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葬儀
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その葬儀は、異様な雰囲気の中執り行われた。
本来葬儀全体を取り仕切る立場にあるはずの長子であるガッツォ王子は国王の厳命により蟄居中。それでも、非常事態なれば、と蟄居も解除され、家臣達の必死の説得もあったが、理由は分からぬものの、ガッツォ王子が結局屋敷から出てくることはなかった。
自分の父である国王が亡くなったというのに。
次子であるアシュベルは国王が亡くなる数週間前に惨殺体で見つかっており、その件の下手人も未だ判然としない状況。亡くなった当の本人による過酷な、民主化グループを中心とする人々への弾圧が行われていた中での本人の死亡。
以前から健康に不安があることがささやかれてはいたものの、まさかこのタイミングで亡くなるとは。
次は自分だと恐れた重臣による毒殺ではないか、だとか、拷問の末に殺された民主化グループの女性の怨念ではないかだとか、まことしやかな噂話がささやかれる中、王党派と民主派が激しく火花を散らし合い、とても葬儀を行える心情ではない。
しかし事ここに至っては誰一人として国王ヤーッコの死を悲しんでいなかったことが幸いだったのだろうか。
誰もが心ここにあらず、他所事に気を取られている中、形だけは通例通りに淡々と準備は進められていった。喪主は王妃であるインシュラ。葬儀の間はずっと椅子に座り焦点の合わない目で空中を見つめ、何かぶつぶつと呟いている。
半開きの口から唾液がトロリと垂れると慌てて控えていた侍従が口元をハンカチで拭きとるというただならぬ仕上がり。
とりあえず形だけ。
形だけでもこれまで通りに葬儀をつつがなく終えて、その後のことはその後に考えよう。そう考えている重臣達の想いが見て取れた。
ここ最近はあまりにも多くの不幸や不気味な事件が重ねて起きすぎているのだ。とりあえずは一つずつ目の前の事を少しでも片付けて事に当たらねばなるまい。
片付けの苦手な人間であれば目の前に問題を全て広げて「どうしたものか」と思案に暮れた状態で一日が過ぎてしまうものである。彼らの取った行動は拙いながらもおそらく正しかったのだろう。
だがあまりにも拙い。蟄居中のガッツォ王子はもちろんの事、イェレミアス王子までもが葬儀に参加していないことにまで気づいていなかったのだから。
「なかなか見られるものではありませんよ、ほら、ギアンテ」
王宮での葬儀が執り行われた後、王の遺骸の納められた棺は四方から担ぎ上げられて町に出てくる。そこからゆっくりと町を練り歩き、一つの支配者の世が終わったのだという事を広く市井の民に印象付けるのだ。
そして棺はそのまま町を出、たっぷり丸一日も掛けてリィングリーツの森の付近にある王家の墓地に納められる。
リィングリーツの森からやってきたグリムランド王家の人間が、再び森に帰るのである。夜の国へ。死者の国へ。
さて、当然ながら国王崩御の報は既に広く市民にも知られた事柄となっており、数十年に一度しか行われない国王の葬儀を見るために町の大通りには人だかりができていた。
とはいうものの、家臣達がそうであるのと同様に、誰も王の死を悼んでのことではない。
正直に言えばあまり人望のある王ではなかった。
民へのほどこしは、まあそこそこ。大きな戦争で勝利して国土を広げたという事も無ければ革命的な内政で生活が豊かになったという事もない。ただその代りに大きな失敗もなかった。表面的には勇猛で、グリムランドの王者としては特筆すべきこともなかった凡庸な王であった。
可もなく不可もなく。
彼に特筆すべきことがあるとすれば、それはおそらくこれから起きる事だったのだろう。もしこの国が民主化するという事があれば、それを利用して中央集権を果たすことが出来れば、おそらくは歴史に名を遺す偉大な王となっていた事であろうが、全ては道半ばで潰えてしまった事柄だ。
逆に死に際の民主化勢力への弾圧は非常に良くなかった。
彼の棺を取り囲む民衆の中にも、彼の弾圧によって仲間や家族を失った人間が大勢いたことだろう。ぴりぴりとした、まさに一触即発の空気を孕んでいた。
棺に付き従う重臣たちも嫌な空気を感じ取る。雇ったはずの王の死を悲しむ役目を与えられた泣き女達の声も小さい。
「わかりますか、ギアンテ。この空気。緊張感がありますね」
その群衆に紛れて、二人はいた。人知れず葬儀を欠席していた王子イェレミアスと、その護衛の近衛騎士ギアンテ。二人とも市民の服装に偽装しており、フードを目深に被って素性が分からないようにしている。王子の目立つ銀髪も、騎士の褐色の肌も隠されて、人目には触れていない。
もはや王子が何を意図して、何をしようとしているのか。彼女には全くその欠片すら掴むことが出来ないでいた。
ただ一つ分かることは、今の彼がやけっぱちの状態になっているのだろうという事。
その八つ当たりの相手としてこの国全体が選ばれ、そしてこれから……いや既にそうなってはいるのだろうが、この国に大混乱が訪れるのだろうという事。
そのためにどうやら王子は王党派と民主派の両方に何らかのアプローチをして、種火を焚きつけているのだ。
その最終段階の仕上げとしてこの国王の葬儀が利用されるのだろうという事は分かっている。おそらく、その国王の死自体が、イェレミアスの招いた事態なのだろうという事も。
だが、一つだけ分からないことがあった。
何が彼を動かしたのか。
何が心の琴線に触れたのか。
いったい誰の、どのような仕打ちに耐えかねて彼は心を痛めたのか。
それだけがギアンテには分からなかった。
本来葬儀全体を取り仕切る立場にあるはずの長子であるガッツォ王子は国王の厳命により蟄居中。それでも、非常事態なれば、と蟄居も解除され、家臣達の必死の説得もあったが、理由は分からぬものの、ガッツォ王子が結局屋敷から出てくることはなかった。
自分の父である国王が亡くなったというのに。
次子であるアシュベルは国王が亡くなる数週間前に惨殺体で見つかっており、その件の下手人も未だ判然としない状況。亡くなった当の本人による過酷な、民主化グループを中心とする人々への弾圧が行われていた中での本人の死亡。
以前から健康に不安があることがささやかれてはいたものの、まさかこのタイミングで亡くなるとは。
次は自分だと恐れた重臣による毒殺ではないか、だとか、拷問の末に殺された民主化グループの女性の怨念ではないかだとか、まことしやかな噂話がささやかれる中、王党派と民主派が激しく火花を散らし合い、とても葬儀を行える心情ではない。
しかし事ここに至っては誰一人として国王ヤーッコの死を悲しんでいなかったことが幸いだったのだろうか。
誰もが心ここにあらず、他所事に気を取られている中、形だけは通例通りに淡々と準備は進められていった。喪主は王妃であるインシュラ。葬儀の間はずっと椅子に座り焦点の合わない目で空中を見つめ、何かぶつぶつと呟いている。
半開きの口から唾液がトロリと垂れると慌てて控えていた侍従が口元をハンカチで拭きとるというただならぬ仕上がり。
とりあえず形だけ。
形だけでもこれまで通りに葬儀をつつがなく終えて、その後のことはその後に考えよう。そう考えている重臣達の想いが見て取れた。
ここ最近はあまりにも多くの不幸や不気味な事件が重ねて起きすぎているのだ。とりあえずは一つずつ目の前の事を少しでも片付けて事に当たらねばなるまい。
片付けの苦手な人間であれば目の前に問題を全て広げて「どうしたものか」と思案に暮れた状態で一日が過ぎてしまうものである。彼らの取った行動は拙いながらもおそらく正しかったのだろう。
だがあまりにも拙い。蟄居中のガッツォ王子はもちろんの事、イェレミアス王子までもが葬儀に参加していないことにまで気づいていなかったのだから。
「なかなか見られるものではありませんよ、ほら、ギアンテ」
王宮での葬儀が執り行われた後、王の遺骸の納められた棺は四方から担ぎ上げられて町に出てくる。そこからゆっくりと町を練り歩き、一つの支配者の世が終わったのだという事を広く市井の民に印象付けるのだ。
そして棺はそのまま町を出、たっぷり丸一日も掛けてリィングリーツの森の付近にある王家の墓地に納められる。
リィングリーツの森からやってきたグリムランド王家の人間が、再び森に帰るのである。夜の国へ。死者の国へ。
さて、当然ながら国王崩御の報は既に広く市民にも知られた事柄となっており、数十年に一度しか行われない国王の葬儀を見るために町の大通りには人だかりができていた。
とはいうものの、家臣達がそうであるのと同様に、誰も王の死を悼んでのことではない。
正直に言えばあまり人望のある王ではなかった。
民へのほどこしは、まあそこそこ。大きな戦争で勝利して国土を広げたという事も無ければ革命的な内政で生活が豊かになったという事もない。ただその代りに大きな失敗もなかった。表面的には勇猛で、グリムランドの王者としては特筆すべきこともなかった凡庸な王であった。
可もなく不可もなく。
彼に特筆すべきことがあるとすれば、それはおそらくこれから起きる事だったのだろう。もしこの国が民主化するという事があれば、それを利用して中央集権を果たすことが出来れば、おそらくは歴史に名を遺す偉大な王となっていた事であろうが、全ては道半ばで潰えてしまった事柄だ。
逆に死に際の民主化勢力への弾圧は非常に良くなかった。
彼の棺を取り囲む民衆の中にも、彼の弾圧によって仲間や家族を失った人間が大勢いたことだろう。ぴりぴりとした、まさに一触即発の空気を孕んでいた。
棺に付き従う重臣たちも嫌な空気を感じ取る。雇ったはずの王の死を悲しむ役目を与えられた泣き女達の声も小さい。
「わかりますか、ギアンテ。この空気。緊張感がありますね」
その群衆に紛れて、二人はいた。人知れず葬儀を欠席していた王子イェレミアスと、その護衛の近衛騎士ギアンテ。二人とも市民の服装に偽装しており、フードを目深に被って素性が分からないようにしている。王子の目立つ銀髪も、騎士の褐色の肌も隠されて、人目には触れていない。
もはや王子が何を意図して、何をしようとしているのか。彼女には全くその欠片すら掴むことが出来ないでいた。
ただ一つ分かることは、今の彼がやけっぱちの状態になっているのだろうという事。
その八つ当たりの相手としてこの国全体が選ばれ、そしてこれから……いや既にそうなってはいるのだろうが、この国に大混乱が訪れるのだろうという事。
そのためにどうやら王子は王党派と民主派の両方に何らかのアプローチをして、種火を焚きつけているのだ。
その最終段階の仕上げとしてこの国王の葬儀が利用されるのだろうという事は分かっている。おそらく、その国王の死自体が、イェレミアスの招いた事態なのだろうという事も。
だが、一つだけ分からないことがあった。
何が彼を動かしたのか。
何が心の琴線に触れたのか。
いったい誰の、どのような仕打ちに耐えかねて彼は心を痛めたのか。
それだけがギアンテには分からなかった。
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