焼酎ですか……?」
「そっ、冷えてしまった心と身体には、それが一番だしね」
湯気とともにふわりと立ち上がる芳醇な香りに誘われるように、俺は陶器グラスに口をつけた。
一口含めば、口内に濃醇な旨みが広がる。
「温かい……」
人肌より少し高いくらいの温度が、身体に染み渡っていく。
「だろ?」
と、光樹先輩は口角を上げて微笑んで、俺の隣に腰を降ろした。
「どう? ちょっとは、硬くなった気持ちも解れてきた?」
確かに……温かい焼酎のお湯割りに、さっきまでの余計な警戒心みたいなものが崩れて、どこかホッとしている。
頑なになり過ぎていては、ちゃんと話もできなかっただろう。
「光樹先輩は、呑まないんですか?」
「俺は、後で透を送っていかないといけないしな」
「そんな、俺は大丈夫です、電車で帰れますから。気にしないでください」
まだそんなに遅い時間ではないし、それに終電の時間が過ぎるくらい、ここに長居をするつもりもなかった。
だけど光樹先輩は「それは、どうかな」と、意味深な言葉を口にして微笑んでいた。
それが怪しいと思いながらも、俺は温かい酒に誤魔化されて、油断していることに気付いていなかった。
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