205 / 211
龍神祝詞
しおりを挟む
ぴちょん、ぴちょんと、水の滴る音がする。
「ぐ……」
ドラーガは目を覚まして重い体を持ち上げるように立ち上がる。
「ここは……?」
辺りは薄暗い鍾乳洞のようだ。水音は鍾乳石から垂れ落ちる水滴だろう。所々で石か苔か、緑色に発光しており、何とか視界を保っている。
おかしい。さっきまでは確かにガスタルデッロと対峙して迷宮にいたはず。それが何故鍾乳洞の中に……? と、思い至ったところで前方からゆっくりと足音が聞こえてきた。
「よかった、ドラーガさん、目が覚めたんですね」
「……?」
その足音は彼もよく知る人物、回復術師のマッピだった。視認できるほどの距離までくると、柔らかい笑みを浮かべて小走りに近づいてくる。
「あのあと、私達は光につつまれて……」
「第2宇宙速度神拳!!」(※)
※第2宇宙速度:惑星の重力圏を脱出する初速度。彼のいる星は地球ではないので当然数値は変わるが、約マッハ40である。
ドラーガの極超音速の正拳突きによりマッピは粉々となり、衝撃波が発生して周囲の鍾乳洞もやはり粉々に砕け散る。空には赤い雲が広がり、地獄の様な風景が見える。しかしなぜかドラーガの衣服や体は無事であった。
――――――――――――――――
「なに!?」
あれ? どういう事だろう? なんかガスタルデッロが驚いているけど……
私の目には彼が剣を天高く掲げて光が発生して……そのまま光が止んで何事もなく元の状態に戻っただけにしか見えなかったけど。なんだったのこれ? 対象をライトアップする魔法?
「ふっふっふ……」
不敵な笑みを浮かべるドラーガさん。一方ガスタルデッロの方は事態が呑み込めずに戸惑っているように見える。
「バカな……『ドミニオン』から一瞬で戻ってくるとは」
「あんな、まな板一枚で俺を止められるとでも思ったか?」
なんか知らないけどムカつくな。遠回しにディスられた気がする。
しかし相変わらずの余裕の笑みのドラーガさん。この表情の時の彼は安心感があるけど、でもガスタルデッロは剣を構えたまま。その剣で容易くドラーガさんの首を刎ねることも可能なんだ。大丈夫なんだろうか。
「ワイウードが助けようとした人間が愚かなまま進化しないのに怒るのはてめえの自由さ。だがな。今のてめえがやってることはただの腹立ちまぎれの八つ当たりだ」
「黙れ!!」
ガスタルデッロは再び剣を天高く掲げた。また何かやるつもりだ。
「怒りを他人にぶつけることの愚かさが分からねえてめえじゃねえだろ。自分でもそれが分かっててそんなことをいつまで続けるつもりだ?」
「黙らんか!! 貴様はこの世界に消し炭すら残らんようにしてくれる!!」
ガスタルデッロが叫ぶと再び剣が緑色に光り輝きだした。その異様な光景にグレーターデーモンも困惑の色を隠せない。一体何が起こるっていうの。
「高天原に坐し坐して 天と地に御働きを現し給う龍王よ」
これは……聞いたこともない呪文だ。いや、呪文か? まるで歌うような……
「万物を御支配あらせ給う王神なれば」
違う。これは呪文なんかじゃあない。祝詞だ。神に繋がる言葉。私達よりも遥かに高次元の何かと交信しようとしている。
緑色の発光は天高く舞い上り、まるでさっきまで会った天井が存在しないかのように見える。世界の境界さえも危うくなる。
「恐み 恐み 申す 穢れたるこの天地を……」
景色に、ひびが入る。しかしダンジョンの壁や天井、床にひびが入っているんじゃない。世界そのものにひびが入っているように見える。
空には、光の中に見たことも無い様な悪魔、化け物、そして蛇の様な姿の巨大な龍が姿を現している。天井も、空の高さも、全てを無視して無限に続いていくような異世界の存在。
なんとなくだけど私にも状況が呑み込めてきた。おそらくは上から下まですべての世界の次元を一気に繋いだんだ。
通常では見ることも識ることもできないような遥かな高次の存在も、邪悪な存在も、全てがここに繋がっている。遠くの風景には灰に包まれたカルゴシアの風景も見える。いつの間にかグレーターデーモン達は姿を消している。おそらくは元の次元の世界に還ったのだろう。
そして、おそらくガスタルデッロは……怒りのあまり、神の力を以てして、この世界を滅ぼそうとしているのでは……?
しかしその祝詞に割り込む声があった。
「自在自由に天界地界人界を治め給う 龍王神なるを尊み敬いて」
ドラーガさんが動いた。
両掌を合わせ、落ち着いた声でこちらも祝詞を唱える。
「真の六根一筋に御仕え申すことの由を受引き給いて
愚かなる心の数々を戒め給いて」
「グッ……」
ガスタルデッロの表情が苦悶に歪む。
よく分からないけど、ガスタルデッロの祝詞に対抗したドラーガさんの祝詞が効果を発揮しているのだろうか。何が起きているの?
「東風吹かば 向かう空には雲晴れん」
急に祝詞の内容が変わったように感じられた。
それと同時にガスタルデッロはハッとした表情で目を見開いてドラーガさんを見つめている。
「灰に塗れたる その胸も 永遠に枯れたるはずもなし」
「うぐ……なぜ、それを……」
とうとうガスタルデッロは剣を取り落とし、その膝を床についた。世界のひびは収まり、開いていた異次元世界のゲートは閉じて元のダンジョン内の景色に戻っている。
「濯ぐことこそ ゆくならん」
「ああ……ああああ……」
ガスタルデッロは両手で顔を覆って激しく慟哭をしている。
いつの間にか私達はダンジョンにもおらず、元のカルゴシアの町に戻っていた。
夜のように真っ暗な、灰で覆われた空。空を飛び交う噴石。
いったい何が起きたというのか。ドラーガさんの魔力は微々たるもののはずなのに、彼の魔法がガスタルデッロを打ち破った……のだろうか?
ドラーガさんはさらに呪文を続けた。
「祓い給え 清め給え」
そして最後に、両手を下ろして、笑顔で言った。
「とおかみ笑みため」
「ぐ……」
ドラーガは目を覚まして重い体を持ち上げるように立ち上がる。
「ここは……?」
辺りは薄暗い鍾乳洞のようだ。水音は鍾乳石から垂れ落ちる水滴だろう。所々で石か苔か、緑色に発光しており、何とか視界を保っている。
おかしい。さっきまでは確かにガスタルデッロと対峙して迷宮にいたはず。それが何故鍾乳洞の中に……? と、思い至ったところで前方からゆっくりと足音が聞こえてきた。
「よかった、ドラーガさん、目が覚めたんですね」
「……?」
その足音は彼もよく知る人物、回復術師のマッピだった。視認できるほどの距離までくると、柔らかい笑みを浮かべて小走りに近づいてくる。
「あのあと、私達は光につつまれて……」
「第2宇宙速度神拳!!」(※)
※第2宇宙速度:惑星の重力圏を脱出する初速度。彼のいる星は地球ではないので当然数値は変わるが、約マッハ40である。
ドラーガの極超音速の正拳突きによりマッピは粉々となり、衝撃波が発生して周囲の鍾乳洞もやはり粉々に砕け散る。空には赤い雲が広がり、地獄の様な風景が見える。しかしなぜかドラーガの衣服や体は無事であった。
――――――――――――――――
「なに!?」
あれ? どういう事だろう? なんかガスタルデッロが驚いているけど……
私の目には彼が剣を天高く掲げて光が発生して……そのまま光が止んで何事もなく元の状態に戻っただけにしか見えなかったけど。なんだったのこれ? 対象をライトアップする魔法?
「ふっふっふ……」
不敵な笑みを浮かべるドラーガさん。一方ガスタルデッロの方は事態が呑み込めずに戸惑っているように見える。
「バカな……『ドミニオン』から一瞬で戻ってくるとは」
「あんな、まな板一枚で俺を止められるとでも思ったか?」
なんか知らないけどムカつくな。遠回しにディスられた気がする。
しかし相変わらずの余裕の笑みのドラーガさん。この表情の時の彼は安心感があるけど、でもガスタルデッロは剣を構えたまま。その剣で容易くドラーガさんの首を刎ねることも可能なんだ。大丈夫なんだろうか。
「ワイウードが助けようとした人間が愚かなまま進化しないのに怒るのはてめえの自由さ。だがな。今のてめえがやってることはただの腹立ちまぎれの八つ当たりだ」
「黙れ!!」
ガスタルデッロは再び剣を天高く掲げた。また何かやるつもりだ。
「怒りを他人にぶつけることの愚かさが分からねえてめえじゃねえだろ。自分でもそれが分かっててそんなことをいつまで続けるつもりだ?」
「黙らんか!! 貴様はこの世界に消し炭すら残らんようにしてくれる!!」
ガスタルデッロが叫ぶと再び剣が緑色に光り輝きだした。その異様な光景にグレーターデーモンも困惑の色を隠せない。一体何が起こるっていうの。
「高天原に坐し坐して 天と地に御働きを現し給う龍王よ」
これは……聞いたこともない呪文だ。いや、呪文か? まるで歌うような……
「万物を御支配あらせ給う王神なれば」
違う。これは呪文なんかじゃあない。祝詞だ。神に繋がる言葉。私達よりも遥かに高次元の何かと交信しようとしている。
緑色の発光は天高く舞い上り、まるでさっきまで会った天井が存在しないかのように見える。世界の境界さえも危うくなる。
「恐み 恐み 申す 穢れたるこの天地を……」
景色に、ひびが入る。しかしダンジョンの壁や天井、床にひびが入っているんじゃない。世界そのものにひびが入っているように見える。
空には、光の中に見たことも無い様な悪魔、化け物、そして蛇の様な姿の巨大な龍が姿を現している。天井も、空の高さも、全てを無視して無限に続いていくような異世界の存在。
なんとなくだけど私にも状況が呑み込めてきた。おそらくは上から下まですべての世界の次元を一気に繋いだんだ。
通常では見ることも識ることもできないような遥かな高次の存在も、邪悪な存在も、全てがここに繋がっている。遠くの風景には灰に包まれたカルゴシアの風景も見える。いつの間にかグレーターデーモン達は姿を消している。おそらくは元の次元の世界に還ったのだろう。
そして、おそらくガスタルデッロは……怒りのあまり、神の力を以てして、この世界を滅ぼそうとしているのでは……?
しかしその祝詞に割り込む声があった。
「自在自由に天界地界人界を治め給う 龍王神なるを尊み敬いて」
ドラーガさんが動いた。
両掌を合わせ、落ち着いた声でこちらも祝詞を唱える。
「真の六根一筋に御仕え申すことの由を受引き給いて
愚かなる心の数々を戒め給いて」
「グッ……」
ガスタルデッロの表情が苦悶に歪む。
よく分からないけど、ガスタルデッロの祝詞に対抗したドラーガさんの祝詞が効果を発揮しているのだろうか。何が起きているの?
「東風吹かば 向かう空には雲晴れん」
急に祝詞の内容が変わったように感じられた。
それと同時にガスタルデッロはハッとした表情で目を見開いてドラーガさんを見つめている。
「灰に塗れたる その胸も 永遠に枯れたるはずもなし」
「うぐ……なぜ、それを……」
とうとうガスタルデッロは剣を取り落とし、その膝を床についた。世界のひびは収まり、開いていた異次元世界のゲートは閉じて元のダンジョン内の景色に戻っている。
「濯ぐことこそ ゆくならん」
「ああ……ああああ……」
ガスタルデッロは両手で顔を覆って激しく慟哭をしている。
いつの間にか私達はダンジョンにもおらず、元のカルゴシアの町に戻っていた。
夜のように真っ暗な、灰で覆われた空。空を飛び交う噴石。
いったい何が起きたというのか。ドラーガさんの魔力は微々たるもののはずなのに、彼の魔法がガスタルデッロを打ち破った……のだろうか?
ドラーガさんはさらに呪文を続けた。
「祓い給え 清め給え」
そして最後に、両手を下ろして、笑顔で言った。
「とおかみ笑みため」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
転生者、有名な辺境貴族の元に転生。筋肉こそ、力こそ正義な一家に生まれた良い意味な異端児……三世代ぶりに学園に放り込まれる。
Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった後、異世界に転生した高校生、鬼島迅。
そんな彼が生まれ落ちた家は、貴族。
しかし、その家の住人たちは国内でも随一、乱暴者というイメージが染みついている家。
世間のその様なイメージは……あながち間違ってはいない。
そんな一家でも、迅……イシュドはある意味で狂った存在。
そしてイシュドは先々代当主、イシュドにとってひい爺ちゃんにあたる人物に目を付けられ、立派な暴君戦士への道を歩み始める。
「イシュド、学園に通ってくれねぇか」
「へ?」
そんなある日、父親であるアルバから予想外の頼み事をされた。
※主人公は一先ず五十後半の話で暴れます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)
田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ?
コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。
(あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw)
台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。
読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。
(カクヨムにも投稿しております)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる