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余生の始まり

7.王様

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 いよいよ謁見、真紘は失礼のないようにと襟を正した。
 重厚感のある扉にマルクスが手を翳すと緩やかに扉が開いていった。一定量の魔力がないと開けない特別な扉なのだという。
 扉の向こうには騎士らしき人達、その最奥で柔和な笑みを浮かべているのが王のようだ。
「お婆ちゃんだとは思ってなかったな」
 重盛からの耳打ちに真紘は小さく頷いた。
 馬車の中でマルクスは、王は懐が深くとても強い人で自分の憧れだと語っていた。
 隆々とした筋肉が服の上からでもわかるほどの男性が憧れているのが、淑やかな女王様だとは予想できなかった。
 礼儀作法はマルクスを真似れば良いと説明されていたので、彼に倣いぎこちなく頭を下げて片膝をついた。
 女王は立ち上がり、マルクスに労いの言葉を掛けた。
 マルクスは母親に褒められた少年のように誇らしげだ。
 続いて真紘と重盛が紹介された。
 二人がステータスを開くと、広間はざわめいた。偽造がバレたのかと内心冷っとしたが、圧倒的な力を前にした畏怖と称賛であった。
「志水真紘様、九条院重盛様。よく御出でくださいました。私はこの国の王、そうね、アテナと気軽に呼んでほしいわ。私達の世界の都合で人生を大きく変えてしまったこと、本当にごめんなさいね。せめて不自由のないように、できる限りのことはさせてほしいの」
 アテナがグレイヘアの頭を下げると、灰がかった三角の耳も折れた。
 彼女も重盛と同じく獣人であった。
 真紘は彼女の容姿や年齢ではなく、現状に酷く困惑した。
 地球でいえば首相官邸に呼び出されて、君には力があるから日本の気候変動をどうにかしてくれと頭を下げられているようなものだ。
 この膨大な魔力量は自分の意志で得たものではないし、魔法が使えるようになったからと言って、心持まで大きくなるわけではない。
 真紘はたじたじになりながらも、ありのままを伝えた。
「ありがとうござます。この世界に来て戸惑うこともありましたが、ここまでの道中、マルクスさんにはとても良くしていただきました。お力になれるように頑張ります」
「俺もです。神木の件が終わったら旅にでるつもりなので、城で贅沢三昧とかは考えてません。あー、でも魔力補填で働いた分のお給料がでたら嬉しいかも、なんつって」
 王様を前にして給料の交渉を始める重盛と、それに慌てふためく真紘を見てアテナは微笑んだ。
「そうよね、生きていく上で大事なことだわ。お金のことは心配しないで。むしろ使い切れるか心配してた方がいいかも。そのあたりは全員そろったら説明するわ。うふふ、私の耳も気になる? 獣人はこの世界でも中々珍しいものね。私は猫の獣人なのよ。夫と子供達は人族で既に他界してね……。もうのんびり隠居したいのだけど、そこにいる人たちが許してくれないのよ」
 臣下達は気まずそうな顔をしながら視線を彷徨わせている。
 軽やかなウインクを飛ばすアテナだが、家族を亡くし、沢山の悲しみを抱えて生きてきた人だ。目もとの笑い皺に彼女の強さを垣間見た気がして、真紘は少しだけ切なくなった。
「あの~獣人は他の種族よりも寿命が長いんですか」
 重盛の質問にアテナは良くも悪くもそうだと答えた。
 この世界には人族以外にも多くの種族がいる。
 言語はほとんど同じだが、種族が異なれば暮らし方もまた違う。
 王都は様々な人種がいるが、小さな町や村は種族ごとにまとまって暮らしていることが多い。異種間では子供を授かりにくいため、大体は同族間で結婚するのだという。
 しかし、アテナは人間の王様、つまり亡き夫と恋愛結婚した。
 王族でも恋愛結婚できるなんて、貴族社会の世界でもかなり自由なのかと思いきやそうではない。
 数々のドラマがあったとアテナは簡単に言ってのけたが、平たく言えば結婚反対派を彼女の圧倒的な戦績と武力で納得させたのだという。
 マルクスが憧れるほどの強さは、言葉の通り本当に強かったのだ。
 寿命が長いと聞いて喜ぶとばかり思っていた重盛は「そうか」とだけ呟いた。
「でも重盛様と私はちょっと違うの。魔力量のこともそうだけど、あなたは獣人というより神獣の部類ね。私より寿命が長いはずよ。自分は関係ないと思っていそうな可愛らしい彼と同じくらいかしら」
「僕もですか? エルフも長命なのですね。あれ? 狐の神獣ってことは九尾……? 重盛の尻尾、増えていくの?」
「どうだろ? ははっ、喜んでるねぇ」
 目を輝かせる真紘側に尻尾を振り、重盛は満足そうに頷いた。
「狐の獣人なのは間違いないわね。それから、お二人は時の神の加護が歴代の救世主より強いように見えるわ。どちらもこの先の人生は長いはず。少し早いかもしれないけど、助け合いの心を忘れずにね」
 遺言めいたアテナの言葉に周囲はざわついた。
「うふふ、馬鹿な子たちねぇ。私はまだまだ生きるわよ。ここにいる全員を看取るつもりでいるから安心なさいな」
「アテナ様……!」
 マルクスの困り眉を見て、アテナはケラケラと笑った。
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