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リィングリーツの獣たちへ
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グリムランドでは、その年には夏至の大祭は行われなかった。
言うまでもなく、同時期に起きた内乱のためである。ガッツォ王子を旗印にした民主派と、王妃インシュラを上に戴き、ロクスハム王国のバックアップを受けた王党派が正面からぶつかり合った内乱は一年近く続き、国内は荒れ果て、結局ロクスハム王国の保護下の元、インシュラ大公を元首としたグリムランド公国として再スタートを切る事となった。
南部の属州は全て独立を果たし、公国となった後も国内は絶え間なく人種間抗争を繰り返す。大きく国力を失ったグリムランドをロクスハムが併合せずに公国として監視下に置くだけにとどめたのも、偏に支配する旨味が無かったからであろう。
たった数ヶ月のうちにアシュベル王子と国王、それに有力な公爵を失い、イェレミアス王子も内乱のどさくさで行方不明となったグリムランドを「呪われている」と忌諱したことも理由の一つである。
それから数年して、記録だけに残っている、イルス村にほど近い森の中で狩人が複数の奇妙な死体を見つけた。
最初に見つけたのは崩れた崖の下、既に白骨化してはいたが、恐らくは身に着けている物からして狩人の棟梁と呼ばれる老人の死体。崖崩れにでも巻き込まれたのだろうか、狩人も引退していた彼が森の中で何をしていたのかは一切分からない。どこにも記録はなかったし、知っている人もいなかった。
ただ、森の中で死ねば獣に死体を食い荒らされて骨が散乱するのが常であるが、彼の遺骨は至って綺麗なものであった。
もしかすると、遺骨のすぐそばにあった猟犬の遺体……それが彼を守り続けたのかもしれない、などとロマンを語る者もいたが、真実は当人達にしか分からないだろう。
そして付近の小屋で見つかったもう一組、男女の死体。
椅子の上で折り重なるように抱き合って一つになっていたその死体。
遭難したカップルのものだろうという人もいれば、胸につき立っていたナイフから、憎しみあい、殺し合った敵同士だという人もいるし、痴情のもつれだろうと吐き捨てる者もいる。
椅子のすぐ近くにあったテーブルの上にはおそらく男の方が書いたのだろうと思われる手紙が置いてあった。
しかし、その内容については難解で、誰も理解することができなかったし、手紙の最後には宛名が書いてあったものの、その宛名も何を意味して誰に向けた物なのか、結局誰にもわからず、下らない噂話だけが流れ、それも時が経てば忘れられていった。
― ようやく小屋の周りの霧も薄くなってきました。
― しかし、私はこの小屋からは逃げられないでしょう。
― それは構いません。これはきっと人の命を弄び続けた僕への罰なのでしょうし、今更彼女の元を離れてまで生き延びようなどとは思いません。
― 何よりあの獣が許すはずもないでしょうから。
― 空腹により精神が研ぎ澄まされたためか、こうして時折正気に戻ることがあります。その時を逃さず、この手紙を書かせていただきます。
― 時折見える夜空の向こうのその奥で、空が赤々と燃えているのが見えます。王都では、まだ人々が争い続けてるのでしょうか。
― この内乱を手引きした私が言うのはおかしいことかもしれません。しかし、そんな私だからこそ言えることもあると思います。
― どうか、争いをやめてください。
― 人を殺すことで、得られるものに、何一つ意味などありません。
― 人を殺すことで、得られる物などありません。
― それに気づくまでに、僕は随分と回り道をしてしまいました。
― 同じ過ちを繰り返して欲しくないのです。
― どうか、人を殺すことをやめてください。
― 愛する人を守るために必要なのは、そんな事ではありません。
― リィングリーツの獣たちへ
言うまでもなく、同時期に起きた内乱のためである。ガッツォ王子を旗印にした民主派と、王妃インシュラを上に戴き、ロクスハム王国のバックアップを受けた王党派が正面からぶつかり合った内乱は一年近く続き、国内は荒れ果て、結局ロクスハム王国の保護下の元、インシュラ大公を元首としたグリムランド公国として再スタートを切る事となった。
南部の属州は全て独立を果たし、公国となった後も国内は絶え間なく人種間抗争を繰り返す。大きく国力を失ったグリムランドをロクスハムが併合せずに公国として監視下に置くだけにとどめたのも、偏に支配する旨味が無かったからであろう。
たった数ヶ月のうちにアシュベル王子と国王、それに有力な公爵を失い、イェレミアス王子も内乱のどさくさで行方不明となったグリムランドを「呪われている」と忌諱したことも理由の一つである。
それから数年して、記録だけに残っている、イルス村にほど近い森の中で狩人が複数の奇妙な死体を見つけた。
最初に見つけたのは崩れた崖の下、既に白骨化してはいたが、恐らくは身に着けている物からして狩人の棟梁と呼ばれる老人の死体。崖崩れにでも巻き込まれたのだろうか、狩人も引退していた彼が森の中で何をしていたのかは一切分からない。どこにも記録はなかったし、知っている人もいなかった。
ただ、森の中で死ねば獣に死体を食い荒らされて骨が散乱するのが常であるが、彼の遺骨は至って綺麗なものであった。
もしかすると、遺骨のすぐそばにあった猟犬の遺体……それが彼を守り続けたのかもしれない、などとロマンを語る者もいたが、真実は当人達にしか分からないだろう。
そして付近の小屋で見つかったもう一組、男女の死体。
椅子の上で折り重なるように抱き合って一つになっていたその死体。
遭難したカップルのものだろうという人もいれば、胸につき立っていたナイフから、憎しみあい、殺し合った敵同士だという人もいるし、痴情のもつれだろうと吐き捨てる者もいる。
椅子のすぐ近くにあったテーブルの上にはおそらく男の方が書いたのだろうと思われる手紙が置いてあった。
しかし、その内容については難解で、誰も理解することができなかったし、手紙の最後には宛名が書いてあったものの、その宛名も何を意味して誰に向けた物なのか、結局誰にもわからず、下らない噂話だけが流れ、それも時が経てば忘れられていった。
― ようやく小屋の周りの霧も薄くなってきました。
― しかし、私はこの小屋からは逃げられないでしょう。
― それは構いません。これはきっと人の命を弄び続けた僕への罰なのでしょうし、今更彼女の元を離れてまで生き延びようなどとは思いません。
― 何よりあの獣が許すはずもないでしょうから。
― 空腹により精神が研ぎ澄まされたためか、こうして時折正気に戻ることがあります。その時を逃さず、この手紙を書かせていただきます。
― 時折見える夜空の向こうのその奥で、空が赤々と燃えているのが見えます。王都では、まだ人々が争い続けてるのでしょうか。
― この内乱を手引きした私が言うのはおかしいことかもしれません。しかし、そんな私だからこそ言えることもあると思います。
― どうか、争いをやめてください。
― 人を殺すことで、得られるものに、何一つ意味などありません。
― 人を殺すことで、得られる物などありません。
― それに気づくまでに、僕は随分と回り道をしてしまいました。
― 同じ過ちを繰り返して欲しくないのです。
― どうか、人を殺すことをやめてください。
― 愛する人を守るために必要なのは、そんな事ではありません。
― リィングリーツの獣たちへ
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