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魔眼の子
45.好きになってよ
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同日、雨が降った夜のこと。
重盛は師であるノエルに泣きついていた。
「先生、俺もうダメかもしれない……」
「一応聞いてあげますが、何故です?」
翌日の朝食の仕込みはシェフがとっくに終わらせており、重盛とノエルはキッチンの隅にある作業台をテーブルの代わりに使い、珈琲を飲んでいた。
「それは真紘ちゃんが可愛すぎてに決まってるじゃん」
「確かに真紘様は大変整ったお顔立ちでいらっしゃいます。魔法がなくとも、その美貌で国ごと手中に収めることも容易でしょう。ですが可愛らしいというより美しいと言った方が、彼を表す言葉として相応しいと思いますが?」
「まぁーじで、なんも分かってねえな。見た目もだけど、中身が可愛いんだっつーの! それに『ノエルさんっ!』って嬉しそうに駆け寄ってくる姿は可愛い以外にないっしょ」
「まあ……。そうですね。可愛い弟子としてですが」
「はあ? 当たり前じゃん、勘違いすんなよ」
尻尾で思いっきり脛を打たれたノエルは眉を顰めた。
「それで、重盛様は結局何を仰りたいのですか」
「だから可愛すぎて一緒にいると抱きしめる以上のことをしたくなりそうで、すっげー困ってる。めちゃくちゃ我慢してるのに、尻尾にキスしてきたり、とろんとした目でベッドまで運んでぇって甘えてきたりするっ! こっちの気も知らず、安心しきってるの何なの!」
重盛は言いたいだけ言って、わっとテーブルに伏した。
ノエルは長い前髪を掻き上げてため息をつく。
「貴方達は恋人同士なのでしょう? 珍しいとはいえ、異種族間同士の婚姻は認められていますし、問題ないのでは?」
「……ノエル先生何言ってんの? 俺達そんな関係じゃないけど」
お互い目を見開き固まる。
ちょぽん、ちょぽん、と蛇口から垂れる滴の音がキッチンに響いた。
掠れたような乾いた笑いがノエルから零れる。
「はっは、ここまできて冗談はやめてください。重盛様に対してルノ様やルーミ様があんなに嫉妬しているのをご存じないんですか? 毎回宥めるこちらの苦労も知らずに……。誰がどう見ても貴方と真紘様は恋人同士にしか見えませんよ」
「そうだったらいいけど、俺の一方的な片思いなんだよねぇ。真紘ちゃんは優しいから俺を甘やかしてくれてるだけ」
「本気ですか……」
「俺の気持ちは本気だけど? それともリアースには同性同士の恋愛は死罪とか宗教的な問題がある系?」
「ありませんよ。同性婚は珍しいことではありません。というか、貴方、真紘様の何を見てらっしゃるので?」
「頭のてっぺんから爪先までガン見してっけど? なんなら将来まで見てる。各地を旅して、見つけた海の見える小さな教会で二人だけの結婚式を挙げんのよ。今度こそ本物のヴェールをしてもらって、千年と言わず永遠の愛を誓うってわけ。新婚旅行はリアース一周。気に入った教会で違ったタイプのタキシード着てもらうのもありだな。真紘ちゃんに似合うのは寒色系だけど、俺の髪と同じゴールド系も良い。その隣で俺はシルバーのタキシード着る。金と銀でなんかめでたくね?」
目を閉じて夢見がちな妄想を語る重盛にノエルは愕然とした。
この男、チラチラとこちらを気にして寂しそうな顔をしているここ最近の真紘に全く気付いていない。
「はあ……。そこまで考えているのならば、さっさと想いを告げれば良いではないですか」
「もうアプローチしまくってんの! だけどいつも重盛は優しいなぁ、いいやつだなぁ、で終わるわけ。鋼の理性を持つ重盛君でも流石に限度があるからさ、触られれば俺も男だから……。分かるっしょ?」
「分かるっしょ、と言われましても。早く告げてしまえとしか言いようがありません」
「本気で迫って振られたらどうすんのよ! 俺のハッピーウエディング計画が!」
「そういうところだとご自分も理解されているのでしょう。貴方には真面目さが足りないのでは? 重盛様が本気だと気付けば、真紘様も覚悟なさると思います」
「なんの覚悟だよぉ。俺を振る覚悟? 一人で生きていく覚悟!?」
何故、恋人もいない自分が、当人以外には結果が丸わかりの恋愛相談に乗っているのだろうか。
ノエルは酒のようにコーヒーを一気に呷った。
「とにかく、忙しくさせているのは我々ですが、お二人のおかげでルノ様もかなり成長されました。タルハネイリッカから次の街へと旅立たれる前に、一度ゆっくり話し合ってみてはいかがでしょうか」
シンクにマグカップを突っ込むと、ノエルは一階の自室へと戻っていった。
「振られたら俺も真紘ちゃんが最も嫌な人間になっちゃうかもしれない。話し合うのが怖いよ」
ただでさえ恋愛事に後ろ向きな真紘だ。
かつて信頼を寄せていた友人に襲われた過去も知っている。
さらに体格差もある、なおさら慎重になるべきだ。
今となっては気軽に抱き着いたり頬擦りしたり、ベタベタと触っていたことが信じられない。
最初の頃よりも、真紘を大切にしたいという気持ちが大きくなっている。
性欲と愛がパズルのように分解できればいいのに。
優しくしたい、抱きしめたい、笑わせたい、泣かせたい。
ドロリとした独占欲と、純粋に彼の幸せを願う気持ちはどうして同時に生まれるのだろうか。
「俺が真紘ちゃんを想う気持ちの半分でもいいから、俺の事好きになってくれないかなぁ……」
壁に寄りかかり弱音を吐いた重盛は、その日、真紘の部屋のドアを開けることができなかった。
重盛は師であるノエルに泣きついていた。
「先生、俺もうダメかもしれない……」
「一応聞いてあげますが、何故です?」
翌日の朝食の仕込みはシェフがとっくに終わらせており、重盛とノエルはキッチンの隅にある作業台をテーブルの代わりに使い、珈琲を飲んでいた。
「それは真紘ちゃんが可愛すぎてに決まってるじゃん」
「確かに真紘様は大変整ったお顔立ちでいらっしゃいます。魔法がなくとも、その美貌で国ごと手中に収めることも容易でしょう。ですが可愛らしいというより美しいと言った方が、彼を表す言葉として相応しいと思いますが?」
「まぁーじで、なんも分かってねえな。見た目もだけど、中身が可愛いんだっつーの! それに『ノエルさんっ!』って嬉しそうに駆け寄ってくる姿は可愛い以外にないっしょ」
「まあ……。そうですね。可愛い弟子としてですが」
「はあ? 当たり前じゃん、勘違いすんなよ」
尻尾で思いっきり脛を打たれたノエルは眉を顰めた。
「それで、重盛様は結局何を仰りたいのですか」
「だから可愛すぎて一緒にいると抱きしめる以上のことをしたくなりそうで、すっげー困ってる。めちゃくちゃ我慢してるのに、尻尾にキスしてきたり、とろんとした目でベッドまで運んでぇって甘えてきたりするっ! こっちの気も知らず、安心しきってるの何なの!」
重盛は言いたいだけ言って、わっとテーブルに伏した。
ノエルは長い前髪を掻き上げてため息をつく。
「貴方達は恋人同士なのでしょう? 珍しいとはいえ、異種族間同士の婚姻は認められていますし、問題ないのでは?」
「……ノエル先生何言ってんの? 俺達そんな関係じゃないけど」
お互い目を見開き固まる。
ちょぽん、ちょぽん、と蛇口から垂れる滴の音がキッチンに響いた。
掠れたような乾いた笑いがノエルから零れる。
「はっは、ここまできて冗談はやめてください。重盛様に対してルノ様やルーミ様があんなに嫉妬しているのをご存じないんですか? 毎回宥めるこちらの苦労も知らずに……。誰がどう見ても貴方と真紘様は恋人同士にしか見えませんよ」
「そうだったらいいけど、俺の一方的な片思いなんだよねぇ。真紘ちゃんは優しいから俺を甘やかしてくれてるだけ」
「本気ですか……」
「俺の気持ちは本気だけど? それともリアースには同性同士の恋愛は死罪とか宗教的な問題がある系?」
「ありませんよ。同性婚は珍しいことではありません。というか、貴方、真紘様の何を見てらっしゃるので?」
「頭のてっぺんから爪先までガン見してっけど? なんなら将来まで見てる。各地を旅して、見つけた海の見える小さな教会で二人だけの結婚式を挙げんのよ。今度こそ本物のヴェールをしてもらって、千年と言わず永遠の愛を誓うってわけ。新婚旅行はリアース一周。気に入った教会で違ったタイプのタキシード着てもらうのもありだな。真紘ちゃんに似合うのは寒色系だけど、俺の髪と同じゴールド系も良い。その隣で俺はシルバーのタキシード着る。金と銀でなんかめでたくね?」
目を閉じて夢見がちな妄想を語る重盛にノエルは愕然とした。
この男、チラチラとこちらを気にして寂しそうな顔をしているここ最近の真紘に全く気付いていない。
「はあ……。そこまで考えているのならば、さっさと想いを告げれば良いではないですか」
「もうアプローチしまくってんの! だけどいつも重盛は優しいなぁ、いいやつだなぁ、で終わるわけ。鋼の理性を持つ重盛君でも流石に限度があるからさ、触られれば俺も男だから……。分かるっしょ?」
「分かるっしょ、と言われましても。早く告げてしまえとしか言いようがありません」
「本気で迫って振られたらどうすんのよ! 俺のハッピーウエディング計画が!」
「そういうところだとご自分も理解されているのでしょう。貴方には真面目さが足りないのでは? 重盛様が本気だと気付けば、真紘様も覚悟なさると思います」
「なんの覚悟だよぉ。俺を振る覚悟? 一人で生きていく覚悟!?」
何故、恋人もいない自分が、当人以外には結果が丸わかりの恋愛相談に乗っているのだろうか。
ノエルは酒のようにコーヒーを一気に呷った。
「とにかく、忙しくさせているのは我々ですが、お二人のおかげでルノ様もかなり成長されました。タルハネイリッカから次の街へと旅立たれる前に、一度ゆっくり話し合ってみてはいかがでしょうか」
シンクにマグカップを突っ込むと、ノエルは一階の自室へと戻っていった。
「振られたら俺も真紘ちゃんが最も嫌な人間になっちゃうかもしれない。話し合うのが怖いよ」
ただでさえ恋愛事に後ろ向きな真紘だ。
かつて信頼を寄せていた友人に襲われた過去も知っている。
さらに体格差もある、なおさら慎重になるべきだ。
今となっては気軽に抱き着いたり頬擦りしたり、ベタベタと触っていたことが信じられない。
最初の頃よりも、真紘を大切にしたいという気持ちが大きくなっている。
性欲と愛がパズルのように分解できればいいのに。
優しくしたい、抱きしめたい、笑わせたい、泣かせたい。
ドロリとした独占欲と、純粋に彼の幸せを願う気持ちはどうして同時に生まれるのだろうか。
「俺が真紘ちゃんを想う気持ちの半分でもいいから、俺の事好きになってくれないかなぁ……」
壁に寄りかかり弱音を吐いた重盛は、その日、真紘の部屋のドアを開けることができなかった。
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