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第四章:想う心と○○な味の……
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自分の気持ちは、もっと前から気付いてたはずなのに。
気付かないふりをして、透さんを傷つけてしまった。
――透さんだって! 俺と同じじゃないか! 俺のこと好きでもないくせに! 他に好きな人がいるのに、俺を抱いたくせにッ!
あの時、もっと素直になっていたら……今も一緒にいられたかもしれない。
こうして後悔の数ばかり数えてしまうけど……。
それでも、一緒にいた短い時間を、忘れてしまう事の方が辛かった。
***
「直、できあがったシュー、店の方に持ってって」
「はい!」
あのバレンタインの時のクッキーシューが好評だったので、今は定番メニューになっている。
でもチョコじゃなくて、プレーンタイプ。
チョコは、バレンタイン時期の期間限定。
あのクッキーシューが定番になった事が、ここ最近の俺の中での一番明るいニュース。
だって、あの一週間は本当に一生懸命だったから。
料理なんて全く駄目な俺が、パティシエの池田さんに教えてもらって、めちゃ練習して。
あんなに真剣になったのも、すごい充実感を味わったのも、生まれて初めてのような気がしたから、こうして定番という形になった事が嬉しかった。
そしてそのままクッキーシューは俺の担当になっていて、今は厨房とホールを半々くらいの割合で入っている。
シューをショーケースの中に並べていると、店の扉が開いたのに気付いて、「いらっしゃいませー」と、声を出しながら顔をあげた。
ドアを開けて入ってきたのは、長身で黙ってさえいればモデルのような出で立ちのみっきー。
「なーお、元気ー?」
「いらっしゃい、みっきー」
席に案内しようとすると、「あ、すぐ行くからいいんだ」と言って、俺に何やら二つ折りにしたメモを握らせる。
「……何?」
不思議に思いながら手元のメモから目線を上げると、みっきーは少し屈んで俺の耳元に「透の……」と、小さく囁いた。
「……え?」
「直は、もういいって言ってたから、お節介かもしれないけど……。でもそれじゃ、二人の仲を邪魔しちゃった俺の気が済まないしね」
そう言いながら、みっきーは背筋を伸ばして、照れたように少しだけ目を逸らす。
「透の実家に電話してみたんだ。そうしたら何かバタバタしてるみたいで、両親は不在だった。留守番してるって人から聞いただけだから、勤め先しか分からなかったけど」
俺は、二つ折りにしてあったメモをそっと開き、書かれている文字に視線を落とす。
「透さん、ここの会社にいるの……」
「勤め先は確かだから、行ってみたら? 大阪だって。そこに住所と電話番号も書いてるでしょ?」
――勤め先は、大阪だったのか……。
「う……ん」
でも、俺が会いに行ってもいいのかな。
「結婚するにしろ、しないにしろ、話くらいはしてもいいと思うんだよね、俺は」
「うん……」
メモに書かれた文字をじっと見詰めたまま固まっていると、みっきーにいきなり背中をバシッと叩かれた。
自信がなくて、知らずに丸くなっていた背筋がピンと伸びる。
「難しく考えないで、大阪観光でもするつもりで行ってきな」
そう言われただけで、不思議と気持ちが楽になっていく。
「じゃ、そういうことだから。健闘を祈ってる」
それだけ言って店を出て行こうとする背中に、俺は慌てて声をかけた。
「あ……、ありがとう」
肩越しに振り向いたみっきーは、片手をヒラヒラさせながら「なんかあったら連絡して」と言って、満面の笑みをくれた。
「……観光って……」と、声に出して呟けば、おかしくて自然に口元が綻んでしまう。
そしてもう一度、手の中のメモに視線を戻す。
それは、透さんへ繋がる唯一の手がかり。
また、みっきーに背中を押してもらった気がしていた。
気付かないふりをして、透さんを傷つけてしまった。
――透さんだって! 俺と同じじゃないか! 俺のこと好きでもないくせに! 他に好きな人がいるのに、俺を抱いたくせにッ!
あの時、もっと素直になっていたら……今も一緒にいられたかもしれない。
こうして後悔の数ばかり数えてしまうけど……。
それでも、一緒にいた短い時間を、忘れてしまう事の方が辛かった。
***
「直、できあがったシュー、店の方に持ってって」
「はい!」
あのバレンタインの時のクッキーシューが好評だったので、今は定番メニューになっている。
でもチョコじゃなくて、プレーンタイプ。
チョコは、バレンタイン時期の期間限定。
あのクッキーシューが定番になった事が、ここ最近の俺の中での一番明るいニュース。
だって、あの一週間は本当に一生懸命だったから。
料理なんて全く駄目な俺が、パティシエの池田さんに教えてもらって、めちゃ練習して。
あんなに真剣になったのも、すごい充実感を味わったのも、生まれて初めてのような気がしたから、こうして定番という形になった事が嬉しかった。
そしてそのままクッキーシューは俺の担当になっていて、今は厨房とホールを半々くらいの割合で入っている。
シューをショーケースの中に並べていると、店の扉が開いたのに気付いて、「いらっしゃいませー」と、声を出しながら顔をあげた。
ドアを開けて入ってきたのは、長身で黙ってさえいればモデルのような出で立ちのみっきー。
「なーお、元気ー?」
「いらっしゃい、みっきー」
席に案内しようとすると、「あ、すぐ行くからいいんだ」と言って、俺に何やら二つ折りにしたメモを握らせる。
「……何?」
不思議に思いながら手元のメモから目線を上げると、みっきーは少し屈んで俺の耳元に「透の……」と、小さく囁いた。
「……え?」
「直は、もういいって言ってたから、お節介かもしれないけど……。でもそれじゃ、二人の仲を邪魔しちゃった俺の気が済まないしね」
そう言いながら、みっきーは背筋を伸ばして、照れたように少しだけ目を逸らす。
「透の実家に電話してみたんだ。そうしたら何かバタバタしてるみたいで、両親は不在だった。留守番してるって人から聞いただけだから、勤め先しか分からなかったけど」
俺は、二つ折りにしてあったメモをそっと開き、書かれている文字に視線を落とす。
「透さん、ここの会社にいるの……」
「勤め先は確かだから、行ってみたら? 大阪だって。そこに住所と電話番号も書いてるでしょ?」
――勤め先は、大阪だったのか……。
「う……ん」
でも、俺が会いに行ってもいいのかな。
「結婚するにしろ、しないにしろ、話くらいはしてもいいと思うんだよね、俺は」
「うん……」
メモに書かれた文字をじっと見詰めたまま固まっていると、みっきーにいきなり背中をバシッと叩かれた。
自信がなくて、知らずに丸くなっていた背筋がピンと伸びる。
「難しく考えないで、大阪観光でもするつもりで行ってきな」
そう言われただけで、不思議と気持ちが楽になっていく。
「じゃ、そういうことだから。健闘を祈ってる」
それだけ言って店を出て行こうとする背中に、俺は慌てて声をかけた。
「あ……、ありがとう」
肩越しに振り向いたみっきーは、片手をヒラヒラさせながら「なんかあったら連絡して」と言って、満面の笑みをくれた。
「……観光って……」と、声に出して呟けば、おかしくて自然に口元が綻んでしまう。
そしてもう一度、手の中のメモに視線を戻す。
それは、透さんへ繋がる唯一の手がかり。
また、みっきーに背中を押してもらった気がしていた。
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