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新生活
26.二人暮らし
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神木の調査書類の提出に、魔石の魔力補充依頼で旅の準備金を稼ぐことができた。想定外だったのは城の魔石が足りなくなるほど魔力を補充したため、結局、十年以上遊んでくらせる額になってしまったことだ。
手にしたことのない額に眩暈がしそうになったが、重盛はレヴィが個人的にくれたポチ袋に入ったお小遣いを時折財布から取り出しては嬉しそうに眺めていたので、自分も大事なことは忘れないで済みそうだと安心できた。
こんな良い天気の日にすることではないな、と家計簿を閉じる。
真紘は揺れる尻尾を目で追いながら、うつらうつらと微睡みに溶けていった。
真紘と重盛は王都の中心部に部屋を借りて、そこを拠点に活動することにした。
バラバラに住んでも良かったのだが、王城での度重なる寝落ちを責められ、真紘は頷くしかなかった。
リアースで暮らし始めて約一ヶ月、寝落ちして重盛にベッドに運ばれること十数回。中々のハイペースだ。
実家ではリビングで寝落ちしても月に一、二回程度だったが、膨大な魔力を抑えて励む魔法の訓練は体よりも精神が疲弊する。そんな状態にも関わらず、重盛は夜な夜な真紘の部屋へとやってくるのだ。床で寝る友人を放っておけるほど、彼は薄情な男ではない。それを知っているからこそ、心配は無用だと突き放すことはできなかった。
どこで寝落ちしてもベッドまで運ばれて、寝支度まで世話してもらえる上に、料理もしてもらえる。
真紘は自分にしかメリットがないが、重盛にとってもメリットがあるのかと問えば、異世界でいきなり一人暮らしは不安だと云う。
その気持ちは理解できなくもない。自分は一度も実家から出たことがないし、料理も学校の調理実習で作ったことがある程度の腕前だ。暮らしてみて初めて知る苦悩もあるだろう。
だが、真紘とて王城でやみくもに魔法の練習をしていたわけではない。
部屋を一瞬で綺麗にする生活魔法は様々なことに応用できたし、ノエルによる“リアース暮らしの収支講座”も真面目に受けた。講座中に隣で寝ていた重盛よりはリアースの常識やお金事情に詳しくなったはずだ。
大変なことや苦手なことは二人で取り組み、得意なことは分担すればいい。
最終的には、重盛の担当は食事と寝落ちする真紘の介護、真紘は掃除と金銭管理を担当するということでまとまった。
家には最低限のものしかない。
リビングと洋室二部屋、風呂トイレ別、五階建ての最上階角部屋。
この世界にエレベーターは存在しないため、毎日階段だ。
ベッドを購入したのは真紘だけで、重盛は布団で寝るといってペラペラの布団セットしか買わなかった。
案の定、三日に一度は背中が痛いと言ってベッドに潜り込んでくる。始めこそ、それならベッドを買えと攻防を繰り広げていたが、尻尾という抱き枕の誘惑に負け、今では自然と受け入れてしまっている。何より人肌の温もりは二人に安心感を与えた。
旅に必要な荷物は真紘が作った白いポケット型のマジックバッグに収納している。
地球で有名な某ロボットに着想を得たものだ。
これは購入どころか、この世界に存在していない、真紘だけの特注品だ。
重盛がどうしても旅先でも美味い飯を食いたいから食材のストッカーが欲しいと強請ったので作った。
取り外し可能で、装着と使用は真紘と重盛のみ可能。
欲しいものをイメージしながらポケットに手を突っ込めば簡単に取り出せる。
難点を挙げるならば、ジャケットの裏側に張り付けても分からないほど薄いため、そのまま洗濯してしまうことがある。
さらに、生きているものは真紘の想像の域を超えてしまうため入れられない。記憶の中の状態のまま収納しているので、ポケットの中では時間が止まってしまうからだ。
乾いた服を取り込み、リビングで畳んでいると、窓から風がサッと流れ込んできた。
真紘の銀色は夕日を吸い込んで煌めく。
魔法で洗って乾かすことは容易いが、太陽の光を吸い込んだ布は格別なものだ。白いYシャツに顔を近づけスンと鼻を鳴らした。
この世界に来てからというもの、何かと忙しない日々が続いていたため、家から一歩も出ず、何もしない日は初めてだった。
特に理由はないが、なんとなく自分の新しい城を堪能してみたくなったのだ。
目まぐるしい日々と同じ二十四時間とは思えない、穏やかな時間が流れていた。
暫くぼーっとしていると、カーテンが逆後方に揺らぎ始めた。
帰って来た重盛が玄関のドアを開けたようだ。
「ただいま! 今日もノエルさんの補習厳しかった~。マンツーマンだと寝てる暇がねぇわ。あと帰る前に王城で久しぶりにおっさんに会ってさ、これ貰った!」
山盛りの林檎が入った紙袋を抱えた重盛は機嫌が良さそうに尻尾を振っている。
「おかえり。補習まで寝てたら意味ないじゃない。どうして君は出来るのにすぐそうやってサボるんだろう?」
「買い被りすぎ、照れる」
「褒めてない褒めてない。照れてないで反省して。ノエルさんだって忙しい中、時間を作ってくださってるんだからね」
「へいへい、任せろオッケー」
重盛は紙袋をダイニングテーブルに置き、鼻歌混じりに手を洗った。
本当に改める気があるのだろうか。
真紘はやれやれと呟きながら林檎を一つ手に取った。
「美味しそうな林檎だね。半分だけジャムにして保存用にしよう。それにしてもマルクスさんもお子さんが産まれてもう一ヶ月かぁ。お祝いどうする? この世界もベビー用品の専門店ってあるのかな?」
「それ! まだまだ王都回り切れてないし、探したらあるかもなぁ。明日、また新しい店開拓してみねぇ? 公園の向こうに美味いスコーンの店があるって麻耶姉さんから聞いた。あの人、街に出るようになってからすっごい勢いで食レポ書いてるぜ」
麻耶はライターを目指すと張り切っていたが、販売が目的ではなく、王都の人々が気軽に手に取れるタウン誌のようなものを目指しているのだろうか。
「麻耶さんのオススメのお店なら間違いないね。楽しみだ」
真紘は微笑み、受け取った林檎をパントリーの果物かごに入れた。
手にしたことのない額に眩暈がしそうになったが、重盛はレヴィが個人的にくれたポチ袋に入ったお小遣いを時折財布から取り出しては嬉しそうに眺めていたので、自分も大事なことは忘れないで済みそうだと安心できた。
こんな良い天気の日にすることではないな、と家計簿を閉じる。
真紘は揺れる尻尾を目で追いながら、うつらうつらと微睡みに溶けていった。
真紘と重盛は王都の中心部に部屋を借りて、そこを拠点に活動することにした。
バラバラに住んでも良かったのだが、王城での度重なる寝落ちを責められ、真紘は頷くしかなかった。
リアースで暮らし始めて約一ヶ月、寝落ちして重盛にベッドに運ばれること十数回。中々のハイペースだ。
実家ではリビングで寝落ちしても月に一、二回程度だったが、膨大な魔力を抑えて励む魔法の訓練は体よりも精神が疲弊する。そんな状態にも関わらず、重盛は夜な夜な真紘の部屋へとやってくるのだ。床で寝る友人を放っておけるほど、彼は薄情な男ではない。それを知っているからこそ、心配は無用だと突き放すことはできなかった。
どこで寝落ちしてもベッドまで運ばれて、寝支度まで世話してもらえる上に、料理もしてもらえる。
真紘は自分にしかメリットがないが、重盛にとってもメリットがあるのかと問えば、異世界でいきなり一人暮らしは不安だと云う。
その気持ちは理解できなくもない。自分は一度も実家から出たことがないし、料理も学校の調理実習で作ったことがある程度の腕前だ。暮らしてみて初めて知る苦悩もあるだろう。
だが、真紘とて王城でやみくもに魔法の練習をしていたわけではない。
部屋を一瞬で綺麗にする生活魔法は様々なことに応用できたし、ノエルによる“リアース暮らしの収支講座”も真面目に受けた。講座中に隣で寝ていた重盛よりはリアースの常識やお金事情に詳しくなったはずだ。
大変なことや苦手なことは二人で取り組み、得意なことは分担すればいい。
最終的には、重盛の担当は食事と寝落ちする真紘の介護、真紘は掃除と金銭管理を担当するということでまとまった。
家には最低限のものしかない。
リビングと洋室二部屋、風呂トイレ別、五階建ての最上階角部屋。
この世界にエレベーターは存在しないため、毎日階段だ。
ベッドを購入したのは真紘だけで、重盛は布団で寝るといってペラペラの布団セットしか買わなかった。
案の定、三日に一度は背中が痛いと言ってベッドに潜り込んでくる。始めこそ、それならベッドを買えと攻防を繰り広げていたが、尻尾という抱き枕の誘惑に負け、今では自然と受け入れてしまっている。何より人肌の温もりは二人に安心感を与えた。
旅に必要な荷物は真紘が作った白いポケット型のマジックバッグに収納している。
地球で有名な某ロボットに着想を得たものだ。
これは購入どころか、この世界に存在していない、真紘だけの特注品だ。
重盛がどうしても旅先でも美味い飯を食いたいから食材のストッカーが欲しいと強請ったので作った。
取り外し可能で、装着と使用は真紘と重盛のみ可能。
欲しいものをイメージしながらポケットに手を突っ込めば簡単に取り出せる。
難点を挙げるならば、ジャケットの裏側に張り付けても分からないほど薄いため、そのまま洗濯してしまうことがある。
さらに、生きているものは真紘の想像の域を超えてしまうため入れられない。記憶の中の状態のまま収納しているので、ポケットの中では時間が止まってしまうからだ。
乾いた服を取り込み、リビングで畳んでいると、窓から風がサッと流れ込んできた。
真紘の銀色は夕日を吸い込んで煌めく。
魔法で洗って乾かすことは容易いが、太陽の光を吸い込んだ布は格別なものだ。白いYシャツに顔を近づけスンと鼻を鳴らした。
この世界に来てからというもの、何かと忙しない日々が続いていたため、家から一歩も出ず、何もしない日は初めてだった。
特に理由はないが、なんとなく自分の新しい城を堪能してみたくなったのだ。
目まぐるしい日々と同じ二十四時間とは思えない、穏やかな時間が流れていた。
暫くぼーっとしていると、カーテンが逆後方に揺らぎ始めた。
帰って来た重盛が玄関のドアを開けたようだ。
「ただいま! 今日もノエルさんの補習厳しかった~。マンツーマンだと寝てる暇がねぇわ。あと帰る前に王城で久しぶりにおっさんに会ってさ、これ貰った!」
山盛りの林檎が入った紙袋を抱えた重盛は機嫌が良さそうに尻尾を振っている。
「おかえり。補習まで寝てたら意味ないじゃない。どうして君は出来るのにすぐそうやってサボるんだろう?」
「買い被りすぎ、照れる」
「褒めてない褒めてない。照れてないで反省して。ノエルさんだって忙しい中、時間を作ってくださってるんだからね」
「へいへい、任せろオッケー」
重盛は紙袋をダイニングテーブルに置き、鼻歌混じりに手を洗った。
本当に改める気があるのだろうか。
真紘はやれやれと呟きながら林檎を一つ手に取った。
「美味しそうな林檎だね。半分だけジャムにして保存用にしよう。それにしてもマルクスさんもお子さんが産まれてもう一ヶ月かぁ。お祝いどうする? この世界もベビー用品の専門店ってあるのかな?」
「それ! まだまだ王都回り切れてないし、探したらあるかもなぁ。明日、また新しい店開拓してみねぇ? 公園の向こうに美味いスコーンの店があるって麻耶姉さんから聞いた。あの人、街に出るようになってからすっごい勢いで食レポ書いてるぜ」
麻耶はライターを目指すと張り切っていたが、販売が目的ではなく、王都の人々が気軽に手に取れるタウン誌のようなものを目指しているのだろうか。
「麻耶さんのオススメのお店なら間違いないね。楽しみだ」
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