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第四章:想う心と○○な味の……
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振り向くと、30代後半くらいの男が、俺に微笑みかけていた。
190くらいありそうな長身と服の上からでも分かる鍛えていそうな身体。
見ただけで、俺にでも高級だと分かるスーツをさり気なく着こなしている。
「キミ、『Awesome!』によく来てる子だよね? 直くん……だっけ」
『Awesome!』は、みっきーの店の名前。
みっきーの店の常連なのかな。そう言えば見た事あるような、ないような。
いつも店に行く時は、ずっとみっきーと一緒にいるから、他の客と顔なじみになる事はあまりない。
この人も、見た事あるような気がするだけで、常連だと言われなければ、街ですれ違っても絶対に気が付かない程度の記憶しかない。
「そうです、けど……。すみません、あの店でお会いした事がありました?」
「あはは、俺の名前は真澄。あの店の常連だよ。キミは俺のことは知らないだろうな。いつもマスターと一緒だもんね?」
「……すみません……」
この人、微笑んではいるけど……なんだか……目は笑っていない気がする。
「いいんだよ、それよりどうしたの? 車で通りかかったらキミを見かけたんだけど、傘もささずにこんなに冷たいみぞれに濡れて……」
店でちょっと見かけた程度なのに、俺を心配してわざわざ車を降りて声をかけてくれたのか。
でも、俺なんかに、なんでそこまでしてくれるんだろう。
「……泣いているように見えたから……」
真澄と名乗るその男はそう言いながら、すっと手を伸ばして、俺の目尻の涙をを親指で拭った。
不意にされたことに驚いて、俺は咄嗟に一歩後ろに身体を引いてしまう。
「……っ、なんでもないです。大丈夫ですから」
「でも、こんなに濡れては風邪を引く。送って行ってあげるよ。そこの路地を入ったとこ
ろに車を停めてあるんだ」
男はそう言うと、俺の腕を掴んで歩き出そうとする。
「え、あ、いえ、いいです!もうすぐみっき……マスターが来てくれると思うんで!」
掴まれて引っ張られた腕を解こうとするけど、びくともしない。
「すぐ来るの? マスター。それまでに風邪ひいちゃうよ。じゃぁ、マスターが来るまで車の中で待ってるといい」
「あ、あのっ! 俺、ここで待ってますから。本当に大丈夫ですから!」
断っても、半ば強引に腕を引かれて、ずるずると引き摺られるように路地へ入る角を曲がっていく。
角を曲がりきった辺りで、ぐいっと強く引っ張られて、持っていたクッキーシューの紙袋を地面に落としてしまった。
しかも運が悪いことに、ガサッと音を立てて落ちた次の瞬間、男の革靴が紙袋を踏み潰してしまう。
「……あ……、」
男も一瞬立ち止まり、落ちた紙袋を一瞥する。
「あーあ、これケーキかなんかだった? こんなに潰れたらもう駄目だね……ごめんね」
一応謝ってくれているけど、少しも悪いと思っていないような態度で、また車の方へと俺の腕を引っ張っていく。
――透さんに渡すはずだったのに……。
男に引き摺られながら肩越しに後ろを振り返り、どんどん遠くなっていく無残に潰れてしまった紙袋から視線を外せないでいた。
――あんな所に、置いていけない……。
たとえ、潰れてもう食べる事ができなくても、透さんへ想いを込めて作ったものなのに、あのままあそこに捨てたままにしていたら、色んな人にもっと踏みつけられて……、雨に濡れて……、そして最後には、もう形も何も分からない状態になってしまうのを想像しただけで悲くなる。
男の手を振り解いて拾いに行きたいのに、俺の腕を掴む手は強くてびくともしない。
「また後で、同じもの買ってあげるから」
俺の抵抗に、男は鬱陶しそうな声でそう言った。
――あれと同じものは、この世には無いのに!
190くらいありそうな長身と服の上からでも分かる鍛えていそうな身体。
見ただけで、俺にでも高級だと分かるスーツをさり気なく着こなしている。
「キミ、『Awesome!』によく来てる子だよね? 直くん……だっけ」
『Awesome!』は、みっきーの店の名前。
みっきーの店の常連なのかな。そう言えば見た事あるような、ないような。
いつも店に行く時は、ずっとみっきーと一緒にいるから、他の客と顔なじみになる事はあまりない。
この人も、見た事あるような気がするだけで、常連だと言われなければ、街ですれ違っても絶対に気が付かない程度の記憶しかない。
「そうです、けど……。すみません、あの店でお会いした事がありました?」
「あはは、俺の名前は真澄。あの店の常連だよ。キミは俺のことは知らないだろうな。いつもマスターと一緒だもんね?」
「……すみません……」
この人、微笑んではいるけど……なんだか……目は笑っていない気がする。
「いいんだよ、それよりどうしたの? 車で通りかかったらキミを見かけたんだけど、傘もささずにこんなに冷たいみぞれに濡れて……」
店でちょっと見かけた程度なのに、俺を心配してわざわざ車を降りて声をかけてくれたのか。
でも、俺なんかに、なんでそこまでしてくれるんだろう。
「……泣いているように見えたから……」
真澄と名乗るその男はそう言いながら、すっと手を伸ばして、俺の目尻の涙をを親指で拭った。
不意にされたことに驚いて、俺は咄嗟に一歩後ろに身体を引いてしまう。
「……っ、なんでもないです。大丈夫ですから」
「でも、こんなに濡れては風邪を引く。送って行ってあげるよ。そこの路地を入ったとこ
ろに車を停めてあるんだ」
男はそう言うと、俺の腕を掴んで歩き出そうとする。
「え、あ、いえ、いいです!もうすぐみっき……マスターが来てくれると思うんで!」
掴まれて引っ張られた腕を解こうとするけど、びくともしない。
「すぐ来るの? マスター。それまでに風邪ひいちゃうよ。じゃぁ、マスターが来るまで車の中で待ってるといい」
「あ、あのっ! 俺、ここで待ってますから。本当に大丈夫ですから!」
断っても、半ば強引に腕を引かれて、ずるずると引き摺られるように路地へ入る角を曲がっていく。
角を曲がりきった辺りで、ぐいっと強く引っ張られて、持っていたクッキーシューの紙袋を地面に落としてしまった。
しかも運が悪いことに、ガサッと音を立てて落ちた次の瞬間、男の革靴が紙袋を踏み潰してしまう。
「……あ……、」
男も一瞬立ち止まり、落ちた紙袋を一瞥する。
「あーあ、これケーキかなんかだった? こんなに潰れたらもう駄目だね……ごめんね」
一応謝ってくれているけど、少しも悪いと思っていないような態度で、また車の方へと俺の腕を引っ張っていく。
――透さんに渡すはずだったのに……。
男に引き摺られながら肩越しに後ろを振り返り、どんどん遠くなっていく無残に潰れてしまった紙袋から視線を外せないでいた。
――あんな所に、置いていけない……。
たとえ、潰れてもう食べる事ができなくても、透さんへ想いを込めて作ったものなのに、あのままあそこに捨てたままにしていたら、色んな人にもっと踏みつけられて……、雨に濡れて……、そして最後には、もう形も何も分からない状態になってしまうのを想像しただけで悲くなる。
男の手を振り解いて拾いに行きたいのに、俺の腕を掴む手は強くてびくともしない。
「また後で、同じもの買ってあげるから」
俺の抵抗に、男は鬱陶しそうな声でそう言った。
――あれと同じものは、この世には無いのに!
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