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第三章:身体と愛と涙味の……
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ちょうど来客用の駐車スペースが空いていたので、透さんの車を移動してもらってから俺の部屋に向かう。
マンションとは名ばかりでエレベーターも無いから、5階の俺の部屋までは階段を使うしかない。
幅の狭い階段を、俺が先になって上がって行く。
「階段しか無いなんて、信じられないよね?」
「まぁ、健康にはいいよ」
後ろを振り返れば、透さんはそう言って、余裕な笑顔を向けてくれる。
いつもと何も変わらない。と、思う。
さっき感じた不安は、やっぱり俺の杞憂にすぎなかったんだって、内心ホッと胸を撫で下ろしていた。
漸く5階の俺の部屋の前に辿り着いて、鍵を開ける。
「ちょ、ちょっと待ってね……」
細くドアを開いて自分の部屋を覗き見ると、昨日から窓も開けていない部屋のムッとした匂いが流れてくる。
――うわっ、これは思ってた以上に恥ずかしいかも!
「直くん? どうしたの?」
後ろから、透さんもドアの隙間から覗き込んだから焦ってしまう。
「あ、ああ、いや、なんでも! やっぱり部屋、汚いかもって、あああっ」
慌てる俺に、透さんは笑いながら「男の子だもんね」と、後ろからドアに手をかけて全開にしてしまう。
そして、躊躇している俺より先に「お邪魔します」って、部屋の中に入って行ってしまった。
中に入れば、玄関脇に申し訳程度のキッチンが付いているだけの、部屋の全貌が丸見えなワンルーム。
「あー、もう、本当に狭くて汚いけど、どうぞ」
二人で小さな玄関で靴を脱いで、透さんのコートをハンガーにかけながら部屋を見渡すと、あまりの散らかりように足の踏み場もなくて、自分でも呆れる。
ローテーブルの周りに散らかっている雑誌を慌てて片付けて、クッションを置いて、取り敢えず座ってもらえるスペースを作った。
「あ、苺、透さんも食べるでしょ? 洗ってくるね」
苺の入った袋を小さいキッチンのワークトップに置きながら尋ねると、透さんは目を細めて微笑みながら頷いてくれた。
「あ、そだっ、えーっと、コーヒー淹れるね。でも、インスタントしかないけど……」
と、言ったものの、いつも整理整頓していないから、何処に置いたっけ、コーヒーコーヒー……って、シンク上の吊り戸棚とか食器棚の扉とか、開けたり閉めたりして、あちこち探す羽目になってしまう。
「あ、あった、あった」
言いながら、ケトルにペットボトルの水を入れて、コンロにかけて……。
「えーと、それから……苺、苺!」
バタバタしながらボールに苺を入れて洗おうとしたところで、不意に後ろから抱きしめられて、驚きで身体が強張った。
「と、とおるさん……」
「そんなに慌てなくていいよ」
背後から耳元に囁いて、そのまま項に唇を寄せられて、ピクンと身体が震えてしまう。
「……煙草……」
「え?」
「煙草の匂いがする……」
「……あ……」
透さんのひと言で、一瞬にして身体が凍てついたように動けなくなってしまった。
――それは、みっきーの吸っていた煙草の残り香に違いなかったから。
マンションとは名ばかりでエレベーターも無いから、5階の俺の部屋までは階段を使うしかない。
幅の狭い階段を、俺が先になって上がって行く。
「階段しか無いなんて、信じられないよね?」
「まぁ、健康にはいいよ」
後ろを振り返れば、透さんはそう言って、余裕な笑顔を向けてくれる。
いつもと何も変わらない。と、思う。
さっき感じた不安は、やっぱり俺の杞憂にすぎなかったんだって、内心ホッと胸を撫で下ろしていた。
漸く5階の俺の部屋の前に辿り着いて、鍵を開ける。
「ちょ、ちょっと待ってね……」
細くドアを開いて自分の部屋を覗き見ると、昨日から窓も開けていない部屋のムッとした匂いが流れてくる。
――うわっ、これは思ってた以上に恥ずかしいかも!
「直くん? どうしたの?」
後ろから、透さんもドアの隙間から覗き込んだから焦ってしまう。
「あ、ああ、いや、なんでも! やっぱり部屋、汚いかもって、あああっ」
慌てる俺に、透さんは笑いながら「男の子だもんね」と、後ろからドアに手をかけて全開にしてしまう。
そして、躊躇している俺より先に「お邪魔します」って、部屋の中に入って行ってしまった。
中に入れば、玄関脇に申し訳程度のキッチンが付いているだけの、部屋の全貌が丸見えなワンルーム。
「あー、もう、本当に狭くて汚いけど、どうぞ」
二人で小さな玄関で靴を脱いで、透さんのコートをハンガーにかけながら部屋を見渡すと、あまりの散らかりように足の踏み場もなくて、自分でも呆れる。
ローテーブルの周りに散らかっている雑誌を慌てて片付けて、クッションを置いて、取り敢えず座ってもらえるスペースを作った。
「あ、苺、透さんも食べるでしょ? 洗ってくるね」
苺の入った袋を小さいキッチンのワークトップに置きながら尋ねると、透さんは目を細めて微笑みながら頷いてくれた。
「あ、そだっ、えーっと、コーヒー淹れるね。でも、インスタントしかないけど……」
と、言ったものの、いつも整理整頓していないから、何処に置いたっけ、コーヒーコーヒー……って、シンク上の吊り戸棚とか食器棚の扉とか、開けたり閉めたりして、あちこち探す羽目になってしまう。
「あ、あった、あった」
言いながら、ケトルにペットボトルの水を入れて、コンロにかけて……。
「えーと、それから……苺、苺!」
バタバタしながらボールに苺を入れて洗おうとしたところで、不意に後ろから抱きしめられて、驚きで身体が強張った。
「と、とおるさん……」
「そんなに慌てなくていいよ」
背後から耳元に囁いて、そのまま項に唇を寄せられて、ピクンと身体が震えてしまう。
「……煙草……」
「え?」
「煙草の匂いがする……」
「……あ……」
透さんのひと言で、一瞬にして身体が凍てついたように動けなくなってしまった。
――それは、みっきーの吸っていた煙草の残り香に違いなかったから。
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