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狩りの季節
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そこには、死体が転がっていた。
グリムランド王国の首都ウィンザーハーツ。
王の葬列と棒との衝突からすでに四時間が経過している。騎士団に切り捨てられ、市民の投石を受け、群衆に踏み潰され。ウィンザーハーツの街中には身分も年齢も問わず、多くの人間の死体が転がっていた。
小康状態にはなっているが、まだ市民と軍の衝突が終わったわけではない。騎士団は王宮に戻って迎撃態勢を整え、市民は城を取り囲んで気勢を上げる。
主戦場から外れた町の広場には乞食やごろつきと同じように王の遺骸と、棺がそのまま打ち捨てられていた。何でもない市民の死体と、それに大きな違いなどなかった。
数名の市民が王の遺骸に近づく。
「見ろ、王の死体と乞食の死体にどれほどの違いがある。ただの人間が、我らの国を簒奪していたに過ぎないのだ」
数名の市民の中心にいるのは少し綺麗な身なりの、クロークを羽織った男。元老院銀の一人、民主派の中心人物であるゲンメル・ヒール。
自分達の仕えていた王の死体すら回収できずに逃げ出した騎士達をあざ笑うように王の死体を取り囲む。
「どきな、小僧」
傍若無人に振舞う彼らに、しかしそんな街の空気など一切鑑みることのない、しわがれた声がかけられた。
「なんだ爺さん! 喧嘩売ってんのか」
「王党派の人間か!?」
「待て」
気色ばむ市民達をゲンメルが止めた。
小柄な、四匹の犬を連れた目つきの鋭いウシャンカの老人の前に立つ。
「イェーゲマイステルか? 大恩ある王に義理を果たしに来たのか」
「フン、そんな出来た人間じゃねぇが……お前らはコレになにするつもりだ?」
ゲンメル達は武装していない。もし揉め事となれば即座に老人の連れた犬に噛み殺されることであろう。老人と同様犬も老いているように見えるが、それでも人間が相手になるはずがない。
老人の王の遺骸を指差す態度には敬意は感じられなかったが、両者の間には若干の緊張感が奔る。
「知れた事。僭主たるヤーッコを十字架に磔にして王国の終わりを知らしめるのだ。老人、邪魔をするというのなら……」
「好きにしな」
ふう、と吐き出される域と共に緊張感が解けた。どうやら老人は敵対的な意図はないようであるが、しかしすぐにゲンメルに歩み寄って手で彼を押しのけた。
「儂は少し調べたいことがあるだけだ。どきな、ぼうず」
その言葉には有無を言わせぬ強さがある。四匹の猟犬にも。誰にも口答えは出来なかった。
老人は無遠慮に王の遺骸に近づき、口の付近の匂いを犬に嗅がせた。尋常であれば王の遺骸に獣を近づけるなどという行為は咎められた事であろうが、生憎と従者も近衛兵もいない。
「ふん、やはりヒ素だな」
いくつかの小瓶の匂いを犬に嗅がせると、その一つを嗅いだ時に犬が大きな声で吠えた。どうやら毒物の特定をしていたようである。
「毒殺されたというのか? 我らではないぞ。アシュベルの殺害も、濡れ衣を着せられたが」
「もう少し時間があれば、正当な手続きを踏んで毒の入手ルートから犯人を追い詰めることもできたかもしれんがな。どうやらそんな時間はもう無さそうだ」
ところどころ火がつけられ、ボロボロになった王都。この堅牢な首都は、外敵ではなく市民の手によって落とされたのだ。
老人は確信していた。ヒルシェンと王の殺害、そしてこの内乱、全てが一つの糸で繋がっていることを。
しかしそれを正攻法で突き止めるにはあまりにも時間がなさすぎる。
ヒルシェンとキシュクシュの殺害には政治的な意図は薄いか、もしくは遠大な計画であると思われた。ゆえに、王の体調が思わしくない事を知っても、この『国盗り』計画は早くとも四、五年ほどの時をかけるものだろうと。
「この儂が、出し抜かれるとはな……」
はっきりといえば老人の見通しが甘かった。まさかこれほどのスピード感で矢継ぎ早に混乱を巻き起こすとは全く思っていなかった。『国盗り』をするにはあまりにも拙速すぎる。
「誰が」やっているのかは分かるが「何のために」やっているのかは分からない。この異常事態に陥っても未だ彼が目星をつけている人間は姿を現す気配が全くないのだ。
「まさか、このまま表に出てこないつもりなのか」
もしこの一連の事件が、『国盗り』目的ではなく、単にこの国の破壊が目的であれば話は違ってくる。すでに目的は達成されている可能性がある。と、すれば下手人はもう出てこず、このまま逃げられてしまう可能性がある。
「爺さん、あんた犯人が分かっているのか?」
当然ながらゲンメル達は王に恨みこそすれ仇討ちをする義理などない。それでも王国側に先んじて下手人を討ち取ったとなれば民主派がこの国を掌握するには大きなアドバンテージとなるだろう。
「なあ! 俺達も協力する。犯人を突き止めるというんなら、こんな無為な衝突必要ない」
「黙ってろぼうず。儂がそんなお利口さんに見えるのか? 儂はもう十分生きた。これ以上もう未来になんぞ興味はねえ。儂が望むのは復讐だけだ」
ヤルノがすでに後先考えずに動いているように、やはりまたこの老人も後先のことなど考えていないのだ。あるのはただ、復讐だけ。協力者など邪魔なだけでしかない。
そしてまた、彼だけが、ヤルノの真の姿に近づいていると言っていい。
ゲンメルとしてはこの騒動の黒幕を突き止めて英雄となれば無用な王党派と民主派の衝突を避けて国内の疲弊を最小限にとどめて国を治めることができる。
拒否されたがそれでも何とかして老人の助力を得たかったがゲンメルは老人の肩に手を伸ばしたが、しかし老人は鬼の如き力でその手首を掴み、それを拒否した。
「イェーゲマイステル、俺はあんたに協力を……」
「手を出すな!!」
研ぎ澄ましたナイフのような鋭い目つき。尋常でないその気迫は四匹の猟犬よりもゲンメル達を震え上がらせた。
「奴ぁ儂の獲物だ。横取りしようとすれば殺す」
グリムランド王国の首都ウィンザーハーツ。
王の葬列と棒との衝突からすでに四時間が経過している。騎士団に切り捨てられ、市民の投石を受け、群衆に踏み潰され。ウィンザーハーツの街中には身分も年齢も問わず、多くの人間の死体が転がっていた。
小康状態にはなっているが、まだ市民と軍の衝突が終わったわけではない。騎士団は王宮に戻って迎撃態勢を整え、市民は城を取り囲んで気勢を上げる。
主戦場から外れた町の広場には乞食やごろつきと同じように王の遺骸と、棺がそのまま打ち捨てられていた。何でもない市民の死体と、それに大きな違いなどなかった。
数名の市民が王の遺骸に近づく。
「見ろ、王の死体と乞食の死体にどれほどの違いがある。ただの人間が、我らの国を簒奪していたに過ぎないのだ」
数名の市民の中心にいるのは少し綺麗な身なりの、クロークを羽織った男。元老院銀の一人、民主派の中心人物であるゲンメル・ヒール。
自分達の仕えていた王の死体すら回収できずに逃げ出した騎士達をあざ笑うように王の死体を取り囲む。
「どきな、小僧」
傍若無人に振舞う彼らに、しかしそんな街の空気など一切鑑みることのない、しわがれた声がかけられた。
「なんだ爺さん! 喧嘩売ってんのか」
「王党派の人間か!?」
「待て」
気色ばむ市民達をゲンメルが止めた。
小柄な、四匹の犬を連れた目つきの鋭いウシャンカの老人の前に立つ。
「イェーゲマイステルか? 大恩ある王に義理を果たしに来たのか」
「フン、そんな出来た人間じゃねぇが……お前らはコレになにするつもりだ?」
ゲンメル達は武装していない。もし揉め事となれば即座に老人の連れた犬に噛み殺されることであろう。老人と同様犬も老いているように見えるが、それでも人間が相手になるはずがない。
老人の王の遺骸を指差す態度には敬意は感じられなかったが、両者の間には若干の緊張感が奔る。
「知れた事。僭主たるヤーッコを十字架に磔にして王国の終わりを知らしめるのだ。老人、邪魔をするというのなら……」
「好きにしな」
ふう、と吐き出される域と共に緊張感が解けた。どうやら老人は敵対的な意図はないようであるが、しかしすぐにゲンメルに歩み寄って手で彼を押しのけた。
「儂は少し調べたいことがあるだけだ。どきな、ぼうず」
その言葉には有無を言わせぬ強さがある。四匹の猟犬にも。誰にも口答えは出来なかった。
老人は無遠慮に王の遺骸に近づき、口の付近の匂いを犬に嗅がせた。尋常であれば王の遺骸に獣を近づけるなどという行為は咎められた事であろうが、生憎と従者も近衛兵もいない。
「ふん、やはりヒ素だな」
いくつかの小瓶の匂いを犬に嗅がせると、その一つを嗅いだ時に犬が大きな声で吠えた。どうやら毒物の特定をしていたようである。
「毒殺されたというのか? 我らではないぞ。アシュベルの殺害も、濡れ衣を着せられたが」
「もう少し時間があれば、正当な手続きを踏んで毒の入手ルートから犯人を追い詰めることもできたかもしれんがな。どうやらそんな時間はもう無さそうだ」
ところどころ火がつけられ、ボロボロになった王都。この堅牢な首都は、外敵ではなく市民の手によって落とされたのだ。
老人は確信していた。ヒルシェンと王の殺害、そしてこの内乱、全てが一つの糸で繋がっていることを。
しかしそれを正攻法で突き止めるにはあまりにも時間がなさすぎる。
ヒルシェンとキシュクシュの殺害には政治的な意図は薄いか、もしくは遠大な計画であると思われた。ゆえに、王の体調が思わしくない事を知っても、この『国盗り』計画は早くとも四、五年ほどの時をかけるものだろうと。
「この儂が、出し抜かれるとはな……」
はっきりといえば老人の見通しが甘かった。まさかこれほどのスピード感で矢継ぎ早に混乱を巻き起こすとは全く思っていなかった。『国盗り』をするにはあまりにも拙速すぎる。
「誰が」やっているのかは分かるが「何のために」やっているのかは分からない。この異常事態に陥っても未だ彼が目星をつけている人間は姿を現す気配が全くないのだ。
「まさか、このまま表に出てこないつもりなのか」
もしこの一連の事件が、『国盗り』目的ではなく、単にこの国の破壊が目的であれば話は違ってくる。すでに目的は達成されている可能性がある。と、すれば下手人はもう出てこず、このまま逃げられてしまう可能性がある。
「爺さん、あんた犯人が分かっているのか?」
当然ながらゲンメル達は王に恨みこそすれ仇討ちをする義理などない。それでも王国側に先んじて下手人を討ち取ったとなれば民主派がこの国を掌握するには大きなアドバンテージとなるだろう。
「なあ! 俺達も協力する。犯人を突き止めるというんなら、こんな無為な衝突必要ない」
「黙ってろぼうず。儂がそんなお利口さんに見えるのか? 儂はもう十分生きた。これ以上もう未来になんぞ興味はねえ。儂が望むのは復讐だけだ」
ヤルノがすでに後先考えずに動いているように、やはりまたこの老人も後先のことなど考えていないのだ。あるのはただ、復讐だけ。協力者など邪魔なだけでしかない。
そしてまた、彼だけが、ヤルノの真の姿に近づいていると言っていい。
ゲンメルとしてはこの騒動の黒幕を突き止めて英雄となれば無用な王党派と民主派の衝突を避けて国内の疲弊を最小限にとどめて国を治めることができる。
拒否されたがそれでも何とかして老人の助力を得たかったがゲンメルは老人の肩に手を伸ばしたが、しかし老人は鬼の如き力でその手首を掴み、それを拒否した。
「イェーゲマイステル、俺はあんたに協力を……」
「手を出すな!!」
研ぎ澄ましたナイフのような鋭い目つき。尋常でないその気迫は四匹の猟犬よりもゲンメル達を震え上がらせた。
「奴ぁ儂の獲物だ。横取りしようとすれば殺す」
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