270 / 351
Extra3:幸せのいろどり ―透side―
(35)
しおりを挟む
俺を見上げていた瞳をゆっくりと閉じて、カールした長い睫が震えている。
部屋の中は、外の車の音すら聞こえてこない。静か過ぎて、微かな衣擦れの音すら、やけに大きく耳に届く。
俺は少し屈んで、美絵さんの唇へ顔を近づけた。
窓から入る夜の灯りが美絵さんの顔を青白く照らし、綺麗に塗ったグロスが艶めく。ふんわりと漂う香水の香り。
お互いの距離がゼロになる寸前に、俺も目を閉じた。
唇に触れるリップグロスの濡れた感触。
――『今度いつ逢えるかな』
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、バイバイと手を振る直くんの笑顔だった。
それは、いつか醒めてしまう夢……と分かっているけれど。
「……」
「…透さん?」
一瞬だけ触れるだけの口づけをして、すぐに離れてしまった俺を、美絵さんは不思議そうに見上げる。
「……やっぱり、電気を点けましょう」
誤魔化すように笑って、美絵さんの手からカードキーをそっと取り上げ、壁に設置してあるスロットに差し込んだ。
急に明るくなった室内に、目が眩む。
美絵さんが転びかけた時に、床に落としたバックを拾い上げて傍のソファーの上に置く。
「……美絵さん、また明日パーティでお会いできるのを楽しみにしています」
それだけ言って、逃げるように部屋のドアを開けて廊下に出た。
「――透さん、きっとですよ。私、明日お会いできると信じてますから」
そう言いながら、部屋の出口へと駆け寄ってくる美絵さんに、軽く会釈してドアを閉じた。
足早にホテルを出てタクシーに乗り込み、運転手に自分のマンションの場所を伝える。
自分のした行動に、何か……、胸がムカムカしていた。
俺は――結婚する。
その用意された道は、外れないつもりでいた。
直くんとのことは好きだけど、それはいつか醒めてしまう夢だ。
直くんも、俺も、『今だけ』を愉しんでいる。
だから俺は、この淡い夢が終わったら、愛などなくても結婚出来ると思っていた。たとえ偽りの心でも、美絵さんを抱けると思っていたんだ。
だけど……心も身体も、忘れることが出来そうにない。君のことを……。
そして、そんな気持ちのまま、美絵さんにキスをしようとした自分が、結婚しようとしている自分が、許せなかった。
何気なく窓の外に流れていく夜の灯りに目を遣ると、ガラスに映りこむ自分の顔に気付いて、目を逸らした。
俯き、手の甲を唇に押し当てて、そっと拭う。
そんなことをしても、軽率だった行動を消せるわけでもないのに。
部屋の中は、外の車の音すら聞こえてこない。静か過ぎて、微かな衣擦れの音すら、やけに大きく耳に届く。
俺は少し屈んで、美絵さんの唇へ顔を近づけた。
窓から入る夜の灯りが美絵さんの顔を青白く照らし、綺麗に塗ったグロスが艶めく。ふんわりと漂う香水の香り。
お互いの距離がゼロになる寸前に、俺も目を閉じた。
唇に触れるリップグロスの濡れた感触。
――『今度いつ逢えるかな』
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、バイバイと手を振る直くんの笑顔だった。
それは、いつか醒めてしまう夢……と分かっているけれど。
「……」
「…透さん?」
一瞬だけ触れるだけの口づけをして、すぐに離れてしまった俺を、美絵さんは不思議そうに見上げる。
「……やっぱり、電気を点けましょう」
誤魔化すように笑って、美絵さんの手からカードキーをそっと取り上げ、壁に設置してあるスロットに差し込んだ。
急に明るくなった室内に、目が眩む。
美絵さんが転びかけた時に、床に落としたバックを拾い上げて傍のソファーの上に置く。
「……美絵さん、また明日パーティでお会いできるのを楽しみにしています」
それだけ言って、逃げるように部屋のドアを開けて廊下に出た。
「――透さん、きっとですよ。私、明日お会いできると信じてますから」
そう言いながら、部屋の出口へと駆け寄ってくる美絵さんに、軽く会釈してドアを閉じた。
足早にホテルを出てタクシーに乗り込み、運転手に自分のマンションの場所を伝える。
自分のした行動に、何か……、胸がムカムカしていた。
俺は――結婚する。
その用意された道は、外れないつもりでいた。
直くんとのことは好きだけど、それはいつか醒めてしまう夢だ。
直くんも、俺も、『今だけ』を愉しんでいる。
だから俺は、この淡い夢が終わったら、愛などなくても結婚出来ると思っていた。たとえ偽りの心でも、美絵さんを抱けると思っていたんだ。
だけど……心も身体も、忘れることが出来そうにない。君のことを……。
そして、そんな気持ちのまま、美絵さんにキスをしようとした自分が、結婚しようとしている自分が、許せなかった。
何気なく窓の外に流れていく夜の灯りに目を遣ると、ガラスに映りこむ自分の顔に気付いて、目を逸らした。
俯き、手の甲を唇に押し当てて、そっと拭う。
そんなことをしても、軽率だった行動を消せるわけでもないのに。
0
お気に入りに追加
467
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

Promised Happiness
春夏
BL
【完結しました】
没入型ゲームの世界で知り合った理久(ティエラ)と海未(マール)。2人の想いの行方は…。
Rは13章から。※つけます。
このところ短期完結の話でしたが、この話はわりと長めになりました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる