リィングリーツの獣たちへ

月江堂

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キレる十代

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 夜の空気は柔らかく、もう少しすれば初夏の装いが感じられるだろうという頃。とはいうものの陽が落ちてしまえば繁華街でもなければ王都の中心部と言えども電気もガス灯もない世界、かがり火の焚かれる要所でもなければ、辺り一面は闇に包まれている。
 
 そんな要所の一つ、ノーモル公オーデン・オーガン卿の屋敷。貴族のタウンハウスというよりはその砦の如き威容は出城と言った方が近いかもしれない。
 
 実際戦争になれば(そんな状況になるのは末期的状況ではあるが)王宮の出城として活用されることも想定されたつくりとなっている。
 
 しかしその外観に反して建物の内部は一般的に想像される貴族の邸宅と同様煌びやかな作りとなっている。
 
 そんなサロンの一室で公爵の親子とイェレミアス王子が内密に卓を囲んで会食しているのだ。これは非常に大きな意味を持つ。
 
 次代を担う者同士、ノーモル公の狙いとしては自分の息子であるウォーホルとイェレミアス王子を深く結びつけることが今日の狙いであった。そしてその狙いはまずまず、と言わずかなり上手くいったと見て良い。
 
 それどころかウォホールのイェレミアス王子を見る目は若干の湿度を孕んでいた。
 
(イェレミアス王子……こんな美しい青年に育っていたとはな)
 
 ワインで湿らせられたイェレミアスの口元に熱を持った視線がまとわりつく。
 
 このグリムランドは「戦士の国」である。自然と男社会となり、女性の地位は低い。それもあって王妃インシュラは男児のイェレミアスを生むまで非常に立場が低かったし、女騎士ギアンテも苦労をしてきたのだがまたそれは別の話。
 
 とにかく健康で強い男児が貴ばれるのだ。強い者が美しいとされ、故にこそ男同士の性交にもあまり抵抗がない。
 
 ウォホールはその気はあまりなかったが、それでも彼をうならせるほどにイェレミアスは妖艶な雰囲気を纏っていた。
 
(それに引き換え、従者の女騎士の貧相な事よ。確かギアンテとか言ったか)
 
 ウォホールの視線はイェレミアスのすぐ後ろに控えている褐色肌の女騎士に移った。少し首を捻る。直接かかわりはないが彼女の事は噂でも聞いているし、王宮で見かけたこともあった。
 
(あまりにも覇気がない。なんだか目の焦点も合っていないようだし、心ここにあらずといった感じだ。あれで護衛の務めが果たせるとは思えんな。所詮は肌の黒い出来損ないの人間か)
 
 以前とはあまりにも違う騎士の持つ雰囲気に戸惑いを覚えたものの、最終的には肌の色に起因する差別的評価に落ち着いた。
 
 とにもかくにも、この密会は成功であったと言えよう。
 
「当面は僕はガッツォ殿下を支持する側にまわるつもりです。最終的にはどうなるか分かりませんが、彼と僕は最終的に見ている景色は同じだと思いますから」
 
「そうですね、殿下。私は勿論殿下の支持に回りますが、そういう事ならガッツォ殿下も全力でサポートいたしましょう。ガッツォ殿下とは繋がりを持っていないんですが、そこは殿下のお力添えを頂けるという事でよろしいですかな?」
 
 劣情を隠し、あくまでもにこやかにウォホールは問いかける。ノーモル公の座はオーデン・オーガンはまだ息子に譲ってはいないが、実務面では大分彼に足を突っ込ませているところも多いようであった。まだまだ現役ではあるものの、次の世代を見据えた教育はしっかりとしてあるようだ。
 
 顔立ちは強面の父親とは違い、キシュクシュに似て人当たりがよくとっつきやすい。(彼女は性格は外見と真反対であったが)
 王子の事も気に入ったようであるし、いつでも次世代へバトンを渡せそうに見える。
 
「しかし、安心したぞ。殿下。以前のように腑抜けのままであれば付き合い方を考えるべきであったかもしれんが、王別の儀も突破し、こうして政治参加する野心も見せてくれた。何か吹っ切れましたかな」
 
 深酒は睡眠の質を妨げる。かといってお茶を飲むには遅い時間。食後のリラックスできるハーブティーで口を湿らせたノーモル公は顔合わせの密会を締める言葉を選び始めた。
 
「陛下はイェレミアス殿下をあまり愛しておられない様子。今回もイェレミアス殿下ではなくガッツォ殿下の支持にまわるとか。表向きガッツォ殿下の支持にまわっても我らはイェレミアス派。結束していきましょうぞ」
 
「……僕は、両親に愛されていますよ」
 
 ノーモル公の言葉に、急にイェレミアスの声色が変わったような気がした。まるで、花の蜜を吸うと思っていた蝶の、その尻に蜂のような毒針が備わっていたような。
 
 それまでは案山子のように突っ立っていただけのギアンテが初めて意識を取り戻したかの如く目の焦点を合わせた。
 
「これは失礼。王子が母上に大変愛されていることは知っていますよ。ただ、御父上はどうかな? 今回の王別の儀も、ガッツォ殿下やアシュベル殿下には許された帯剣が、イェレミアス殿下には許されなかったと聞く」
 
 それだけではない。騎士団を差し向けて王子を始末さえしようとした。が、それにはノーモル公も一枚噛んでいるどころか主犯であるので言えない。
 
「黙れ!!」
 
 イェレミアスはテーブルを拳で強く叩いて立ち上がった。使い終わった食器がカチャリと音を立てる。
 
「誰が何と言おうと、僕は両親に愛されていた!! その愛の形が人と違うだけだ! 分かったような口を利くな!!」
 
「殿下!!」
 
 額には血管が浮き上がり、目は瞳孔が開いている。
 
 とても瘴気の状態とは思えない。今にも飛び掛かりそうなほどに激昂したイェレミアスをギアンテが抱きしめて止めた。
 
「いいか! 誰にも僕の……」
「すいません、ノーモル公。殿下は体調がすぐれないようで」
 
 叫び声を止めないイェレミアスを力づくで止めるギアンテ。まるで喜劇コントでも見ているかのような極端な行動にノーモル公とウォーホルはただただ唖然としているだけである。
 
「い、いやすまない……こちらこそ、家族の話題のようなデリケートな話を出して相済まなかった」
 
「すみません、これで……」
 
 叫び声は止めたものの、まだ過呼吸のように息を荒くしているイェレミアスを引きずるようにエスコートして、ギアンテはその場を去ってゆく。
 
 ホストを怒鳴りつけることも無礼ならば、見送りをせぬホストも無礼。最後だけは全く異例の形でこの会談は幕を閉じることとなった。
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