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余生の始まり

5.覚えてる?

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 扉が三回ノックされたが、依然として馬車は走り続けている。タルハネイリッカ領を出発する前にマルクスが王都に着いたら合図をすると言っていたが、これがその知らせのようだ。
 小窓から見える建物は洋風で、五階建てほどの古風なマンションが隙間なく並んでいる。窓辺に置いてある鉢植えが彩り豊かで美しい。
 真紘はまるで絵本の中にいる気分になった。
「どこの国の建物かな」
 外を観察するのも少し飽きてきた。ひとり言を零すと、寝ていたはずの重盛が「リアースオリジナルの建物かもよ」と答えた。
「起きたの? いい加減、僕の右肩が外れそうなんだけど」
「ごめーん。じゃ、今度は左側に座る」
 小生意気にもふわふわとした尻尾で真紘の頬を擽る。真紘が尻尾に弱いことを見越しての行動に腹が立ったが、苛立ちの原因は誘惑に弱い自分に対してもだ。
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはよく言ったもの。負けじとふわふわを振り回していると馬車が止まった。
 真紘が中腰になって小窓を覗き込むと、そこには一面の真珠色の城壁が広がっていた。城の入口まできたらしい。今は入城の申請中といったところか。
 もう一度座り直すと馬車はカタカタとまた緩やかに音を奏で始めた。
「ねえねえ、真紘ちゃん。あとの三人も知り合いだと思う?」
「どうだろう、変な人はもう十分だよ」
「ちょいちょい、誰が変な人だって?」
「誰かな」
「てかぁ、もし三人の中に知り合いがいたり、可愛いモフモフの子がいたりしても、すぐにお役御免は駄・目・よ? アタシのこと捨てたら化けて出てやるんだからッ!」
 重盛はおいおいと泣くふりをした。冗談なのはわかるが、やはり異世界で知り合いがいないという状況にストレスを感じているのだろうか。
 学校で見かける彼はよく笑っていたように思う。進学校の生徒にしては珍しく制服を着崩し、よく生徒指導の先生から呼び出されているような、良くない噂の友人達といた。クラスは違っても、真紘とはまた違う目立ち方をしていた。
 関わることはないだろうと思っていたが、二年生になったある日の図書室での出来事をきっかけに重盛に対する印象は変化した。
 数冊の本を片手で抱え、もう片方の手で文庫本を開きながら貸出カウンターに向かう途中、真紘は重盛とぶつかった。
 完全に真紘の前方不注意で、むしろ本を彼の胸に突き刺したと言った方が適切かもしれない。本は音を立てて床に散らばった。シーンと静まり返った図書室には真紘の名を囁く低い声だけが残った。
 沈黙を破り、真紘は土下座する勢いで謝った。
 しかし、重盛は目を丸くしたあと、真紘に怪我はないかと言った。
 加害者側の自分が被害者である彼からそんな心配をされるとは思わず、真紘は見た目で判断していた自分を恥じた。
 今思えば、高校に入学して初めてもっと人と話してみたいと思った瞬間だったのかもしれない。
「ふふっ、何キャラなのそれ。そこまで深い付き合いの人はいないよ。帰宅部な上にバイト三昧だったからね」
「えっ? じゃあ俺が親友に立候補しちゃおうかなぁ。でも学校でも人に囲まれているイメージあったからちょっと意外かも」
「そうかな、クラスメイトはみんな良い人だったと思うけど、残念ながら親友は愛犬だよ」
「あ~、家族兼親友には勝てんわ。どんな子? 名前は?」
 重盛は茶化すことはしなかった。自分の尻尾に執着を見せる真紘の様子から察していたのかもしれない。見透かされているようで気恥ずかしい。さらに愛する親友の名前は――。
「柴犬の……シゲ松」
 愛犬の名前を口にすると重盛は大笑いして「わん!」と鳴いた。


 馬車を降りると目の前には白と青を基調とした城。日の光をもはね返す美しい白壁は煌々としている。
 ぽかんと口を開けていた重盛はぽつりと禁断のワードを口にした。
「なあ、これってシンデレ」
 見覚えのあるシルエットにカラーリング、男子高校生でさえ思い浮かべてしまうほど、目の前にある城は有名な童話の城にそっくりだった。
「ちょ、っちょっと! 著作権とか異世界にまで関わってくるのか分からないけど、やめておこうよ!」
「ううん、まあこれもリアースオリジナルかもしれないしな……」
 どこを探してもオリジナリティを見いだせないが、あの童話は一体どこの国のものだっただろうか。昔、妹から教えてもらったような気がする。

『わたしもいつかこのお城のモデルになった場所に行ってみたいなぁ。その時はヒロちゃんが王子様役やってね、約束だよ!』

 幼き日の約束は果たせぬまま――。
 妹にせがまれて幼少期はよくプリンセスが活躍する絵本を読んでいたが、それ以上は何も思い出せなかった。
 ただ幼いころの記憶だから覚えていないのか、既に地球にいた頃の記憶という名の未練が薄まってきているのかは分からない。
 急に血の気が引いた真紘の顔を重盛は覗き込んだ。
「真紘ちゃん、白すぎて消えそうだからおんぶしてもいい?」
「いいわけないでしょ」
「だって壁も髪も顔も白くて見失いそうなんだもん」
「だからそんなわけないでしょ。……学ランは黒いし、ここでは嫌でも目立つよ」
 冗談だと笑う重盛の後に続いて、真紘は大きな扉へと足を進めた。


 城中は意外にもガヤガヤと音で溢れていた。ところが人の姿は見えない。
 周期があるとはいえ、正確に何月何日に救世主が召喚されると決まっているわけではない。準備を始めたのも空に五本の光の柱が出現してからなのだ。慌ただしくて当然である。
「出迎えもないとは……。真紘殿、重盛殿、申し訳ありません。予定より早く着いたので準備が間に合っていないようです。私が余計な話をしたばかりに」
「マルクスさんのせいではありませんよ、それより早く僕達を置いて、ご自宅に帰ってもらわないと」
 真紘の言葉にマルクスはさらに焦った様子で肩を落とした。
「わ、私はお邪魔なのでしょうか⁉」
「ちょいちょい、おっさんがマタニティブルーになってどうすんのよ。可愛いハニーとお腹の中の可愛いベイビーに早く会いに行きたくないってこと!」
「ううっ、それは今すぐにでも会いたいです。しかし、うちのはどちらかと言えば可愛いというより美人の部類で、背もすらっと高く、何より心優しい女性です。私には勿体ないくらいの妻なのです」
 無自覚にのろけるマルクスに重盛は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「ふふっ、忙しそうな方々に声をかけるのも申し訳ないので、最後に案内だけお願いできますか?」
 自分達のせいで出産に立ち会えなかったなんて恩をあだで返すようなことはしたくないが、ここまで共にいてくれたマルクスが居てくれた方が心強いのもまた事実である。
 真紘の控えめな申し出にマルクスは破顔した。
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