【完結】受付オメガの好きな人

笹川流宇

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冬-クリスマス-

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 クリスマス当日。
 本日三度目の「暇すぎる……」という小林の嘆きに賛同しながらも、朔は苦笑いを浮かべた。
 十二月後半にもなると、会議室も現場も余程のことがない限り動かない。ホワイトな会社なだけあって、十二月の最終週から有休を入れて、十連休以上にする者が多いのだ。
 会議室の予約はすっからかんで、午前中の来客は受付前の会議室ではなく、上のフロアに来賓室を設けている社長と管理部長への年末の挨拶をしに来た二社のみだった。

 街中は陽気な音楽が流れ、赤と白の帽子をかぶったサンタクロースが大量発生している。ビジネス街とはいえ、コンビニなんかでもケーキが売っていた。
 しかし朔が購入したのはケーキではなく、正月に姪にお年玉を渡すためポチ袋だった。すっかり忘れていたという小林にも二枚分けてやる。
「仕事納めまでに出勤する人もどんどん減るし、やることないわねぇ。受付周りだけでも自分達で大掃除しちゃおうか」
「そうですね。ビルの清掃さんはこの時期が本番でしょうし、やれる範囲は自分たちでやってしまいましょう。俺、会議室のホワイトボードの備品を点検しつつ掃除もしてきますよ」
「助かるー。私は電話番しながら、受付周りの要らない紙類を片付けておくね。持田くんがいただいたお名刺はどうする?」
「ありがとうございます。昨日までにいただいたお名刺はすべて共有アプリに入れたので、シュレッダーで大丈夫です」
 唯一保管している有平の名刺は、首から下げている社員証入れの裏側に挟んである。
 やることが学生のようで恥ずかしいが、失敗した時やクレームの電話を受けた時にコッソリ眺めて元気をもらっているのだ。
「了解。じゃあ、会議室の方よろしくね」
「はい。行ってきます」
 新品のマジックペンをベストのポケットに詰め込んで、受付をでると見知った顔がやってきた。

 INNコーポレーションの上席顧問役である西村だ。
 いつもは数人で来社するが、今日は一人らしい。
 西村は、真っ白な髪に丸眼鏡。赤い頬はぷっくりしていて、いつも笑っている大らかな人だ。車椅子のひじ掛けには、小さなサンタのオーナメントがぶら下がっている。車椅子に付いている季節ごとのミニチャームは、朔の楽しみの一つになっていた。
 なんだかぶら下がっているサンタクロースも持ち主である西村に似ている気がする。
「こんにちは、西村様。今月はサンタクロースなんですね。コロンとしていてとても可愛いです! もしかして陶器ですか?」
「持田くん、こんにちは。そうそう、陶器のオーナメントなんだよ。このサンタは旅行先のドイツのクリスマスマーケットで気に入って買ったもので、家には対になる天使もいるんだ」
 サンタクロースの飾りを手に取り、西村はにっこりと微笑む。
「わあ~素敵ですね! 来年はぜひ天使も見てみたいです!」
「ふふ、ありがとう。来年は天使も付けてくるよ。今日は十時半から――おっと」
 車椅子を回転させた瞬間、西村の手元から、サンタがぽろりと零れる。
「あっ!」と叫んだ朔は、バレーボールの飛び込みのごとく、手を伸ばして床に転がった。
 見事にサンタクロースをキャッチしたが、色とりどりのマジックペンはポケットから逃げ出して散らばってしまう。
 来客が少なかったおかげで床もさほど汚れておらず、ベストも無事なことが不幸中の幸いだ。
「持田くん!」
 驚いた小林と西村の声が重なった。
 床に伏した朔は素早く立ち上がると、片膝をついて西村に目線を合わせる。
「た、大変失礼いたしました、思わず飛び込んでしまって……。ですが、大切なサンタクロースは無事ですよ、えへへ」
 西村の手の平にサンタを返すと、思っていた以上に彼の手が冷たく、朔は目を見開いた。
「私の不注意ですまなかったねぇ……。怪我はないかい?」
「大丈夫です、慌ただしくて申し訳ございません。それよりも、すごく手が冷たいです。もしよろしけばカイロを使ってください。すぐに温まると思います!」
 スラックスのポケットに入れていたカイロを西村に握らせると、西村はおかしそうに笑った。
「す、すみません! 私の使いかけで申し訳ないのですが……」
「ほっほっほ! 君はいつも一生懸命だね。ありがたく使わせてもらうよ。では管理部長さんをお願いできるかな?」
「はい! それでは私がご案内致します」
 小林に目配せすると、受付越しにオッケーのハンドサインが返ってきた。管理部長と秘書には既に連絡済みで、上の階の来客スペースに移動完了したという合図だ。
 落ちたマジックペンを素早く回収し、再びベストのポケットにさすと、朔は西村と共に管理部へと向かい始めた。

 エレベーターを待つ間も西村と会話が続く。
「そういえば、梅福さんが導入しているオフィス菓子なんだけど、うちも栄餅屋さんにお願いすることになったんだ。自販機も一緒に点検してもらえるし、何よりどのお菓子も美味しいって評判だよ」
「そうでしたか。私も甘いものが好きなので、オフィス菓子は毎週利用しています。特に気持ちをリセットしたい時や、もうひと踏ん張りしたい時に最適ですね。私の同期は煙草を吸わない者が多いのですが、聞く話によると煙草休憩の代わりに甘味休憩を挟んでいるみたいです」
「最近の若い人たちは煙草を吸わないからね。私も一昨年から禁煙した口でね、年甲斐もなく毎日お菓子休憩を心待ちにしているんだ」
「ふふ、お菓子に年齢制限はありませんから」
 朔が栄餅屋の孫と知らない人から聞く評判は嬉しいものだ。
 年始に帰省した際は、オフィス菓子の評判が良いと家族に教えよう。きっとみんな喜ぶはずだ。

 西村とどんな菓子が好きか話に花を咲かせ、長い廊下を行く。車椅子である西村の動線を考慮した扉のない来客スペースに到着した。
 そこで待っていたのは、管理部長と有平だった。
 威厳たっぷりな大柄な部長と、若きエースに出迎えられた西村は、車椅子から立ち上がろうとした。
 杖の反対側に立っていた朔は、さっと腕を出して西村をサポートする。途中で有平にバトンタッチすると、後は任せろとウインクが飛んで来た。
 朔は三人の挨拶を見守りつつ、西村側のソファー横に車椅子を移動させた。
 会話のタイミングを見計らって一歩下がる。
「それでは、失礼致します。西村様、よいお年をお迎えください。来年もどうぞよろしくお願いいたします」
「持田くん、案内ありがとう。サンタのお礼もいつか必ずね。よいお年を」
 西村は朔がドアを閉めるまで手を振っていた。最後に、誇らしげな表情の有平と目が合う。
(なんか午後も頑張れそうかも! 好きな人と同じ会社ってすごいなあ!)
 やる気に満ち溢れた午前で、年末の大掃除が不要なほど、会議室がピカピカになった。


 定時で退勤した朔は、私服に着替えて会社を飛び出す。
 チャコールグレーのロングコートに空色のハイネックニット。パンツは同系色のサックスブルーのワントーンコーデ。通勤用のキャラメル色の革のリュックに合わせて、同系色の革靴を履いてきた。
「嗚呼、朔さん! 今日も相変わらずなんと愛らしいお姿なんだ!」
 会社を出てすぐに、とある男から声をかけられた。そこにいたのは、持田の家に朔との見合いを何度も申し出をしてきた男だった。
 いかにもアルファらしい筋肉隆々の身体つきに、自信に満ちた表情。柔道選手のような男はタキシードのようなスーツ姿で、これからプロポーズでもするのかと思うほど。
 そんな格好で会社まで押しかけられては迷惑極まりない。
 塩谷家とはまた違ったアルファ主義の家柄故、オメガは庇護すべき儚く脆い生き物だと思っている節がある。
 栄餅屋とは先代からの付き合いだが、朔はどうも昔からこの男が苦手だった。
 このように良家のアルファから付き纏われることは初めてではない。今までも何度かあったので、やんわりと婚約者がいることを匂わせて首を横に振る。
「申し訳ございませんが、このあと大切な人と会う予定がございますので……」
「ぐ……いや、少しの時間でいい。ワインだけでもどうか共に!」
「遠慮します」
「三口、いや、一口だけでいい!」
「結構です!」
「頼む! アルファとオメガの縁を結ぶ素晴らしいワインと言われているものなんだ! だからどうか私と乾杯を!」
 距離を取るために腕を伸ばしてワインの入った紙袋を押し返す朔と、諦めないストーカー男。
 中々しぶとい男にしびれを切らした朔は、強引に会話を切り上げることにした。
「そこまで仰るのであればお言葉に甘えて……。お断りしておきながらワインだけいただくなんて申し訳ないのですが、私の恋人はワインに目がないもので……。ありがたく今夜〝最愛の人〟といただきたいと思います」
 婚約者もいなければ、恋人もいない。最愛の人はいる。
 嘘と誠を織り交ぜながら、朔はニコニコと貼りつけた笑みを浮かべる。
 朔は財布からありったけの紙幣を抜き、宙ぶらりんになっていた紙袋と交換する。
 ワイン代としてはゼロが一桁足りないだろう。後日、持田家の方から何度目になるか分からないお断り文句を添えて返してもらうことにする。
「どこぞの馬の骨とも知らぬアルファではなく、私と乾杯をですね⁉」と慌てふためく男を置いて、朔は駅に向かって駆け出した。


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