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Extra3:幸せのいろどり ―透side―
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だけど彼は、毎週金曜日に必ず店にいるとは限らなかった。
たまたまバイトが休みでいなかった、という時ももちろんあるだろうし。
俺の仕事が少し長引いて、いつもの時間よりも遅くに行くと、もう帰ってしまったのか姿が見えない時もある。
あれは、会社を出るのが遅くなってしまった夜だった。
その日も窓から店の中を覗いたけれど、彼の姿は見えない。
彼がそこにいないというだけで、俺はもう店に入る気が失せてしまう。
――仕方ない。
もう帰ろうと、小さく溜息を吐いて踵を返す。
車のドアを開け乗り込もうとして、店の前の歩道をわいわいと騒がしく歩いてくる3人の男女が目に映った。
「ねー、カラオケ行こうよ、直くん」
3人のうち、一人の女の子が嬉しそうな声をあげる。
「んー、いいけど……」
女の子二人に挟まれて、照れくさそうにそう応えているのは、カフェレストランの『彼』だった。
彼の両側から、しっかりと腕を絡めて歩いている二人の女の子は、何度か見かけた事がある店の常連客だ。
明らかに彼よりも年上で、いつも何かしら店で彼に話しかけていたのは、知っている。
「えー? カラオケぇ? じゃあさ、ホテル行こうよ」
もう一人の女の子の言葉に、俺は驚いて、じっと3人の会話に耳を傾ける。
「ちょっとぉー、じゃあホテルって何よー?」
「だってめんどくさいじゃん、カラオケのある部屋とかあるじゃん。ね、いいよね? 直くん」
「いいけどー。俺、あんま金持ってないよ?」
「大丈夫、誘ったのうちらだもん」
笑いながら、3人は夜の街の人混みの中へ消えていく。
その後ろ姿を見送って、俺は今度こそ車に乗り込んだ。
エンジンをかけてから細く窓を開けると、都会の喧騒が車の中へ流れてくる。
カレンダーはもう12月に入っていて、街はクリスマスムードで盛り上がっていた。
何処からか、聴いたことのあるクリスマスソングが小さく聞こえている。
先程の3人の会話を思い返して、思わず深い溜息を吐いた。
『彼』も、そういう人間なんだろうか。
『愛』がなくても、セックスができる。
特定の相手を作らない人間は、確かにいる。
『愛してる』『好き』と、心にもない言葉を囁ける人間。
簡単に、将来を約束出来る人間。
そして、簡単に裏切る。
――俺の父のような。
だから俺は、永遠を信じない。相手に期待などしない。
『――お前は、本気で人を好きにならない』
昔、誰かに言われた言葉が過る。
今まで、何人か「恋人」と呼べる相手もいたけれど。
好きと言う感情も確かにあった。 でも……、それは本当に一瞬の夢のようで、いつも終わりは早かった。
愛なんて、一瞬で過ぎ去る夢。 人の気持ちは移ろいやすい。
変わらない愛など、 終わらない愛など、 この世にある筈はない……。
それは、俺自身がよく解っている事だ。
ふと、『彼』の明るい笑顔が頭を過ぎって、もう一度深い溜息が漏れた。
――俺は……、彼に何を求めていたんだろう。
ただの店員と客。それ以上でも、それ以下でもない。
ただ、少し……。
そう……少しだけ、残念な気がしただけだ。
あの素直そうな明るい笑顔に癒されて、俺の父のような人間ばかりではないと、無意識に身勝手な期待をしてしまっていた。
一度、そう思ってしまっては、もう彼の笑顔に癒されることはないだろう。
もう、あの店に行くのはやめよう。
もう、二度と彼に逢うことは、ないだろう……。
そう思っていた。
今夜……クリスマスイブに、何気なく車を降りて立ち寄った公園で、こうして偶然に君に逢うまでは……。
だけど彼は、毎週金曜日に必ず店にいるとは限らなかった。
たまたまバイトが休みでいなかった、という時ももちろんあるだろうし。
俺の仕事が少し長引いて、いつもの時間よりも遅くに行くと、もう帰ってしまったのか姿が見えない時もある。
あれは、会社を出るのが遅くなってしまった夜だった。
その日も窓から店の中を覗いたけれど、彼の姿は見えない。
彼がそこにいないというだけで、俺はもう店に入る気が失せてしまう。
――仕方ない。
もう帰ろうと、小さく溜息を吐いて踵を返す。
車のドアを開け乗り込もうとして、店の前の歩道をわいわいと騒がしく歩いてくる3人の男女が目に映った。
「ねー、カラオケ行こうよ、直くん」
3人のうち、一人の女の子が嬉しそうな声をあげる。
「んー、いいけど……」
女の子二人に挟まれて、照れくさそうにそう応えているのは、カフェレストランの『彼』だった。
彼の両側から、しっかりと腕を絡めて歩いている二人の女の子は、何度か見かけた事がある店の常連客だ。
明らかに彼よりも年上で、いつも何かしら店で彼に話しかけていたのは、知っている。
「えー? カラオケぇ? じゃあさ、ホテル行こうよ」
もう一人の女の子の言葉に、俺は驚いて、じっと3人の会話に耳を傾ける。
「ちょっとぉー、じゃあホテルって何よー?」
「だってめんどくさいじゃん、カラオケのある部屋とかあるじゃん。ね、いいよね? 直くん」
「いいけどー。俺、あんま金持ってないよ?」
「大丈夫、誘ったのうちらだもん」
笑いながら、3人は夜の街の人混みの中へ消えていく。
その後ろ姿を見送って、俺は今度こそ車に乗り込んだ。
エンジンをかけてから細く窓を開けると、都会の喧騒が車の中へ流れてくる。
カレンダーはもう12月に入っていて、街はクリスマスムードで盛り上がっていた。
何処からか、聴いたことのあるクリスマスソングが小さく聞こえている。
先程の3人の会話を思い返して、思わず深い溜息を吐いた。
『彼』も、そういう人間なんだろうか。
『愛』がなくても、セックスができる。
特定の相手を作らない人間は、確かにいる。
『愛してる』『好き』と、心にもない言葉を囁ける人間。
簡単に、将来を約束出来る人間。
そして、簡単に裏切る。
――俺の父のような。
だから俺は、永遠を信じない。相手に期待などしない。
『――お前は、本気で人を好きにならない』
昔、誰かに言われた言葉が過る。
今まで、何人か「恋人」と呼べる相手もいたけれど。
好きと言う感情も確かにあった。 でも……、それは本当に一瞬の夢のようで、いつも終わりは早かった。
愛なんて、一瞬で過ぎ去る夢。 人の気持ちは移ろいやすい。
変わらない愛など、 終わらない愛など、 この世にある筈はない……。
それは、俺自身がよく解っている事だ。
ふと、『彼』の明るい笑顔が頭を過ぎって、もう一度深い溜息が漏れた。
――俺は……、彼に何を求めていたんだろう。
ただの店員と客。それ以上でも、それ以下でもない。
ただ、少し……。
そう……少しだけ、残念な気がしただけだ。
あの素直そうな明るい笑顔に癒されて、俺の父のような人間ばかりではないと、無意識に身勝手な期待をしてしまっていた。
一度、そう思ってしまっては、もう彼の笑顔に癒されることはないだろう。
もう、あの店に行くのはやめよう。
もう、二度と彼に逢うことは、ないだろう……。
そう思っていた。
今夜……クリスマスイブに、何気なく車を降りて立ち寄った公園で、こうして偶然に君に逢うまでは……。
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