出逢えた幸せ

ずーちゃ

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第二章:迷う心とタバコ味の……

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 時間ぴったしに上がらせてもらって、私服に着替えて、従業員出入り口から外に出ると、透さんが、車のドアに凭れて立っていた。

「お疲れ様」

 いつもの優しい笑顔で「どうぞ」と、助手席側のドアを開けてくれる。

 その動作が気障でもなく、あくまで自然で、彼女にいつもこんな風にしてあげてるんだろうな……。

 なんて考えると、ちょっと胸の奥がチクンとした。

 ──こんな事にいちいち動揺するなんて、どうかしてる。

 わけの分からない胸の痛みに、俺は心の中で苦笑した。

「直くん、嫌いな食べ物って、ある?」

 エンジンをかけながら、こちらを向いて訊いてくる。

「いえ、基本なんでも食べます」

「じゃ俺、天ぷら食べたいんだけど、いいかな? 実は、待ってる間に予約入れちゃったんだ」

 と言いながら、透さんは、ゆっくりと車を発進させた。

 天ぷらのコース料理を予約してくれたらしくて、俺、今まで晩飯予約なんてしたことないし、なんだか緊張してきた。

「俺、天ぷらなんて、外で食べるのって初めてかも……しかもコースって高いんじゃないですか?」

 そうでもないよ。と透さんは笑って言うけど、店に入って、メニューを見たら、大学生の俺には贅沢な値段だった。

「そんな顔しなくて大丈夫だよ。給料出たところだし、奢らせてね」

 と、くすくす笑いながら、俺の手からメニューを取り上げる。

「す……すみません……。あの……っ、次回は俺にも何か奢らせてくださいね?」

「いいよ、そんな気を遣わなくても。俺は社会人で、直くんは学生なんだから」

 そう言って、透さんは俺の頭に手を置くと、ぐしゃぐしゃと掻き混ぜるように撫でる。

「今日はなんだか、ここの天ぷらを食べたかったんだよ。ほら目の前で揚げてるのを見るのも楽しいでしょ?」

 カウンター席の俺達の目の前で、天ぷらを揚げてくれていて、もうそれは、なんて言うか、職人技で。

 ぱっと、油に入れた瞬間に広がる衣が美しくて、芸術品だーーなんて、興奮してはしゃいでしまう、俺。

 そして、揚げたての天ぷらは、絶妙な温度でサクサクしていて、それでいて、ふわりとしている感じ。

「美味いーっ!」

 もう今まで俺が食べていた天ぷらだと思っていた食べ物は、何だったんだろう? 

 って、思ったままに感動の気持ちを伝えると、

「気に入ってもらえて、よかったよ」と、透さんはニコニコと笑顔で応えてくれる。

 海老やら、魚介やら、野菜の、おまかせ天ぷらを10品以上は食べて、口直しのサラダが出てきた後、最後に天丼と赤だし。

 お腹も気持ちも満足して、店を出た。

「透さん、ごちそうさまでした、すごく美味しかったです」

「美味しかったね、直くんが美味しそうに食べてるのを見るの好きだよ。また来ようね」

 そんなことを、目を細めて優しい笑顔で言ってくれるから、

「はい!」なんて、図々しく返事しちゃう。


  車に乗り込んで、エンジンをかけながら、「この後、どうする?俺の家で良い?」と、透さんが訊いてきた。

 そうか……この後、家って言う事は……やっぱり……、そういう関係を続けるってことで……。

 ここで行かないって言えば、もうそれ以上の関係にはならなくて、またあのイブの日までの関係に戻るだけなのかもしれない。

 ――ただの店員と客の関係に……。

 透さんが俺のことを、どう思ってるのかは分からない。俺も透さんのことを、本当はどう思っているのか……。

 でも、行けば、それを確かめることができるかもしれない。

「はい」

 これは自分で決めたこと。俺は、首を縦に振り、頷いた。 

 
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