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第三章:身体と愛と涙味の……
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逢えて嬉しい。
一目散に駆け寄って、抱きつきたいほどなのに。
逢うのが怖い。
それを掻き消してしまう程の不安が入り混じる。
――どうしてここに?
頭を過ぎったのは、今日の昼前、交差点で見かけた透さんの姿だった。
あの時透さんは、俺に気付いていたんだろうか……。
一瞬の戸惑いに凍りついたように立ち竦んでしまった足を、一歩、また一歩と前に進ませて、透さんへと少しずつ距離を縮めていく。
近づけば近づくほど、段々と透さんの顔がはっきり見えてくる。
「透さん、どうしたの?」
声をかけると、透さんの顔は微笑んだように見えたのに、どこか寂しそうな影を帯びているように感じる。
――そう感じたのは、辺りの暗さのせいだけだと良いんだけど。
ふっと、透さんの視線が逸らされて、俺の後方へ向けられる。
はっ、と気付いて、俺は後ろを振り返り、透さんの視線の先を追った。
学生専用の小さなワンルームマンションだから、駐車場と言ってもスペースはかなり狭い。
さっき、みっきーの車が停まっていた駐車場の入り口付近は、透さんの立っているエントランスの前から一直線の所にあって、そんなに距離は無い。
――まさか……。
俺は、駐車場の入り口と透さんとを何度も交互に見て、オロオロと落ち着きなくプチパニック状態だ。
――さっきの、見られた?
車を降りる間際の、あの濃厚とも言えるキス。
あのキスを仕掛けてくる前、みっきーは一瞬、助手席の窓の向こうに視線を向けたように見えた。
まさか、みっきーは知ってた? 透さんがここに立っていたのを!
――いやいやいや……みっきーは透さんの顔を知ってる筈ないし……、思い過ごしか……。
問題は、透さんに見られたか、どうか、だ。
でも、車の中だし……暗いし、そこまで見えなかったかもしれないし……。
「……直くんこそ、どうしたの? 挙動不審だよ?」
「え? え、あ……、いや、……」
慌てて言葉を濁す俺に向けられた笑顔は、いつもの優しい透さんで、少しホッとする。
「昨夜、飲みすぎたみたいだったから、二日酔いとか大丈夫かなと思って、様子見に寄っただけだよ」
「え、あ、二日酔いは全然、大丈夫。あ、あの、どれくらい待ってたの? 携帯に連絡くれたらよかったのに」
「そんなに待ってないよ。それに俺も突然思い付いて来ちゃっただけだからね」
そう言って透さんは、スーパーの袋を俺の目の前に持ち上げる。
「食欲、ないかなーと思って、苺なら口当たりもいいし、買ってきた。食べれる?」
袋の中を覗くと、大振りでツヤツヤで、甘い匂いがしていて美味しそうで、口の中に唾が溜まる。
「すごい美味しそう。すみません、わざわざ……」
透さんの手から、苺の入ったスーパーの袋を受け取ろうとして、一瞬、お互いの指先が僅かに触れ合った。ただそれだけの事なのに、なぜかドキっと心音が鳴り、身体が小さく震えてしまった。
「直、くん……」
少し遠慮がちな透さんの声が、俯いていた俺の頭上に落ちてきて、――やっぱり何か言われるんじゃないかって思っていた。
何となく、別れ話を持ち出す前の雰囲気に似ているような気がして。付き合ってるわけじゃないけど、でも……何か良くない予感はしていた。
「……部屋に、入れてもらえないのかな」
その言葉に、ああ! 俺って、何て気が利かないんだって気が付いた。こんな寒い所でずっと待っていてくれたのにって。
でも、透さんの顔を見上げれば、漆黒の瞳がより一層その色を深くしている。
さっき感じた予感は当たってるんじゃないかって、また押し寄せてくる不安を振り払いたかった。
「いや、そんな事ない! 上がっていってください。あ、でも……」
「でも?」
透さんの部屋に比べたら、もうおもちゃ箱みたいな小さな部屋だし、しかも昨日出掛ける時に、脱ぎ散らかした服とか色んな物が散乱しているのを思い出して、躊躇してしまった。
「あの……本当に信じられないくらい狭いし、ものすごく散らかしてるけど、驚かない?」
恥ずかしくて上目遣いに見上げると、透さんはくすっと小さく笑って、「……驚かないよ」と、目を細めた。
一目散に駆け寄って、抱きつきたいほどなのに。
逢うのが怖い。
それを掻き消してしまう程の不安が入り混じる。
――どうしてここに?
頭を過ぎったのは、今日の昼前、交差点で見かけた透さんの姿だった。
あの時透さんは、俺に気付いていたんだろうか……。
一瞬の戸惑いに凍りついたように立ち竦んでしまった足を、一歩、また一歩と前に進ませて、透さんへと少しずつ距離を縮めていく。
近づけば近づくほど、段々と透さんの顔がはっきり見えてくる。
「透さん、どうしたの?」
声をかけると、透さんの顔は微笑んだように見えたのに、どこか寂しそうな影を帯びているように感じる。
――そう感じたのは、辺りの暗さのせいだけだと良いんだけど。
ふっと、透さんの視線が逸らされて、俺の後方へ向けられる。
はっ、と気付いて、俺は後ろを振り返り、透さんの視線の先を追った。
学生専用の小さなワンルームマンションだから、駐車場と言ってもスペースはかなり狭い。
さっき、みっきーの車が停まっていた駐車場の入り口付近は、透さんの立っているエントランスの前から一直線の所にあって、そんなに距離は無い。
――まさか……。
俺は、駐車場の入り口と透さんとを何度も交互に見て、オロオロと落ち着きなくプチパニック状態だ。
――さっきの、見られた?
車を降りる間際の、あの濃厚とも言えるキス。
あのキスを仕掛けてくる前、みっきーは一瞬、助手席の窓の向こうに視線を向けたように見えた。
まさか、みっきーは知ってた? 透さんがここに立っていたのを!
――いやいやいや……みっきーは透さんの顔を知ってる筈ないし……、思い過ごしか……。
問題は、透さんに見られたか、どうか、だ。
でも、車の中だし……暗いし、そこまで見えなかったかもしれないし……。
「……直くんこそ、どうしたの? 挙動不審だよ?」
「え? え、あ……、いや、……」
慌てて言葉を濁す俺に向けられた笑顔は、いつもの優しい透さんで、少しホッとする。
「昨夜、飲みすぎたみたいだったから、二日酔いとか大丈夫かなと思って、様子見に寄っただけだよ」
「え、あ、二日酔いは全然、大丈夫。あ、あの、どれくらい待ってたの? 携帯に連絡くれたらよかったのに」
「そんなに待ってないよ。それに俺も突然思い付いて来ちゃっただけだからね」
そう言って透さんは、スーパーの袋を俺の目の前に持ち上げる。
「食欲、ないかなーと思って、苺なら口当たりもいいし、買ってきた。食べれる?」
袋の中を覗くと、大振りでツヤツヤで、甘い匂いがしていて美味しそうで、口の中に唾が溜まる。
「すごい美味しそう。すみません、わざわざ……」
透さんの手から、苺の入ったスーパーの袋を受け取ろうとして、一瞬、お互いの指先が僅かに触れ合った。ただそれだけの事なのに、なぜかドキっと心音が鳴り、身体が小さく震えてしまった。
「直、くん……」
少し遠慮がちな透さんの声が、俯いていた俺の頭上に落ちてきて、――やっぱり何か言われるんじゃないかって思っていた。
何となく、別れ話を持ち出す前の雰囲気に似ているような気がして。付き合ってるわけじゃないけど、でも……何か良くない予感はしていた。
「……部屋に、入れてもらえないのかな」
その言葉に、ああ! 俺って、何て気が利かないんだって気が付いた。こんな寒い所でずっと待っていてくれたのにって。
でも、透さんの顔を見上げれば、漆黒の瞳がより一層その色を深くしている。
さっき感じた予感は当たってるんじゃないかって、また押し寄せてくる不安を振り払いたかった。
「いや、そんな事ない! 上がっていってください。あ、でも……」
「でも?」
透さんの部屋に比べたら、もうおもちゃ箱みたいな小さな部屋だし、しかも昨日出掛ける時に、脱ぎ散らかした服とか色んな物が散乱しているのを思い出して、躊躇してしまった。
「あの……本当に信じられないくらい狭いし、ものすごく散らかしてるけど、驚かない?」
恥ずかしくて上目遣いに見上げると、透さんはくすっと小さく笑って、「……驚かないよ」と、目を細めた。
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