リィングリーツの獣たちへ

月江堂

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森の用兵

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「イェレミアスが森に入りました。各班追走を開始します」
「よし、行け。確実に殺すんだ」

 イェレミアスが森の入り口に差し掛かったころ。彼の後ろ姿を見守っているのはギアンテ達だけではなかった。

 王国騎士団総長シッドルト・コルアーレ配下の騎士達、その数二十名ほど。

 騎士団は通常、それとわかる様に王城ではフルプレートアーマーかそれに準ずる既定の軽装甲鎧を着用しているが、彼らの今日の衣装はそれと一線を画している。

 金属製の鎧は身につけず、なめし皮で作られた鎧と、毛皮のマントを身に着け、長剣なども腰に提げず、唯一持っている金属製の物は腰布の裏側に隠すように持った刃渡り三十センチほどの短剣のみである。

 一見すれば王国の騎士、というよりはまさに蛮族といった感じであるし、実際それを狙っての「変装」なのだ。彼らが北の森の住人『コルピクラーニ』に変装する理由の第一にあるものはとにもかくにも先住民族であるコルピクラーニを刺激しないためである。

 おそらく平原で面と向かって戦えば王国騎士の方が強い。リィングリーツの森では鉄の原料となる鉄鉱石が取れず、彼らの鉄器は偶発的にグリム人と接触して手に入れたものを再加工して使っているのが現状。

 矢をも弾く金属鎧を身に着けているグリム人の騎士にコルピクラーニは敵わない。だが森の中では違う。

 地の利を得て神出鬼没に表れて波状攻撃を仕掛けてくるコルピクラーニ相手に、騎士団の男たちはほとんど手も足も出ずに死体の山を築くだけである。

 だからこそなるべく彼らを刺激しないように。身を潜めて息を潜めて。これはガッツォやアシュベル王子の時も同じであった。

 だが彼らの時と違うものもある。

 彼らがイェレミアス王子を見る目だ。

 ガッツォやアシュベルの時には基本的に彼らの任務は他の邪魔者や、手助けする者が現れない様にすること。そしていざとなれば王別の儀が続行不可能となった場合に彼らを救助することが目的であった。

 しかし今回は全くの逆である。

「素人ですな。イェレミアスは。追われてることに気付いてないのか、足跡も消してない。これならすぐに始末できますよ」

 メンバーの一人が地面を確認してから振り返ってこの作戦の隊長でもある騎士団総長コルアーレににやりと笑みを送った。

「一日は様子を見ろ、ヴァルフシュ。あまり森の入り口で始末すると面倒なことになりかねんからな。あくまでも自然に、だ」

 ヴァルフシュと呼ばれた老兵は片眉を上げて鼻で笑った。コルアーレの方が階級は上であるが、このヴァルフシュという男の方が騎士団の在籍は長く、また、王別の儀についても詳しい。

 そうしょっちゅうある儀式ではないので実際にを経験したことはないのだが、王別の儀が実際に「選別」として機能している、つまり不適格者を殺すための機能を有していることも知っていた。

「大将、あまり余裕を見せてるとイェレミアスにも準備する期間を与えることになるかもしれやせんぜ? ローク、あれを見せろ」

 そう言うと若い隊員が前に出て四本の小ぶりなナイフを見せた。

「これは?」

 その意図が読めないコルアーレは問いかける。相変わらずヴァルフシュは小ばかにしたような笑いを浮かべている。

「木のうろだとか枯葉の下だとか、そんなとこにあらかじめ誰かが隠してたナイフでさあ。あのガキがやったのか、それとも王妃様の仕業かわかりやせんが、なかなかに頭の切れる奴ですぜ? ただ、森については素人みたいな動きですがね」

 コルアーレはむう、と唸った。

 王別の儀の条件については事前に知らされていた。すなわち寸鉄を帯びることは許されず、鎖も着込むことは出来ない。防寒着となる衣服一式と水、それに少しの食糧だけが認められると。

 それを知らされてから王別の儀実施までの間にイェレミアス陣営があらかじめ森にナイフを隠していたという事である。

 ナイフは火おこしの器具と共に森の中では最も重要なサバイバルツールとなる。それを手に入れるための手段、予備の予備まで含めて四本も隠していたというのだ。

「他にもあるかもしれんな……」

「可能性としちゃそうですが、うちらはもう二週間も森を見張って、不正がないか監視してましたからね。もう無いと思いますぜ?」

 そう言って笑うヴァルフシュ。

 なるほどこれはコルアーレが侮られるのも仕方あるまい。戦いはとっくの昔に始まっていたのだ。コルアーレは隊員に対して事前の警備をするように指示はしていたが、細かい内容は任せっきりであった。

 イェレミアスが不正を行うならば森の中に人を潜ませてサポートをさせるのだろうと彼は考えていた。しかしまさかあくまでも独力で遂行することを前提に、極めて実用的なツールを事前準備しているなどという事は想定していなかった。

 それをヴァルフシュは見事に防いで見せたのだ。

「既に隊員を何名か、ナイフを隠してあった場所に潜ませて待ち伏せしてる。イェレミアスが暢気にナイフを取りにくれば、そいつと鉢合わせすることになるって寸法でさあ」

 またもコルアーレが唸る。正直に言えばこの老騎士、うだつの上がらない無能と彼は考えていたのだが、どうも認識を改めねばならないようであった。

 少なくともこの森の中の用兵では彼に一日の長があるのだ。

「まあ、ゆっくりと追い詰めていきやしょう。チャンスがあればどんなタイミングでも殺る。それでいいですね?」

 コルアーレには頷く事しかできなかった。
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