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Extra3:幸せのいろどり ―透side―
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しおりを挟む直くんの部屋は、玄関から部屋全体が見渡せるワンルーム。
「ちょ、ちょっとまってね……」
ドアを薄く開けて、直くんは入るのを躊躇しているように思えた。
「直くん? どうしたの?」
「あ、ああ、いや、なんでも! やっぱり部屋、汚いかもって、あああっ」
慌てている直くんを余所に「男の子だもんね」と、冗談ぽく笑いながら先に部屋に入った理由は……心のどこかに……あの人と、もしかしたら、ここで? と、疑ってしまっていたからかもしれない。
「あー、もう、本当に狭くて汚いけど、どうぞ」
慌てながら、ローテーブルの周りの散らかっていた雑誌を片付けて、一生懸命に俺の座る場所を作ってくれる直くんを見ていると、愚か過ぎるくらい、心の狭い自分に自嘲する。
あの人とはキスだけで、それ以上の関係は無いかもしれない……なんて、自分のに都合のいい想像をする。
あの人にとっては、キスをすることなんて、きっとそれ程大したことではないだろうから。
それなら……。
キスだけなら……。
そこまで考えて、俺は自分の考えの浅はかさに嫌悪した。キスだけなら赦せるとか、そんな事を考えている自分に。
直くんにとって、俺は単なるセフレで、恋人ではないのに。
まだ、何も気持ちを伝えていない今の状況で、直くんを責める資格は俺にはないのに。
でも……打ち消しても打ち消しても、どうしても消えない、この感情。
キッチンで、バタバタとコーヒーの準備をしてくれている直くんの後姿を見つめながら、心の中ではその感情にどうしようもなく支配されていくのを感じていた。
身長はそんなに高くないけれど、細すぎずスレンダーな身体は均整がとれていて美しい。
ジップアップのグレーのニットと、ジーンズがよく似合っている。
その服の下に隠されている滑らかで瑞々しくて、触れると敏感に反応して色付いていく肌も、俺はよく知っている。
もしも……それを全部、あの人も知っているのだとしたら……。
「えーと、それから……苺、苺!」
慌てた様子でシンク下からボールを取り出して、苺を洗おうとしている直くんを、気が付いたら後ろから抱きしめていた。
「と、とおるさん……、」
「そんなに慌てなくていいよ」
耳元に囁いて、直くんの項に唇を寄せる。微かに……、昔の記憶の中にある匂いがした。
「……煙草……」
「え?」
「煙草の匂いがする……」
「……あ……、」
遣り切れなくて、どうしようもなくて、行き場のない思いを直くんにぶつけたいのだ、俺は……。
――俺は、あの人に嫉妬している。
もしも、あの人とのことが、直くんにとっては、思いもよらない事故のようなものだとしても。
ただ単に、直くんも遊びのつもりで、あの人と関係してしまったのだとしても。
この身体は全部俺のものだと、分からせたかった。
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