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余生の始まり

15.三日目

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 異世界生活三日目。
 真紘は今日もクローゼットから無難な服を借りた。
 白いシャツにチェックのショール、紺のスラックス。髪を束ねて姿見の前でくるりと回ると、リボンは昨日と同じく望み通り、夜空のような美しい紺色に変わった。
 ほぼ昨日と変わらない格好だが、清潔感があれば良い。身支度を済ませたタイミングで、扉がガチャリと音を立てた。
「えーん、開けてよ~!」
 重盛がまた突撃してくると踏んで、鍵は閉めたままにしていた。
 扉を開けると案の定、彼は下手な泣き真似をしていた。
 真紘はため息をつきながら彼を部屋に招き入れた。
 朝食は部屋に二人分運んでもらい、二日連続でフルコースを平らげた。昨日と違うのは真紘の胃袋が丈夫になったことだ。

 滞りなく一日の準備が終わり、いよいよ神木の元に向かうことになった。
 迎えが来るとは聞いていたが、まさか王が自ら来るとは思わず、真紘は部屋のドアを開き固まった。
「アテナ様……! お、おはようございます。本日もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。やあねぇ、貴方たちは私の臣下ではなく、国賓なのよ? もっと楽にお話ししてちょうだい。私のことは近所のおばあちゃんだと思って接してほしいわ」
 カラカラと笑うアテナだが、それは難しい話であった。真紘は曖昧に笑って誤魔化したが、重盛は「マジすか? じゃあアテナばあちゃんって呼んでもいい?」と怖いもの知らずな質問をした。
 二人の間で良くても、何も知らない臣下が聞いたらどう思うだろうか。二人の会話に内心ハラハラしていると、それすらも読んでいたかのように重盛は悪戯な笑みを向けてきた。
「別の事でハラハラソワソワしてるくらいが丁度良いよねぇ?」
「むっ、そうかもしれないけど……」
 重盛には、朝起きてからずっと魔力補填が上手くいかなかったらどうしようと焦っていたのもお見通しだったようだ。
 アテナは孫を見守る祖母のように朗らかに頷いていた。
「貴方たちは本当に良いコンビね。私は過去三回の救世主様方にお会いしているけれど、初めからこんなに楽しそうなのは二人が初めてよ?」
「知り合い同士で召喚されることはなかったのですか?」
 今回の救世主は皆、日本人だと宰相や臣下達から聞いていた。
 配られた資料にも、大体百年の周期で召喚される救世主は皆同じ国家の人々だった。
 マルクスの先祖である救世主はフィンランド出身で、その代の救世主は全員フィンランドから召喚されていたはずだ。
「あったわよ。それも元々近い地域に住んでいる方々がほとんどだったわ。でも、慣れない環境に身体の変化……。皆さん最初は怯えて過ごすか、苛々しているかのどちらかだったの。こんなに魔力補填への動き出しが早いのも初めてなのよ。今回は召喚が遅れ気味だったから助かっているわ、あまり遅いと数十年後の環境や治安が悪くなってしまうから」
「へぇ~。そうなんすね。数百年前だとゲームや映画も今ほど発展してないし、魔法が使える世界ってのも中々イメージできなくて適応できなかったんだろうなぁ。ばあちゃん、次の百年後はもっと説明が楽になってるかもよ」
「あら、そうなのね! 地球の成長速度は凄いわぁ。私ね、実は新しい技術や、食べたことのない料理を知れるのが楽しみなの。レヴィ達にはもうお話ししたかっもしれないけど、時間があったら私にも地球のことを色々教えてちょうだい?」
「勿論っすよ! 重盛スペシャルを作って献上しまっす。はあ、この世界にも和食がもっと広まるといいんだけどなぁ」
「何かしら、楽しみだわぁ! 長生きはしてみるものねぇ」
 会話のテンポの速さに真紘はたじろいだ。
 人見知りというわけではないが、のめり込んでいる趣味もなければインドアな性格故、引き出しが圧倒的に足りない。この世界で何か面白いと思えることに出会うには、二人のように何事にも興味を示す姿勢が大事なのだろう。
 途切れることのない会話を聞きながら城の下へと下り、真紘の向上心は上へ上へと高まっていった。
 隠し扉を通りトラップを避け、三人はついに城中とは思えぬほど薄暗い地下通路にたどり着いた。
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