2 / 94
焼き払え
しおりを挟む
「うひ、こ、こんなに……!?」
袋の中でキラキラと輝く金貨にゲイヴと、後ろから覗き込む妻の顔が醜く照らし出され、野卑な笑みがこぼれる。
要は人身売買である。であるが、当然罪の意識などはない。良く言えば契約金。ただ、その入る先が本人ではなく親のフトコロというだけであり、古今東西行われ続けている事である。
「不服か?」
「いえいえ滅相も! ただ」
あまり感情を感じさせない女騎士の目つきと物言いにゲイヴは恐縮する。しかしここが勝負どころでもある。
「ただ、この子はうちの一人息子で跡取り。ここまで手塩にかけて育て上げた大切な一粒種……」
「これでどうだ」
くだらない寸劇が続くのだろうと見抜き、女騎士はもう一つ金子を突き出す。それを受け取るとゲイヴとその妻は素直に引き下がった。あまり値を吊り上げすぎると最悪切って捨てられるかもしれない。退き時を知らぬ阿呆ではない。
「分かっていると思うが、この事は他言無用。それも含めての金子二ツよ」
「へ、へい、もちろんで!」
「騎士様、一つお願いがあります」
自分の体が売買されているというのにおおよそ何の感慨もないという表情で事態を静観していたヤルノがようやく口を開いた。
如何にも聡明そうな外見の少年。女騎士はてっきり彼が自分の身柄を本人を通さずに売買することに文句を言うのか、そうでなければ自分が買われていった先で何をさせられるのか、それを問いただそうとしているのかと思ったが、しかし彼の口から出たのは思いもよらない言葉であった。
「私もこの家で、佳き両親に十五年の間育てられて愛着もあります。せめて別れの言葉を交わす時間を頂けないでしょうか」
思いもよらぬ感傷的な言葉。女騎士は一瞬面食らったが、しかし賢しそうに見えても十五の少年。親子の永遠の別れともなれば無理からぬこと。騎士はこれを快く受けた。
「いいだろう。村の入り口で待つ。どれほどかかる?」
「二時間ほど頂ければ」
いくらなんでも長い。
とは思ったがそこは口に出さず。女騎士は部下達を引き連れて大人しくゲイヴの家を出て行った。一瞬この隙に逃げるのかとも思ったが、少なくともそれでは親にはなんのうまみもないし、村の出入り口をふさぐだけに十分な人員を連れてきている。逃げられる恐れなどないのだ。
結局女騎士は部下を引き連れ、村の入り口まで戻ることにした。
しばらく待っているとヤルノは約束していた時間よりも少し早く村の入り口に現れ、女騎士は内心ほっと胸をなでおろす。
連れている騎士団は精鋭。よもやガキ一匹取り逃すことなどあるまいが、この夜闇の中人を探すのは骨が折れるからである。
「何も荷物はないのか」
親への挨拶だけで二時間もかかるとは思えない。てっきり自分の私物をまとめるのに時間がかかるのかとも思ったのだが、ヤルノは手ぶらであった。着替えすら持っていない。
「不要でしょう」
まるで自分が何のためにどこへ連れて行かれるのかが分かっているかのような口ぶり。よほど肝が据わっているのか、それともよほど阿呆なのか。
肝が据わっていると言えば女騎士はヤルノが自分達の集団に驚きの色すら見せなかったことも気になった。
彼女が連れている通称『蔦騎士団』、ヤルノの家に訊ねていったのは彼女を含めて三人だけだったが今彼女のいる村の入り口には二十人ほどが控えており、他にも全体を見渡せる、村を監視できる位置に十数名程が展開している。
全員が全身鎧を着ているわけではないが、これだけの騎士に囲まれてこの少年は威圧感を受けないのか。さらに言うなら、ただ一人の少年を迎えに来ただけでこの大人数は何事かと訝しがらないのか。
「馬車に乗っても?」
「あ、ああ。そうだな。馬車に乗って待っていろ。準備が出来たらすぐに私もゆく」
あれこれと考え事をしている女騎士にヤルノが行動を促す始末である。
華美な装飾の施されていない、騎士団が要人警護に使う、簡素で、しかし頑丈な馬車にヤルノを押し込むと女騎士は馬車の扉がしっかり締まっているのを確認し、部下に声をかける。
「異変はないか」
「順調にいきすぎて気味が悪いくらいです。隊長」
そう言って部下は村の方を見る。確かに気味が悪いほどに静かであるが、冬の日も落ちた寒村など、こんなものである。平常運転というものだ。
「……では、予定通り?」
「そうだな」
女騎士は肯定し、声を抑えて後ろの馬車に声が届かないように部下に語り掛ける。
「村を焼き払え。一人も生かして逃すな」
部下の騎士はちらりと村の方を見てから女騎士に何やら言いにくそうに話しかける。
「ああ……その」
困ったような表情。何やら奥歯にものが挟まったような物言いである。
「例えばですね。作戦中に金貨の入った袋がそこいらに落ちてたとして、それは拾っても?」
ずっと硬かった女騎士の表情からはじめて笑みがこぼれた。鼻で笑うような笑みであったが。
「フッ、こんな任務だ。あとから証拠が出ない範囲なら誰もとやかく言わないさ。村はくれてやる。好きにしろ」
「さっすがぁ、ギアンテ様は話が分かる」
女騎士ギアンテは指示だけしてすぐに馬車の方に戻って中に入った。ほとんど音もたてず、ゆっくりと馬車は走り出す。その姿を見送ってから、彼女の部下たちは毒づいた。
「フン、エルエト人の分際で、偉そうに」
「さっさと片づけるぞ。あの女の手柄になるのは癪だが」
この夜、グリムランド王国の版図から村が一つ消えた。
しかし、取るに足らない小さな村だったためか、それとも後に王宮に起こった大混乱のためか、この事件が人々の間で語られることはなかった。
袋の中でキラキラと輝く金貨にゲイヴと、後ろから覗き込む妻の顔が醜く照らし出され、野卑な笑みがこぼれる。
要は人身売買である。であるが、当然罪の意識などはない。良く言えば契約金。ただ、その入る先が本人ではなく親のフトコロというだけであり、古今東西行われ続けている事である。
「不服か?」
「いえいえ滅相も! ただ」
あまり感情を感じさせない女騎士の目つきと物言いにゲイヴは恐縮する。しかしここが勝負どころでもある。
「ただ、この子はうちの一人息子で跡取り。ここまで手塩にかけて育て上げた大切な一粒種……」
「これでどうだ」
くだらない寸劇が続くのだろうと見抜き、女騎士はもう一つ金子を突き出す。それを受け取るとゲイヴとその妻は素直に引き下がった。あまり値を吊り上げすぎると最悪切って捨てられるかもしれない。退き時を知らぬ阿呆ではない。
「分かっていると思うが、この事は他言無用。それも含めての金子二ツよ」
「へ、へい、もちろんで!」
「騎士様、一つお願いがあります」
自分の体が売買されているというのにおおよそ何の感慨もないという表情で事態を静観していたヤルノがようやく口を開いた。
如何にも聡明そうな外見の少年。女騎士はてっきり彼が自分の身柄を本人を通さずに売買することに文句を言うのか、そうでなければ自分が買われていった先で何をさせられるのか、それを問いただそうとしているのかと思ったが、しかし彼の口から出たのは思いもよらない言葉であった。
「私もこの家で、佳き両親に十五年の間育てられて愛着もあります。せめて別れの言葉を交わす時間を頂けないでしょうか」
思いもよらぬ感傷的な言葉。女騎士は一瞬面食らったが、しかし賢しそうに見えても十五の少年。親子の永遠の別れともなれば無理からぬこと。騎士はこれを快く受けた。
「いいだろう。村の入り口で待つ。どれほどかかる?」
「二時間ほど頂ければ」
いくらなんでも長い。
とは思ったがそこは口に出さず。女騎士は部下達を引き連れて大人しくゲイヴの家を出て行った。一瞬この隙に逃げるのかとも思ったが、少なくともそれでは親にはなんのうまみもないし、村の出入り口をふさぐだけに十分な人員を連れてきている。逃げられる恐れなどないのだ。
結局女騎士は部下を引き連れ、村の入り口まで戻ることにした。
しばらく待っているとヤルノは約束していた時間よりも少し早く村の入り口に現れ、女騎士は内心ほっと胸をなでおろす。
連れている騎士団は精鋭。よもやガキ一匹取り逃すことなどあるまいが、この夜闇の中人を探すのは骨が折れるからである。
「何も荷物はないのか」
親への挨拶だけで二時間もかかるとは思えない。てっきり自分の私物をまとめるのに時間がかかるのかとも思ったのだが、ヤルノは手ぶらであった。着替えすら持っていない。
「不要でしょう」
まるで自分が何のためにどこへ連れて行かれるのかが分かっているかのような口ぶり。よほど肝が据わっているのか、それともよほど阿呆なのか。
肝が据わっていると言えば女騎士はヤルノが自分達の集団に驚きの色すら見せなかったことも気になった。
彼女が連れている通称『蔦騎士団』、ヤルノの家に訊ねていったのは彼女を含めて三人だけだったが今彼女のいる村の入り口には二十人ほどが控えており、他にも全体を見渡せる、村を監視できる位置に十数名程が展開している。
全員が全身鎧を着ているわけではないが、これだけの騎士に囲まれてこの少年は威圧感を受けないのか。さらに言うなら、ただ一人の少年を迎えに来ただけでこの大人数は何事かと訝しがらないのか。
「馬車に乗っても?」
「あ、ああ。そうだな。馬車に乗って待っていろ。準備が出来たらすぐに私もゆく」
あれこれと考え事をしている女騎士にヤルノが行動を促す始末である。
華美な装飾の施されていない、騎士団が要人警護に使う、簡素で、しかし頑丈な馬車にヤルノを押し込むと女騎士は馬車の扉がしっかり締まっているのを確認し、部下に声をかける。
「異変はないか」
「順調にいきすぎて気味が悪いくらいです。隊長」
そう言って部下は村の方を見る。確かに気味が悪いほどに静かであるが、冬の日も落ちた寒村など、こんなものである。平常運転というものだ。
「……では、予定通り?」
「そうだな」
女騎士は肯定し、声を抑えて後ろの馬車に声が届かないように部下に語り掛ける。
「村を焼き払え。一人も生かして逃すな」
部下の騎士はちらりと村の方を見てから女騎士に何やら言いにくそうに話しかける。
「ああ……その」
困ったような表情。何やら奥歯にものが挟まったような物言いである。
「例えばですね。作戦中に金貨の入った袋がそこいらに落ちてたとして、それは拾っても?」
ずっと硬かった女騎士の表情からはじめて笑みがこぼれた。鼻で笑うような笑みであったが。
「フッ、こんな任務だ。あとから証拠が出ない範囲なら誰もとやかく言わないさ。村はくれてやる。好きにしろ」
「さっすがぁ、ギアンテ様は話が分かる」
女騎士ギアンテは指示だけしてすぐに馬車の方に戻って中に入った。ほとんど音もたてず、ゆっくりと馬車は走り出す。その姿を見送ってから、彼女の部下たちは毒づいた。
「フン、エルエト人の分際で、偉そうに」
「さっさと片づけるぞ。あの女の手柄になるのは癪だが」
この夜、グリムランド王国の版図から村が一つ消えた。
しかし、取るに足らない小さな村だったためか、それとも後に王宮に起こった大混乱のためか、この事件が人々の間で語られることはなかった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
魔がさした? 私も魔をさしますのでよろしく。
ユユ
恋愛
幼い頃から築いてきた彼との関係は
愛だと思っていた。
何度も“好き”と言われ
次第に心を寄せるようになった。
だけど 彼の浮気を知ってしまった。
私の頭の中にあった愛の城は
完全に崩壊した。
彼の口にする“愛”は偽物だった。
* 作り話です
* 短編で終わらせたいです
* 暇つぶしにどうぞ
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
乙女ゲームやったことないのに悪役令嬢だそうでスルーした所
宝子
ファンタジー
大学の入学式の帰り、米田菜月は友人の山口彩芽とだべっていたところバスに突っ込まれて異世界転生する。
菜月はそこで乙女ゲームの悪役令嬢オリヴィアとなってしまうが、本人は「ゲーム? スマホの落ちゲーならやったことありますが……そんなことより鯖缶喰いたい」
逆に友人の彩芽の方が入学式の最中にネット小説で悪役令嬢ものばかり読みあさるような強者だった。しかし、彩芽は悪役令嬢オリヴィアの「お取り巻き」で「血縁」のアメリア。で正式なエンディングでは親子共々破産して首つりするというコース。
当然、主人公オリヴィアのへっぽこ具合をたたき直してステータス上げに励むアメリア(彩芽)。どこまでもマイペースなアホ具合をいかんなく発揮するオリヴィア(菜月)。
それに取り囲まれる愉快な仲間達。さあ、凸凹コンビの明日はどっちだ!?
※ 作中にざまぁ展開を否定する描写がありますが、宝子はざまぁ展開の物語も結構読みます。作品(キャラ)=作者という訳ではないことをご留意下さい。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体などとは何の関係もありません。
有栖と奉日本『デスペラードをよろしく』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第十話。
『デスペラード』を手に入れたユースティティアは天使との対決に備えて策を考え、準備を整えていく。
一方で、天使もユースティティアを迎え撃ち、目的を果たそうとしていた。
平等に進む時間
確実に進む時間
そして、決戦のときが訪れる。
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(X:@studio_lid)
異世界でゆるゆる生活を満喫す
葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。
もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。
家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。
ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。
転移先は薬師が少ない世界でした
饕餮
ファンタジー
★この作品は書籍化及びコミカライズしています。
神様のせいでこの世界に落ちてきてしまった私は、いろいろと話し合ったりしてこの世界に馴染むような格好と知識を授かり、危ないからと神様が目的地の手前まで送ってくれた。
職業は【薬師】。私がハーブなどの知識が多少あったことと、その世界と地球の名前が一緒だったこと、もともと数が少ないことから、職業は【薬師】にしてくれたらしい。
神様にもらったものを握り締め、ドキドキしながらも国境を無事に越え、街でひと悶着あったから買い物だけしてその街を出た。
街道を歩いている途中で、魔神族が治める国の王都に帰るという魔神族の騎士と出会い、それが縁で、王都に住むようになる。
薬を作ったり、ダンジョンに潜ったり、トラブルに巻き込まれたり、冒険者と仲良くなったりしながら、秘密があってそれを話せないヒロインと、ヒロインに一目惚れした騎士の恋愛話がたまーに入る、転移(転生)したヒロインのお話。
神様、幸運なのはこんなにも素晴らしい事だったのですねぇ!
ジョウ シマムラ
ファンタジー
よくある転生物です。テンプレ大好物な作者です。
不運なアラフォーのオッサンが、転生により、幸運を掴み人生をやり直ししていきます。
初投稿なので、ひたすら駄文ですが、なま暖かく見守って下さい。
各話大体2500~3000文字に収めたいですが、表現力の無さ故に自信ないです。只今、水曜日と日曜日の更新となっております。
R15指定、本作品には戦闘場面などで暴力または残酷なシーンが出てきますので、苦手な方はご注意下さい。
また、チートなどがお嫌いな方は読み飛ばして下さい。
最後に、作者はノミの心臓なので批判批評感想は受付けしていません。あしからずお願いします。
また、誤字の修正は随時やっております。急な変更がありましても、お見逃しください。 著者(拝)
名前が強いアテーシア
桃井すもも
恋愛
自邸の図書室で物語を読んでいたアテーシアは、至極納得がいってしまった。
道理で上手く行かなかった訳だ。仲良くなれなかった訳だ。
だって名前が強いもの。
アテーシア。これって神話に出てくる戦女神のアテーナだわ。
かち割られた父王の頭から甲冑纏って生まれ出た、女軍神アテーナだわ。
公爵令嬢アテーシアは、王国の王太子であるアンドリュー殿下の婚約者である。
十歳で婚約が結ばれて、二人は初見から上手く行かなかった。関係が発展せぬまま六年が経って、いよいよ二人は貴族学園に入学する。
アテーシアは思う。このまま進んで良いのだろうか。
女軍神の名を持つ名前が強いアテーシアの物語。
❇R15短編スタートです。長編なるかもしれません。R18なるかは微妙です。
❇登場人物のお名前が他作品とダダ被りしておりますが、皆様別人でございます。
❇相変わらずの100%妄想の産物です。史実とは異なっております。
❇外道要素を含みます。苦手な方はお逃げ下さい。
❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた妄想スイマーによる寝物語です。
疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。
❇座右の銘は「知らないことは書けない」「嘘をつくなら最後まで」。
❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく公開後から激しい微修正が入ります。
「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる