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第1章 今日から君も魔法使い(見習い)

一、空を飛ぶ

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 耳を切る風の音。
 空を飛ぶ夢を見ていた。

 眼下一面に広がるのは深い森。風を切る足が、まるで深緑のふくよかな絨毯の感触を楽しむかのように泳いでいる。
 身体が動かなかった。いや、宙ぶらりんの為下半身は動かせるのだが、上半身は固定されていて動かせない。
 自身を見渡す。肩口に目が留まる。鳥の脚のような鱗だった太いあしが自分の両の二の腕をがっしりと文字通り鷲掴みにしていた。
 恐る恐る、その肢の主を確認すべく、視線を上に移していく。光の加減で青にも緑にも輝く前肢の鱗。コウモリのような被膜の翼。自身の胴程もある、太く逞しい長いくび。そして、ダガーのような牙を覗かせる大きな顎。
 その姿はまさしく、この世界において生態系の頂点に君臨する、ドラゴンのものだった。
 宙吊りにされた状態で、ドラゴンに運ばれていた。その行く先は分からない。しかし、狼狽えるような気持ちにはならなかった。この危機的状況下でもだ。もし、ドラゴンが自身を手離し、空中に放り投げだされでもしたら。ドラゴンが着地した先で襲い掛って来たら。どちらにしても、無事では済まされないし、およそ命は無い。そういった状況がこの先訪れるだろうと容易に想像できるのだが、気持ちは不思議と穏やかだった。

 山が見えた。なだらかな丘陵の続くこの森の中で、ぽっかりと浮かぶその山は、一個体の命の運命がこの自然の中においてはとても些末なことなんだと語りかけてくるようである。そんな光景が、自身の命の儚さと孤独感をしみじみと感じさせ、不意に目頭が熱くなってしまう。
 そう、ここは魔法という神秘の理に、自然も文明ですらも支配された世界。この世界に生まれた以上、人類は生態系ピラミッドの頂点ではいられない。今起きているような事態は理不尽ではなく、ごく自然な事なのだ。
 頭上から、耳を覆いたくなるような雄叫びが上がった。ふと、自分の身体が森に吸い込まれている事に気が付く。遠退く影と雲をただ茫然と眺めながら、それが落ちているということなんだと理解した時―――

―――シュウは夢から目が覚めた。

 全身に感じる重力。決してそんなことはないのだが、目覚めた衝撃は布団の上に落下したかと錯覚する程だった。
 早鐘はやがねのように響く鼓動を深呼吸で抑え込み、一息つく。
「シュウ、どうした。怖い夢でも見たのか」
 ベッドを仕切るカーテンの外から、少年がシュウに声を掛ける。シュウは現在、高等学校に併設された学生寮に住み込んでおり、声を掛けた少年は寮のルームメイトになる。
「…いや、怖くはないが死ぬかと思った」
 息切れ切れにシュウは返事をする。
「そうか…」
 シュウはこの瞬間、嫌な予感がし、枕元に転がっている筈の自身の携帯電話を探し始める。
「じゃあ、今からもっと死ぬほどびっくりする事実を教えてあげようか?」
 ―――8時15分。朝のホームルームが確か8時30分。そして登校時間、短く見積もって…10分。
 シュウがカーテンを跳ね上げると、目の前には身支度をすっかり終えたルームメイト、藤守ふじもり彦根ひこねの姿があった。彦根は厚い眼鏡のレンズ越しから、やれやれと言いたげな眼差しを顔面蒼白なシュウに送っている。
「お前、遅刻するぞ」
「ちょ、えぇ…」
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