同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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東の国

93.愛慕トライアングル

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 王都から東に進んで最初にたどり着く街、ギトニャ。
 真紘はサクサクと霜柱のようなものを踏み鳴らしながら、ほうっと白い息を吐く。
「コウモリ、竹林の中に入っていったね。GPSもこの奥で止まっている。町はずれなのは想定していたけれど、コウモリと竹藪ってあまり結びつかないかも?」
「ははっ、確かに。俺も洋風なお化け屋敷とか、薄暗い洞窟のイメージある。つーか、リアースにも竹って存在すんだな」
「そうだね。温泉はタルハネイリッカにもあったけど、こちらの方が日本に近い風土なのかもしれないね」
「てかさ、真紘ちゃん。竹があるってことは、だよな?」
 今にも踊り出しそうな重盛は目を三日月にしてうずうずしている。
 料理をしない真紘にもわかる。あの食材のことだ。
「この雪が溶けて陽射しが暖かくなってきたらアレだね」
「アレだな……っ!」
 重盛は頭の上で三角を作ってツンツンと天を目指し、ぴょーんと伸びる。
 春先に顔を出す旬の食材のために、ここが火の海にならないよう、なるべく穏やかに、できれば話し合いで解決したいところだ。
「たけのこご飯に天ぷら、根菜煮にバター醤油炒め。すぐに食べるなら刺身もありだな……。それからメンマ! やべえ、テンション上がって来た!」
「正統派和食に酒の肴まで……。もう涎が溢れてきたよ」
「わははっ! たけのこが採れる頃には真紘ちゃんも二十歳で飲酒解禁だもんな。いきなり渋めの酒あて希望してるの、真紘ちゃんって感じだけど」
 喉の奥でくっくと笑いを押し殺す重盛は、どうせまた年寄りくさいと言いたいのだろう。
 真紘はぷくっと頬を膨らます。
「ふん、どうせ髪色も味覚もおじいさんですよ。重盛は一番何を食べたい?」
「んー? 俺は、そうだなあ……。色んなたけのこ料理作って真紘ちゃんにめっちゃ食わせて、そのあと美味しくいただいちゃうつもり?」
「ふふっ、何それ。ヘンゼルとグレーテルに登場する魔女みたいなこと言うね」
「それ最後撃退されてねえ? 俺も退治されんの?」
「魔女も一緒に美味しいご飯を食べて、いつまでも仲良くハッピーエンドだよ。旬の野菜を楽しみながら、ずっとお菓子の家で甘い生活もありだよね」
 前かがみになった真紘は、重盛を覗き込むように見上げる。
 口元を片手で隠してにやつく重盛は、伏目がちに呟いた。
「なんか今日ずっと小悪魔モードだな」
「重盛の反応が可愛くて、つい。嫌かな?」
「嫌じゃないのわかってんだろ。真紘ちゃんにストレートに好き好きってアピールされんのに超弱いの知ってるくせに。ああもう、俺の尻尾も耳も素直すぎてダセえ!」
 雪をかき分けるように大きく振れる尻尾を抱き込むと、重盛は赤面した。

「ん゙ん゙っ!」
 背後から聞こえた咳払い。
 振り返るとリンとアルマがこちらの様子を伺っていた。
 来た時よりも二人の距離が近く、心配や不安を抱えていた時とは放つオーラも圧倒的に違う。
 真紘は二人に尋ねる。
「急なことでしたが、しっかりお話しできましたか……?」
 アルマをチラッと見てから、もじもじと手を組んで頷くリン。
 ふわっとこぼした笑みは、幸せで満ち溢れていた。
 真紘が喜びの声を上げる前に、重盛に右手を取られてその場でくるくると回る。真紘がもう片方の手でリンの手を取ると、重盛も反対の手でアルマの手首を握る。
 リンとアルマは顔を見合わせて、手をそっと繋ぐ。
 四人はその場で輪になって踊るようにまわった。
「イエーイ! アルマ、リン先輩、おめでと~うっ!」
「わ、っとっと、あはっ、おめでとうございます!」
「きゃははっ! おおきに!」
 ひとしきり盛り上がったあと、アルマは真紘と重盛に向かって頭を下げた。
 足元は四人が踏みしめたため、円形のミステリーサークルのようなものが出来上がっている。
 手を離すと、リンははにかみながらアルマとの復縁について語る。
「あんな、ちゃんと話し合ったらすれ違ってたことも分かってん。なんでこんな悩んでたんやろってくらい、わだかまりがするする解けたんよ。マヒロくんもシゲモリくんも、なんやこの二人、自分らでややこしゅうしとるなァって思っとったかもしれんね。ほんまごめん。これからは逃げずに話し合って行こうって、アルマと決めたからもう大丈夫。マヒロくんらのおかげで話す勇気が湧いてん。何にも準備しとらんかったら、ボクはアルマと二人になった瞬間にきっとまた逃げ出してたと思う……。ほんまにありがとうな」
「俺も同じだ。重盛、真紘、二人には迷惑をかけた。言葉にする大切さや、行動に移す勇気など、学ぶところが沢山あった。感謝している」
「そんな僕は何も。でも本当に良かったです!」
「そうそう、俺も話しきいただけだし、そんなかしこまってお礼なんて。照れんね、へへっ」
「これからはお前らを見習って、リンをもっと大事にしていくつもりだ」
 アルマの言葉に「おお~」と歓声が上がり、拍手が送られる。
 リンは顔をぼっと赤くして、首を痛めるような速さでぶんぶんと顔を横に振った。
「この子らを見習ったらあかん! さっきの会話も聞いとったやろ? このいちゃつき度合は、双方がアホになっとらんと成り立たん! ボクはまともやで!」
「ええー、リン先輩ひでー」
「酷いのはそっちや。たけのこの話からよぉあんな結論に持っていけるなァ⁉ 会話が甘ったるすぎて聞いてるこっちが恥ずかしいわァ。なんやの、オレはマヒロくんを食べちゃうぞって、絶対別の意味やん、そんなんただの隠語やん! ボケとボケの組み合わせってこうなるん⁉」
 肩で息をするリンの目はどんよりと据わっていた。
 アルマは、リンの言葉で真紘たちの会話の意味を理解したらしく、今になって拳を手の平に当て、すっきりした顔をしていた。
「え、重盛は、食べちゃうぞって、そういう意味で言っていたの……?」
「そんなことないもん。リンパイセンの受け取り方がむっつりなだけだもん!」
「リンさん……」
 明らかに嘘をついている重盛は、真紘の頭の上で勝ち誇ったような笑みを浮かべるが、真紘はそれに気づかない。
 真紘を巡る獣人同士の戦いが繰り広げられる。
「なっ! ちゃう、ちゃうよマヒロくん! 騙されんといて! 後ろ見てみい」
 リンの指示に従って真紘が振り返ると、重盛はしゅんと耳と尻尾をぺたんと下げる。はてなを頭の上に浮かべる真紘は、重盛の顔をペタペタと触って首を傾げた。
 ぴいぴいと暴れるリンは、アルマに背中を擦られると途端に大人しくなる。
 素のままを見せるのと、恋人に良く見られたいという葛藤の板挟みの中、リンは笑みを浮かべながら悪態をつくという形態に落ち着いたらしい。
「ほんっま独占欲の塊やな……。人のこと言えんけど、ぶりっ子しとると癖になるで! とにかくボクらの前ではいちゃつかんで。ええな、約束せえ」
「へい」
「もう、へいじゃなくて、はい、だよ。すみません、以後気を付けます」
 言ったそばから真紘にべったりくっつく重盛にリンは眉をひそめる。
 今日一日ともに行動してきて感じたが、真紘の隣は相当居心地がいい。獣人に好かれる性質なのか、体の調子が良くなるのだ。お気に入りの友人を取られた気分になり、ふくれっ面になる。
 アルマは、悶々とするリンに進むように促すと、先頭を切って歩き出す。
「さあ、行こう。事件を解決して、お前の容疑を完全に晴らすんだ」
「アルマ……。ボクもジルコン見つけて、アルマの仕事の手伝いしたる!」
「あっ、あの……」
 そんな微笑ましい光景に水を差したいわけではないが、言わねばならないことがある。
 真紘は二人のコートの裾を掴んで方向転換を図る。
「アルマさん、リンさん。コウモリがいるのは、ここから西ではなく東です」



 想像していた洋風の館どころか洞窟もない。
 目の前にあるのは、三角屋根の横に長い平屋だった。
 田舎の廃校になった小学校みたいなそこは、隙の無い幻覚魔法が施されている。
 獣人や生活魔法を使える程度の人間では、幻覚であることも気付かないだろう。
 一体誰がこんな僻地にこんな大掛かりな魔法を――。
 真紘は歪んだ空間に手をかざす。
「フローラ侯爵が泊まっていた部屋の窓枠に残っていた魔力と近いな……」
「ちょ、ちょい真紘ちゃん! なんか目の前の空間めっちゃぐわんぐわん歪んで行ってねえ⁉」
「実践躬行。リンさんやアルマさんが頑張ったんだ。僕も勇気を出して飛び込まなくちゃ。この違和感の正体を知りたいんだ」
 歪んでいた空間がガラスのようにバリンっと割れる。
 人ひとりが通れる空間の先には、廃校などなく、人の気配がする建物が物寂しく佇んでいた。

 物音に驚いて飛び出して来た人物は、こちらを見て絶叫する。
 狼と列車の偽物の店主であり、リンの教え子、そしてフローラ侯爵襲撃犯および過去三十年の集団体調不良の原因とされる人物のフェリクスだ。
 全身白い洋服に水色の髪がよく映える。月光に照らされた瞳は深い蒼。
 やはりなんとなく麻耶に似ていて、真紘と重盛は複雑な心境である。
「なんで! どうしてここが⁉ ああ、だけど、ここに入って来れるなんて、すごい魔力だぁ! ああ、美味しい、興奮する! やっぱりオレ達は相性がいいのさ……」
 涼しげな目元とは裏腹に、リアクションが大袈裟で、真紘はたじろいでしまう。
 ところが頬を赤らめながらゆらゆらと近づいて来るフェリクスは、瞬く間に地面に伏していた。
「重盛っ!」
 後ろ手に拘束され、顔に雪がべしゃりとはりつくフェリクスも何が何だか分からないといった表情だ。
「ゲホッ! な゙、なにが起こった……」
 視線を上げると、月光を浴びた重盛に見下ろされている。温度のない刺すような視線は、初めて今が氷点下の夜であることをフェリクスに思い出させるには十分であった。
 真紘が駆け付けようとすると「来るな」と重盛は静かに告げる。
 こんなにも怒っている重盛は初めて見た。
 伸ばした手をリンが両手で包む。その温かさから、自分の指先が冷たくなっていたと知った。
「お前、狼の獣人じゃねえだろ。店の中は本物のマスターのにおいで気づかなかったけど、こんなにおいのしないやつ初めて。救世主だから何か特別なの?」
 ひとり言みたいな冷ややかな声が響く。
 腕に力が入ったのか、フェリクスはぐぐっと呻いた。
「重盛、あまり何が起こるかわからない。フェリクスに近づくな」
 アルマはゆっくりと近づくと、重盛の威嚇でパンっと弾かれる。
 フェリクスは既に顔を鼻水や涙でぐちゃぐちゃにしていた。
「ノ……マ、ン、た、たすけ、て」
 嗚咽に混ざって聞こえたのは、人名だった。
 ノーマン――?
 ギラっと光る眼を向ける重盛も眉間に皺を寄せながら「ノーマン?」と復唱する。
 来るなと言われたからには近づけないが、少し隙ができた。
 ここぞとばかりに真紘は、魔法で重盛だけをこちらに引き寄せた。
 ビュンと宙に浮いた重盛は真紘の胸へと飛び込んでくる。焦って勢いを付け過ぎた。
 重盛を抱きかかえるようにして尻もちをついた真紘は、苦笑いを浮かべる。
「ごめ、重いよな⁉」
「怒ってないよ、近づいて来るフェリクスさんから僕を助けようとしたんだよね。だけどそれだけじゃない。ほら、聞かせて? 君はどうしてそんなに怒っているのかな?」
 しゅんと垂れる耳と尻尾は、自分でもやり過ぎたと反省しているのだろう。
 優しく背中を撫でる。
「あいつ、真紘ちゃんの魔力も吸った。さっきも一歩踏み出した瞬間に喉鳴らしてた、許せない。真紘ちゃんは俺のなのに!」
「フローラ侯爵みたいに魔力を受け渡してないけど……?」
「吸ったのは多分、店でまっぽけからペンとメモ出した時と、さっきの幻術を破った時」
「そんなわずかな残り香みたいな魔法を?」
「店にいた時は警戒してなかったし、あの後もブチ切れてたから冷静じゃなかったけど、真紘ちゃんの魔法ってすげー気持ちいいの。染み渡る水みたいに、触れるとすっと体に入ってくる」
「そう感じてるのは重盛だけなんじゃ?」
 真紘の言葉にリンは首を振る。
「ボクも分かる。マヒロくんの魔法って使った後に周囲を清めてるっちゅーか、魔法の対象が自分じゃなくても体と心がふっと軽くなるんよ」
「それじゃあ、もしかして魔力が零れてる――」
「わけじゃねーよ? 普段はバッチリ遮断してるし。魔法使ったほんの一瞬だけ。なんていうのかな、獣人の方がフィーリングで魔力消費してるから、そういうの感じやすいのかも」
 そしてアルマも同意する。
「俺はリンや重盛のようには感じないが、真紘の魔力がとても整っていることは分かるぞ。呪文や魔方陣、魔道具なんかを必要としない魔法のくせして、魔法として成り立っている。結びが整っていて、完璧なんだ。魔力を欲している人間からすれば、喉から手が出るほどのご馳走なのだろう」
「ご、ご馳走……」
 髪一本くれてやるかと言わんばかりの重盛は、身じろぎ一つ叶わないほどぎゅうぎゅうと抱き着いて来る。
 真紘は茫然と横たわるフェリクスをちらりと見た。
 反撃してこないどころか、今も全く魔力を感じられない。死んでしまったのかと見間違うほど、精気を感じられないのだ。
 重盛の力がいくら強かったといっても、かなり手加減している。そうでなければ、フェリクスの腕は一瞬で折れていただろうし、なんなら絶命していてもおかしくない。
 同じ救世主だとしても、あまりにも弱い。
 何か別なことに特化した能力なのだろう。
 他人のステータスを勝手に開くなんてチャコットの事件以来だが、やってみようか。
 真紘が手をかざすと、横たわるフェリクスの頭上に文字が浮かび上がった。
「フェリクス・ヴラド。種族……吸血鬼……って」
 吸血鬼という言葉に反応したのか、フェリクスは、産まれたての子鹿のようにぶるぶると震えながら、両手を地面について上半身を起こす。
 蒼かった瞳は、深紅に変わっていた。
「あの牙は狼じゃなくて吸血鬼の……?」
「なあなあ、アルマ、きゅうけつきってなに?」
「地球の民話や伝説に残る架空の存在だ。俺もこの世界では聞いたことがないな」
 よろよろと立ち上がるフェリクスは尖った牙を顕わにし、ふうふうと荒い息を吐いている。
 細長く頼りないシルエットに、不健康なほど青白い肌。唯一地球の吸血鬼とされる存在との違いは、求めているのが血液ではなく魔力だということだ。
「バレちゃった……。こうなったのも全部リンちゃんのせいだ……ッ‼」
 名指しされたリンは肩を揺らす。
 フェリクスの周りには赤い鮮血のようなオーラが渦巻いている。
「オレとずっと一緒にいるって言ったのに、そっちのデカいだけが取り柄の男に惚れ込んで、オレを蔑ろにした!」
「ボク、そんなこと言った……?」
 本当に約束したのであれば最低なことであるが、リンには全く身に覚えのない言葉だった。
「言ったよ、約束したよ。リンはずっとフェリと一緒にいます。アルマと触れ合ってはいけない。リンはお前を怖がっている。離れるべきだ。何度も何度も、擦り込んだのに、またくっつきやがった!」
 リンとアルマは絶句する。
 自分達が悩んでいた原因は、自分自身にあると思っていた。それがフェリクスによって仕組まれていたことだったなんて、思いもしなかったのだ。
 フェリクスは声を荒げて、演説するように続ける。
「いいさ、もう一回約束させなくても、オレは本当の運命を見つけた! 指先が触れただけで稲妻が走った。常に朦朧としていた意識が三十年ぶりにはっきりとした。たった一瞬の魔力だったのにだ! これがあればオレは最強だ! さあ、真紘! お前がほしい。こっちに来い――ッ‼」
 頭の奥でガンガンとけたたましい警鐘が鳴る。
 お前は、フェリクスの花嫁になるんだ――。
 誰かが耳元で囁く。
 前に踏み出そうとする足を抑え込み「いやだ、いやだ」と自身に暗示をかけるも、瞳が赤く染まっている気がした。
 嫌だ、行きたくない、助けて。
「真紘ちゃん」
 勝手に溢れ出した涙は、大好きな手によって拭われた。
「しげ、もり……」
「真紘ちゃんがずっと一緒にいるのは俺でしょ?」
「……うん、ずっと、いっしょ、は、しげもり」
「大好きなのも俺」
「だいすき、なの、しげもり」
「真紘ちゃんならできるよ、どんな魔法でも跳ね除けられる」
 垂れた目尻が優しくとける。
 重盛が言うなら信じられる。
 できるとイメージした瞬間、真紘の魔法は完璧になるのだ。
 パチンっと視界がクリアになって、ガクッと力が抜けると、真紘は重盛に抱きかかえられた。
「なるほど、これがリンさんとアルマさんの長すぎるすれ違いの原因だったんですね……」
「はあ、はああ⁉ 時の神にもらったオレの魅了がこんな一瞬で破られるなんて……ひいっ!」
 背を向けて逃げ出したフェリクスを再度押し倒したのはアルマだった。
「クソが! 離せ、重い! お前の魔力は不味いんだよ、いらないんだよ! お前がいなければ、ずっと俺はリンちゃんだけの魔力を吸って生きてられたのに、二人そろって失踪しやがって! リンちゃん、リンちゃん……助けてよ先生ぇ!」
 先生というフレーズにリンは耳を塞ぐ。
 教え子に裏切られ、挙句の果てにアルマと離れるように暗示を掛けられていたリンは、現実を受け止められないでいた。
 その場に崩れ落ちてほろほろと泣いている。
 真紘がリンに手を伸ばしたため、重盛は、二人が手を握れる場所に真紘を下ろす。真紘がリンを抱きしめると、重盛は二人を支えるようにしてしゃがんだ。
「アルマ、そいつの目を見るな! うつ伏せに倒せ!」
 フェリクスの胸倉を掴んでいたアルマは、一度フェリクスの体を持ち上げると地面に投げ捨てた。そしてフェリクスの背中に体重をかける。
「あがっ! くっそぅ、こんなことならちゃんということ言いて大人しくしておけば良かった!」
「いいか、もう二度とリンや真紘に近づくな。俺からリンとの時間を奪った罪は牢獄で償ってもらうぞ。フェリクスよ、重盛は優しかっただろう、だが俺は違う」
 メキメキとフェリクスの体は悲鳴を上げるが、錯乱状態のフェリクスは叫ぶように吐き捨てる。
「ぎゃああ! オレを殺すつもりか、救世主のくせに! オレは今まで誰も殺してないだろ!」
「目覚めていてはまた妙な特技を使うかもしれないだろう。少し気絶してもらうだけだ。それに殺していないと言ったが、フローラ侯爵はどうした。あの人は真紘がいなければあのまま衰弱して死んでいたぞ」
 フェリクスは血走った目を泳がせると、口元に笑みを浮かべた。
「あれは真紘のおかげで力がみなぎったから、真紘のせいだよ。あのペンとメモをもらったおかげで力加減が狂ったのさ。殺意はない。だけど、ジルコンのついでにそこらの貴族の魔力を吸うんじゃなかったな。真紘の残り香で甘美だった舌先が台無しになったよ。嗚呼、思い出しただけで血が熱くなる……」
 真紘は口元に手をあてる。
 フローラ侯爵が襲われたのは自分のせいだと思う間もなく、白い剛速球がフェリクスの頭を直撃したからだ。
 雪玉は木端微塵に砕け散って、地面の雪と同化した。
 三人の視線を重盛に集まる。
「殺ってないって! 真紘ちゃんのせいみたいな見当違いなこと言うから、早めに大人しくしてもらおうと思って」
 アルマも無言で頷く。
 リンは少しばかり気が晴れたのか、きゃははっといつものように笑った。

 アルマが金属の拘束具を創り出し、気絶したフェリクスを後ろ手に拘束する。
 先ほどのフェリクスの発言も気になる。
 ――いうことを聞いて大人しくしておけば良かった。
 少なくともフェリクスには仲間がいて、行動を制限するような助言をする者がいるということだ。それに住居を覆い隠すほどの魔力はフェリクスにはない。これも仲間の魔法なのだろう。
 しかし、静まった建物の中に人がいるような魔力の反応はない。
 一先ずジルコンを探すために真紘と重盛は、建物に入る。
 古びた長い廊下を進むと、突き当りにランプの光が見えた。ランプの中心で淡く揺れる炎と月の光に照らされた薄暗い室内を見て二人は驚愕する。
「な、なんだよこれ、宝石だらけじゃん……」
 足の踏み場もないほど、色とりどりの高価そうな宝石が散らばっている。
 美しいはずの宝石はどれも光を失い、魅力を感じられない。
 真紘の足先にコツンと何かが当たった。
「ジルコン……。だめだ、この部屋にある宝石はどれも魔力がなくなっている。誰が抜き取ったかは、お察しの通りだね……」
 一応、人の魔力を吸うことを極力避けていたのか、大量の空の宝石が床を覆っている。
 真紘が手に取ったのは、フローラ侯爵が所有していたジルコンだ。
 列車で一度だけ見せてもらった程度で正確な形までは覚えていないが、アルマが大鏡の装飾に加工できるほどの大きさであることから、おそらくこれで間違いないだろう。
 部屋の奥に進んでいた重盛が真紘を呼ぶ。
「なあ、これも見覚えがあるんだけど……」
 鋭利な金属の断面がつるんと輝く。
「隕石の欠片? 隕石ってリドレー男爵の畑の――」
 真紘が呟いたその瞬間、建物の窓が一斉に割れた。

 ガラスがパラパラとスローモーションのように舞い散る。
 ぽっかり空いた窓から飛び出ると、ぐったりとしたアルマをリンが庇うようにして抱きかかえている。
 庭の中央にいたフェリクスは、真紘と同じくらいの身長の人物に横抱きにされ宙に浮いていた。
「アルマ!」
 重盛の声に反応した人物は、こちらを見下ろす。
 月の光に照らされた漆黒の髪に赤い瞳、真っ黒なコートの男は、フェリクスの何倍も吸血鬼らしい外見をしているが、若い女性にも、年老いた男性にも見えた。
「アンノーン……」
 真紘が囁くと、アンノーンは笑う。
「お早い再会で。ですが、お茶をしている時間はありません。早々に退散させていただきますよ」
 そしてアンノーンは、気を失ったままのフェリクスに語り掛けるようにして、顎を少々乱暴に掴んだ。
「この私が盗むことができなかったお宝ですよ、お前には無理な話だったのです。だからジルコンは諦めろと忠告したにも関わらず……。王城前のホテルで人を襲ったことを知った時は肝が冷えました。毎回尻拭いするこちらの身にもなってほしいですね。おちおち一人で出かけることもできない。本当に愚かで嘆かわしい」
「ヴ、うぐぅ……」
 アンノーンは、息苦しそうに呻いたフェリクスに満足したのか、掴んでいた顎をポイっと投げる。

 まさかアンノーンも救世主だったとは。
 フェリクスをわざわざ助けに来たということは、先代の救世主であり、リンが言っていた失踪した一人ということだろう。
 怪盗アンノーンとして各地で珍しい石を盗んでいたのは、フェリクスの糧にするためだったのか。
「……ノーマン」
 真紘の呼びかけに、アンノーンはぴくっと反応する。
「ふっふっふ、あっはっはっはっは! フェリ、お前は本当に余計なことばかりしでかしてくれますねぇ!」
「あなたの本当の名はノーマンというのですか」
「さあ? 私は何者でもないアンノーン。それ以上でもそれ以下でもない存在ですから。さて、今回お騒がせしたお詫びに私の自慢のコレクションはすべて差し上げます。持ち主が抜け殻になったただの石ころでも良いと言うのならば、返却して差し上げてください」
「待て! 聞きたいことは山ほど――」
 真紘は翳した手をピタリと止めた。
 魔法がフェリクスに触れて目覚めたら、彼の力に変換されてしまうかもしれない。
 それでも躊躇したのはほんの僅かで、一瞬の出来事だった。
 しかし、そんな好機を逃すアンノーンではないし、それすら読んでいたのだろう。フェリクスと相性の悪いアルマを先に不意打ちで襲ったのもそのためだ。
 強い風が地面の雪を舞い上げる。
 目を開けた時には、アンノーンとフェリクスの姿は忽然と消えていた。
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大和撫子
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 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

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