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余生の始まり
8.真紘の弱点
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和やかな雰囲気のまま、謁見は無事終了した。
残りの三人の到着は夜になると連絡が入ったようで、魔力補填についての説明は明日、全員揃ってから行われることになった。
真紘と重盛は自宅へと帰るマルクスを見送ると、客室へと案内された。
自室の十倍以上も広い部屋にキングサイズの天蓋付きベッドがポツンと置かれている。
壁や床、インテリアも白と青で統一されており、部屋全体がアートのようだ。
部屋のものは自由に使って良いと言われているが、物色する気分になれず、目についた本棚から歴史書を数冊だけ手に取った。
地球との唯一の繋がりともいえる学ランは手放したくはないが、学生でもなくなった今、ずっとこのままというわけにもいかない。
本を読んだ後、クローゼットから服を数着選んでベッドに広げる。
中々決められず、唸っている間にドアがノックされた。
「まーひーろーちゃん、あーそーぼー」
「お帰りくださーい」
「入れてよ~! だだっ広い部屋に一人とか寂しい!」
「おや? もう二十時だ、おやすみ」
「だッ! いけず!」
服に視線を戻すが、ドアのノックが段々とリズミカルになってきた。いくら広い部屋といってもコンコン、コンコン何度も叩かれては周囲の部屋に迷惑ではないかと不安になってくる。
根気負けした真紘はドアを開けた。
狐のように目を三日月にしてにっこりと笑う重盛は既に入浴を済ませたのか、紺色のバスローブ姿だった。
悪びれもなく、するりと部屋に入ってくる彼を怒る気力はない。
異世界に来てから十二時間程立ったが、地球では学校から帰宅したばかりの夕方だったのだ。時差ぼけのような状態になっている。
元より真紘は夜更かしをするタイプではないため、とても眠かった。
「重盛はもうお風呂に入ったの?」
「うん、言ったっしょ? 俺ちゃんと夜も朝もお風呂入んの」
「あーうん、えらいね。僕も先に入っちゃえば良かった。本読んだり明日の服を選んだりしてた」
ベッドに散らばる洋服を指さすと重盛はきょとんとしていた。
普段の真紘からは想像もできない大雑把さだと思ったに違いない。
慎重ではあるが、神経質ではないのだ。
昔から豪胆な姉に連れ回されていた真紘は、眠気とストレスが限界に達すると、服が破けていようが顔に泥がついていようが、どんな状況でも気にならないようになってしまった。
常時品行方正ではいられなし、睡魔にも勝てない。
寝巻姿の重盛を見たらさらに体が睡眠モードに入ってしまった。
視覚情報につられるなんて我ながら単純だと自嘲した。
「もしかしてマジでお眠系?」
「うん」
「あらぁ、素直。本当に眠そうだねぇ。服は俺が選んで残りは片付けておくから、真紘ちゃんはシャワー浴びて寝る準備してきなよ」
「うん」
真紘が手ぶらで風呂場に向かうと、重盛はバスローブとクローゼットに入っていた新品の下着を持って追いかけてきた。
「誰の?」
「お前のに決まってるだろい」
重盛は深いため息をついて真紘の腕を掴み、洗面所へと連行した。そして着替えから歯ブラシの位置までテキパキと説明を終えると、忍者のように姿を消した。
真紘はぼんやり聞いていた指示をポツリとポツリと呟きながらこなしていく。
大人になった姉は公園からショッピングモールへと舞台を移し、真紘の使命も冒険のお供から荷物持ちへと変わった。買い物に付き合った日は大体リビングのソファで寝落ちしていたが、今はそうはいかない。
シャワーを終えて、バスローブを羽織る。
一応口に歯ブラシも突っ込む。清涼感のある歯磨き粉を期待していたが、ラベンダーのような甘い香りがした。
「睡眠導入剤じゃないか……罠だ……」
ミントの歯磨き粉を自作できないかと考えていると、扉の向こう側から自分を呼ぶ声がした。ゾンビのように首を垂らしたままなんとかベッドまで歩いていく。
重盛は長椅子に寝ころびながら本棚にあった料理雑誌を読んでいたようだ。
「おっ、無事に帰還したか。ドライヤー見当たらなかったけど、髪乾く? 俺まだ半乾き」
「んん……やむなし」
召喚された教会以来、魔法は使っていないが、できるかどうか考えるほど頭が回らない。真紘はドライヤーをイメージして頭の上に手を翳した。
一般的なドライヤーは約百度から百二十度だったような。
とろけた意識の中、風を巻き起こすと、ふわりと舞い上がった髪はサラサラと戻の場所に納まり、魔法は無事に成功した。
キラキラとした光の粒のようなものが真紘の艶やかな髪から零れていく。
「魔法だ、すげぇ……」
ステータスを偽造する以外の魔法を初めて見た重盛はポカンと口を開けていた。
勝手に城中で魔法を使ってしまった。
魔法の使用に免許が必要だったらどうしよう。
アテナには本当の魔力量がバレていたようだが、ステータス偽造のお咎めはなかった。むしろ素晴らしいものだと褒めてくれた。
城中の騎士は、国賓として丁重に迎え入れてくれたし、シェフは異世界で初めての食事だからとメニューを丁寧に説明してくれた。何より初めて出会った異世界人であるマルクスは父親のような安心感を与えてくれた。
異世界で関わった人々の温かさを思い返し、真紘は感謝の念でいっぱいになった。
「あまり迷惑はかけたくないな……」
「何の話? 俺に?」
「みんな良い人で良かったね……」
「あ、そっちね、そうね。てか、尻尾乾かしてくれると助かるんだけど。魔力はあっても俺の場合、全部物理的なパワーに変換されちゃうっぽいんだよ。私の握力は五十三万です的な、わははッ! ……ねえ、聞いてる? おーい、真紘さーん」
真紘は目を閉じながら頷いた。
ベッドにダイブして隣に来いと布団を叩く。
重盛が近くに来た気配を感じ取り、手探りで尻尾を探り当てると、辛うじて残っている気力を振り絞って彼の全身を乾かした。
重盛はそのまま掛布団の上で寝息を立て始めた真紘を抱きかかえ、きちんと布団に寝かせた。
「ありがとね。今日も」
内緒話のような囁きは部屋の灯りと共に夜に溶けていった。
残りの三人の到着は夜になると連絡が入ったようで、魔力補填についての説明は明日、全員揃ってから行われることになった。
真紘と重盛は自宅へと帰るマルクスを見送ると、客室へと案内された。
自室の十倍以上も広い部屋にキングサイズの天蓋付きベッドがポツンと置かれている。
壁や床、インテリアも白と青で統一されており、部屋全体がアートのようだ。
部屋のものは自由に使って良いと言われているが、物色する気分になれず、目についた本棚から歴史書を数冊だけ手に取った。
地球との唯一の繋がりともいえる学ランは手放したくはないが、学生でもなくなった今、ずっとこのままというわけにもいかない。
本を読んだ後、クローゼットから服を数着選んでベッドに広げる。
中々決められず、唸っている間にドアがノックされた。
「まーひーろーちゃん、あーそーぼー」
「お帰りくださーい」
「入れてよ~! だだっ広い部屋に一人とか寂しい!」
「おや? もう二十時だ、おやすみ」
「だッ! いけず!」
服に視線を戻すが、ドアのノックが段々とリズミカルになってきた。いくら広い部屋といってもコンコン、コンコン何度も叩かれては周囲の部屋に迷惑ではないかと不安になってくる。
根気負けした真紘はドアを開けた。
狐のように目を三日月にしてにっこりと笑う重盛は既に入浴を済ませたのか、紺色のバスローブ姿だった。
悪びれもなく、するりと部屋に入ってくる彼を怒る気力はない。
異世界に来てから十二時間程立ったが、地球では学校から帰宅したばかりの夕方だったのだ。時差ぼけのような状態になっている。
元より真紘は夜更かしをするタイプではないため、とても眠かった。
「重盛はもうお風呂に入ったの?」
「うん、言ったっしょ? 俺ちゃんと夜も朝もお風呂入んの」
「あーうん、えらいね。僕も先に入っちゃえば良かった。本読んだり明日の服を選んだりしてた」
ベッドに散らばる洋服を指さすと重盛はきょとんとしていた。
普段の真紘からは想像もできない大雑把さだと思ったに違いない。
慎重ではあるが、神経質ではないのだ。
昔から豪胆な姉に連れ回されていた真紘は、眠気とストレスが限界に達すると、服が破けていようが顔に泥がついていようが、どんな状況でも気にならないようになってしまった。
常時品行方正ではいられなし、睡魔にも勝てない。
寝巻姿の重盛を見たらさらに体が睡眠モードに入ってしまった。
視覚情報につられるなんて我ながら単純だと自嘲した。
「もしかしてマジでお眠系?」
「うん」
「あらぁ、素直。本当に眠そうだねぇ。服は俺が選んで残りは片付けておくから、真紘ちゃんはシャワー浴びて寝る準備してきなよ」
「うん」
真紘が手ぶらで風呂場に向かうと、重盛はバスローブとクローゼットに入っていた新品の下着を持って追いかけてきた。
「誰の?」
「お前のに決まってるだろい」
重盛は深いため息をついて真紘の腕を掴み、洗面所へと連行した。そして着替えから歯ブラシの位置までテキパキと説明を終えると、忍者のように姿を消した。
真紘はぼんやり聞いていた指示をポツリとポツリと呟きながらこなしていく。
大人になった姉は公園からショッピングモールへと舞台を移し、真紘の使命も冒険のお供から荷物持ちへと変わった。買い物に付き合った日は大体リビングのソファで寝落ちしていたが、今はそうはいかない。
シャワーを終えて、バスローブを羽織る。
一応口に歯ブラシも突っ込む。清涼感のある歯磨き粉を期待していたが、ラベンダーのような甘い香りがした。
「睡眠導入剤じゃないか……罠だ……」
ミントの歯磨き粉を自作できないかと考えていると、扉の向こう側から自分を呼ぶ声がした。ゾンビのように首を垂らしたままなんとかベッドまで歩いていく。
重盛は長椅子に寝ころびながら本棚にあった料理雑誌を読んでいたようだ。
「おっ、無事に帰還したか。ドライヤー見当たらなかったけど、髪乾く? 俺まだ半乾き」
「んん……やむなし」
召喚された教会以来、魔法は使っていないが、できるかどうか考えるほど頭が回らない。真紘はドライヤーをイメージして頭の上に手を翳した。
一般的なドライヤーは約百度から百二十度だったような。
とろけた意識の中、風を巻き起こすと、ふわりと舞い上がった髪はサラサラと戻の場所に納まり、魔法は無事に成功した。
キラキラとした光の粒のようなものが真紘の艶やかな髪から零れていく。
「魔法だ、すげぇ……」
ステータスを偽造する以外の魔法を初めて見た重盛はポカンと口を開けていた。
勝手に城中で魔法を使ってしまった。
魔法の使用に免許が必要だったらどうしよう。
アテナには本当の魔力量がバレていたようだが、ステータス偽造のお咎めはなかった。むしろ素晴らしいものだと褒めてくれた。
城中の騎士は、国賓として丁重に迎え入れてくれたし、シェフは異世界で初めての食事だからとメニューを丁寧に説明してくれた。何より初めて出会った異世界人であるマルクスは父親のような安心感を与えてくれた。
異世界で関わった人々の温かさを思い返し、真紘は感謝の念でいっぱいになった。
「あまり迷惑はかけたくないな……」
「何の話? 俺に?」
「みんな良い人で良かったね……」
「あ、そっちね、そうね。てか、尻尾乾かしてくれると助かるんだけど。魔力はあっても俺の場合、全部物理的なパワーに変換されちゃうっぽいんだよ。私の握力は五十三万です的な、わははッ! ……ねえ、聞いてる? おーい、真紘さーん」
真紘は目を閉じながら頷いた。
ベッドにダイブして隣に来いと布団を叩く。
重盛が近くに来た気配を感じ取り、手探りで尻尾を探り当てると、辛うじて残っている気力を振り絞って彼の全身を乾かした。
重盛はそのまま掛布団の上で寝息を立て始めた真紘を抱きかかえ、きちんと布団に寝かせた。
「ありがとね。今日も」
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