同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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魔眼の子

38.白装束の集団

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 誰かが死んだ――。

 予想だにしていない回答に言葉が詰まった。
 誰が、どうして、知っている人かもしれない、重盛を連れて行かない方がいいのではないか。
 告げられた言葉が上手く自分の中へと入ってこない。
 口の中が一瞬でカラカラになった。
 しかし、この場でじっとしていても始まらない。
 自分よりも重い重盛を半ば強引に立ち上がらせると、両手で頬を包み込んだ。
「君に無理をしてほしくない。いくら五感をコントロールできるようになったとはいえ、人より敏感なのには変わりないんだ。僕が一人で様子を見に行っても――」
 全てを言い終える前に人差し指がぴたっと口元に当てられた。
「もう大丈夫。ありがとう。さっきは予想してなかったから一気に感じ取っちゃっただけ。それに、言い方は悪いかもしれないけど、俺は母さんの葬儀も経験してる。唯一の身内の死を経験しているからこそ、これ以上取り乱すこともないと思う。それより真紘ちゃんは大丈夫?」
 どこまで強い人だ。
 それでいて少し寂しい。
 これまでも苦笑いを浮かべ、一人で悲しみを乗り越えてきたのだろうか。
 以前、会話の流れで彼の母親が亡くなっていると聞いていたが、自分が同じ経験をしたとして、重盛のように目の前の友人を気遣うことができたのだろうか。
 たった一年の差だが、彼には一生追い付けないような気がした。
 顔を支えていた手のひらを滑らせて人差し指で目尻をそっと擦る。
「泣いてないっつーの」
 重盛はふにゃり笑って垂れた目尻に皺を作った。
「僕も大丈夫と言いたいところだけど、ごめん。正直に言うとわからない。僕は祖父母も健在で、お葬式に参列したこともないから。でも、マルクスさんやノエルさんが困っているかもしれないなら力になりたいと思ってる」
「正直でいい子だねぇ。そうと決まれば行くしかないっしょ! しんどくなったら教えてよ、約束ね」
「うん! 僕が先を歩くからどっちに向かえばいいか教えてほしいな」
 少しでもにおいが軽減されればと思い、髪のリボンを解く。重盛が真紘の髪を結ぶ時に、いい匂いだとよく勝手に嗅いでいるからだ。
 真紘は解いたリボンをタイのようにして首に巻きなおし、重盛の手を引きながら、においの出どころである一階の使用人の部屋が並ぶ廊下へと走って向かった。


 奥の部屋から人の話し声が聞こえてきた。
 扉を開くと、スッと冷気が廊下へと流れた。
 八畳ほどの部屋に対して溢れんばかりの人いる。
 マルクス、彼の隣に寄り添う妻のイロナとその腕の中にいる赤子のリーリャ。さらにノエルに抱きかかえられている長女のルーミ、執事のジョエルだ。
 以前ノエルから写真を見せてもらっていたので間違いない。
 そして奥のベッドにはもう一人、四十代くらいの赤毛の女性が横たわっていた。
「誰だ、貴様ら」
 白装束の男が二人、女が一人。
 顔はフードで隠されている。
 その中の一番背の高い男が眼光鋭くこちらを睨んだ。
 代わりに答えたのはマルクスだ。
「彼らは私の客人です。これ以上の無礼は止してもらおう。いい加減、お帰り願いたい」
「いいや、その女の遺体を確認するまで帰れない。これは我々の使命だ」
 男はベッドを指さした。
 ベッドで眠る女性の頬や腕には真新しい切り傷があり、病気で亡くなったのではないと真紘は察した。

「お願い、ハンナを連れて行かないで!」
 ルーミは泣き出した。
「ならばせめてその乳母の目を確認させてもらえませんかねぇ、何度もお願いしているのですが」
 大袈裟なため息をつく白装束の男に重盛は話しかけた。
「全然状況が分かんないんだけど、お宅らも客人ってわけじゃなさそうだな。つか、こんな時は静かに見送ってやるのが礼儀ってもんじゃないの? リアースではこうやって見送るのが一般的なわけ?」
「貴様、まさか救世主か……。タルハネイリッカと繋がっているというのは真実だったようだな」
「ありゃ、お察しの通り。その呼び方照れくさいからあんまり好きじゃないんだけど。俺達もさ、できれば穏便に解決したいんだよねぇ」
 向けられている剣など物ともせず重盛は渦中へと足を踏み入れた。
 笑みを浮かべた表情に反して、尻尾や耳の毛が逆立って広がっている。彼が怒っているのは誰が見ても一目瞭然だった。
 真紘も続いて部屋に入った。
 脅したいわけではないが、相手が全員帯刀しているため、抑止力になればと王都で購入した杖を取り出した。
 杖の持ち手にはアレキサンドライトが埋め込まれている。これは飾りで、使う魔法の属性によって変色するだけのものだ。
 白装束の三人は怯んだが、取り繕うように引きつった笑みを浮かべて言った。
「杖なんて取り出して、そちらの女性も何か勘違いをされているようだ。こちらは乱暴な真似をするつもりはありませんよ。ところで、救世主様は我々をご存じで?」
「知らねえ」
「でしょうね。我々は王族から嫌われていますから、知らされていなくとも無理はない。では、説明して差し上げましょう」
 白装束の集団はI,m(アイム)。
 魔暴走をこの世界から撲滅するための独立した機関であり、魔力溜まりによって生まれた魔暴走を起こした生物や植物、そして人間をギルドや騎士団よりも早く殲滅するエキスパートだという。
「ここ数年は再発防止のための研究も進んでいるのですよ」
 白装束の言葉を受け、ノエルは吐き捨てるように言った。
「動物実験や人体実験のなにが研究だというのですかッ!」
「……それで、そのI,mが何故ここに?」と、真紘が首を傾げると白装束の男は口の端を吊り上げた。
「おやぁ? なんと、まさか男性でしたか! エルフが性別を凌駕した美しい姿をしているという噂は本当だったのですね。ご無礼をお許しください美しい人よ。まあ、簡単な事です。貴族など社会的地位を与えられた人間は王からを優遇されますね。すると魔暴走の兆しがあっても身内可愛さに事実を隠蔽することがあるのですよ。そんな時こそ、王に属さない機関である我々が公平に見極める必要があるでしょう」
 穏便そうな真紘に対して媚びるような口調に変わった男に苛立ったのか、重盛は小さく舌打ちをした。
 真紘は構わず話を進める。
「ですが、魔暴走はご存命の間にしか発生しないものだと、先生から習いました。貴方たちの出番はもうないのでは?」
「ですから、そこに横たわっている女性が魔暴走を起こしたのか確認だけでもしたいのです。別の人間が起こして、どこぞの貴族が匿っている可能性もありますからね……」
 魔力溜まりに罹る他にも、魔力量の高い人間が事故に遭ったり精神的に強いショックを受けたりした際にも、魔暴走と同じ兆しが出るらしい。
 真紘達がこの世界に召喚された時も一種の魔暴走であり、白い光の柱が空に現れた。
 動植物などの魔力量ではそこまでの規模にならないが、人間となると極稀に救世主ほどではないが、空に光の柱ができる。
 そして、その証として片目だけ赤く染まるのだという。
「とにかくこれ以上遺体を傷付けたくない。彼女は昨日、事故に遭って亡くなった。その際、最後の魔力を振り絞って子供を助けてくれたから光の柱が立ったのだ。何度も説明しているだろう!」
 マルクスが声を荒げた。彼がここまで取り乱す姿は初めてだった。
 立ち眩みのように崩れ落ちるイロナを重盛が支えたが、リーリャが途切れ途切れに泣き出した。
「はぁ……。ご理解いただけず残念です。そちらの獣人の救世主を相手にするなど阿呆のすることなのでね。か弱い我々では睨まれただけで身が竦みます。では、タルハネイリッカ公爵様、またいつか」
 白装束の男が告げると、三人はドアに向かっていった。
 緊張から解き放たれ、タルハネイリッカ家が気を緩めた瞬間、白装束の女がベッドの遺体に飛びつき、無理矢理遺体の瞳を開いた。
 イロナの叫び声と同時に、ノエルはルーミの視界を塞ぐように彼女の頭を抱き込んだ。
 真紘は見てしまった。
 遺体の瞳は両目とも灰色だった。
 
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