255 / 351
Extra3:幸せのいろどり ―透side―
(20)
しおりを挟む
暗いリビングの灯りを付けて、つい、居る筈もない人の姿を探して、テーブルの上に見覚えのあるメモを見つけた。
俺の書いた文字の一番下に、少し小さめの癖のない素直な形の字が目に入った。
『サンドイッチ、ごちそうさま。ありがとうございました。 直』
それだけの短い文章。
キッチンには、食べた後の食器が綺麗に洗って水切りに伏せてある。
寝室に行ってみれば、ベッドの上の布団と直くんの背中に掛けてあげた毛布が、絡まったままの形になっていて、思わず口元が緩んでしまう。
ベッドに腰を降ろして、皺の残るシーツに手を滑らせた。
もうそこに体温など感じるわけもないけれど。確かに今朝までここに直くんが居たことを思い出させる痕跡が、家の中の彼方此方に残っていて、昨夜の情事が脳裏を過っていく。
俺を見詰める潤んだ瞳や、戸惑いながらも伸ばされた手や、熱く火照った身体を。
朝起きて、身体は大丈夫だったんだろうか。
初めての経験に、身も心もきっと傷ついているはずだったのに……。
俺が居なくて、ホッとしただろうか。
――それとも……寂しかっただろうか。
ふと、そんなことを考えている自分に気が付いて、苦笑する。 今更心配しても、もう遅いのに。
直くんから連絡はこないだろうと分かっているし、それは俺もその方がいいと思っているのに。
もう一度だけでいいから逢いたいだなんて。今まで別れた恋人にさえ、未練など残したことなんか無かったのに。
でも……。
逢いたいと一度思ってしまうと、打ち消しても打ち消しても、その想いは忘れられなくなってしまって。
自分ではどうしようもなく膨らんでいく気持ちを、もう認めるしかなかった。
――誰かを好きになるなんて、もう一生無いと思っていたのに。
だけど……その気持ちは超えてはいけない一線にも思える。このまま逢わなければ、誰も傷つくことはないから。
直くんからこのまま連絡がこなければいいと思っている。
俺からは連絡する術は無い。このまま逢わないで時間が経てば、きっと忘れられる。
――逢わないでいること。それが直くんにとっても俺にとっても、一番良い選択だと思っていた。
……でも、それは建前だということも分かっていたけれど。
そんな軟弱な考えなど、ちょっとした出来事で、あっけなく揺らいでしまうことになるとは、この時は考えもしていなかった。
俺の書いた文字の一番下に、少し小さめの癖のない素直な形の字が目に入った。
『サンドイッチ、ごちそうさま。ありがとうございました。 直』
それだけの短い文章。
キッチンには、食べた後の食器が綺麗に洗って水切りに伏せてある。
寝室に行ってみれば、ベッドの上の布団と直くんの背中に掛けてあげた毛布が、絡まったままの形になっていて、思わず口元が緩んでしまう。
ベッドに腰を降ろして、皺の残るシーツに手を滑らせた。
もうそこに体温など感じるわけもないけれど。確かに今朝までここに直くんが居たことを思い出させる痕跡が、家の中の彼方此方に残っていて、昨夜の情事が脳裏を過っていく。
俺を見詰める潤んだ瞳や、戸惑いながらも伸ばされた手や、熱く火照った身体を。
朝起きて、身体は大丈夫だったんだろうか。
初めての経験に、身も心もきっと傷ついているはずだったのに……。
俺が居なくて、ホッとしただろうか。
――それとも……寂しかっただろうか。
ふと、そんなことを考えている自分に気が付いて、苦笑する。 今更心配しても、もう遅いのに。
直くんから連絡はこないだろうと分かっているし、それは俺もその方がいいと思っているのに。
もう一度だけでいいから逢いたいだなんて。今まで別れた恋人にさえ、未練など残したことなんか無かったのに。
でも……。
逢いたいと一度思ってしまうと、打ち消しても打ち消しても、その想いは忘れられなくなってしまって。
自分ではどうしようもなく膨らんでいく気持ちを、もう認めるしかなかった。
――誰かを好きになるなんて、もう一生無いと思っていたのに。
だけど……その気持ちは超えてはいけない一線にも思える。このまま逢わなければ、誰も傷つくことはないから。
直くんからこのまま連絡がこなければいいと思っている。
俺からは連絡する術は無い。このまま逢わないで時間が経てば、きっと忘れられる。
――逢わないでいること。それが直くんにとっても俺にとっても、一番良い選択だと思っていた。
……でも、それは建前だということも分かっていたけれど。
そんな軟弱な考えなど、ちょっとした出来事で、あっけなく揺らいでしまうことになるとは、この時は考えもしていなかった。
0
お気に入りに追加
467
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪


Promised Happiness
春夏
BL
【完結しました】
没入型ゲームの世界で知り合った理久(ティエラ)と海未(マール)。2人の想いの行方は…。
Rは13章から。※つけます。
このところ短期完結の話でしたが、この話はわりと長めになりました。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる