出逢えた幸せ

ずーちゃ

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Extra3:幸せのいろどり ―透side―

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 俺を見上げていた瞳をゆっくりと閉じて、カールした長い睫が震えている。

 部屋の中は、外の車の音すら聞こえてこない。静か過ぎて、微かな衣擦れの音すら、やけに大きく耳に届く。

 俺は少し屈んで、美絵さんの唇へ顔を近づけた。

 窓から入る夜の灯りが美絵さんの顔を青白く照らし、綺麗に塗ったグロスが艶めく。ふんわりと漂う香水の香り。

 お互いの距離がゼロになる寸前に、俺も目を閉じた。

 唇に触れるリップグロスの濡れた感触。

 ――『今度いつ逢えるかな』

 閉じた瞼の裏に浮かぶのは、バイバイと手を振る直くんの笑顔だった。

 それは、いつか醒めてしまう夢……と分かっているけれど。

「……」

「…透さん?」

 一瞬だけ触れるだけの口づけをして、すぐに離れてしまった俺を、美絵さんは不思議そうに見上げる。

「……やっぱり、電気を点けましょう」

 誤魔化すように笑って、美絵さんの手からカードキーをそっと取り上げ、壁に設置してあるスロットに差し込んだ。

 急に明るくなった室内に、目が眩む。

 美絵さんが転びかけた時に、床に落としたバックを拾い上げて傍のソファーの上に置く。

「……美絵さん、また明日パーティでお会いできるのを楽しみにしています」

 それだけ言って、逃げるように部屋のドアを開けて廊下に出た。

「――透さん、きっとですよ。私、明日お会いできると信じてますから」

 そう言いながら、部屋の出口へと駆け寄ってくる美絵さんに、軽く会釈してドアを閉じた。

 足早にホテルを出てタクシーに乗り込み、運転手に自分のマンションの場所を伝える。

 自分のした行動に、何か……、胸がムカムカしていた。

 俺は――結婚する。

 その用意された道は、外れないつもりでいた。

 直くんとのことは好きだけど、それはいつか醒めてしまう夢だ。

 直くんも、俺も、『今だけ』を愉しんでいる。

 だから俺は、この淡い夢が終わったら、愛などなくても結婚出来ると思っていた。たとえ偽りの心でも、美絵さんを抱けると思っていたんだ。

 だけど……心も身体も、忘れることが出来そうにない。君のことを……。

 そして、そんな気持ちのまま、美絵さんにキスをしようとした自分が、結婚しようとしている自分が、許せなかった。

 何気なく窓の外に流れていく夜の灯りに目を遣ると、ガラスに映りこむ自分の顔に気付いて、目を逸らした。

 俯き、手の甲を唇に押し当てて、そっと拭う。

 そんなことをしても、軽率だった行動を消せるわけでもないのに。

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