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決戦の場へ
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私はポーチに、アジトに置いてあった干し肉を袋に入れてから詰め、水を入れた竹筒も入れてから蓋を閉めた。
保存食まではいらなかったかもしれないけど、この先どうなるかは分からない。もしかしたら急に噴火が再開してそのまま避難することになるかもしれない。
まあ、どうせもうアジトにも人はいないので、保存食を持ち出したところで文句を言われる筋合いはないし。
……このアジトも、随分広くなっちゃったな。
一番多い時は、クラリスさんも含めて7人もの人がいて、部屋が足りないから私とイリスウーフさんは一緒のベッドで寝てたくらいなのに。
今はもう、三人しかいない。クオスさんはエルフの森に帰り、アンセさんもどこかへ消えていって、クラリスさんは行方不明。
それに、私ももうここには戻ってこないだろう。
生きていようが、死んでいようが。
「よし」
私は準備を終えてアジトの外に出た。武器になるものはせいぜいナイフくらいしかないけれど、これを使わないで済むことを祈りたい。
外は灰が降りしきる、一面グレーの世界。まるで世界から色彩が消え失せてしまったよう。
「マッピさん、どこへ行くつもりですか」
私に声をかけたのは、どうやら外で待っていたらしいイリスウーフさんだった。
どこへも何も、もちろん私はガスタルデッロの元へ向かうつもりだ。
戦って勝てる相手だとは思っていないけど、それでも何かせずにはいられない。
「ガスタルデッロの元へ向かうんなら、私も一緒に行きます」
最後に残った二人が、戦いを忌諱するドラゴニュートの姫と、戦う術を持たない回復術師だというのも、それはそれで皮肉が利いていて面白いじゃない。
「行きましょうか」
私はイリスウーフさんに声をかけ、二人並んで灰の町を歩きだす。不思議と恐怖心よりも晴れやかな気持ちの方がまさっていた。「気持ちが据わった」という奴だろうか。
「マッピさんは、この事態をどうやって解決するつもりなんですか?」
まあ、確かに彼女の言うとおりだ。私たち二人の目的は同じ。「ガスタルデッロを止めたい」とはいえ、その方法については何も打合せしたわけじゃない。
「説教ですよ、説教!」
私は努めて明るく言い放つ。
そうだ。あいつが何に絶望したのかなんて知らないけれど、それに関係のない市民を巻き込むのなんて間違ってる。
私がバシッと言ってやって、言いくるめてやる。この数ヶ月一番ドラーガさんの近くでその詐欺師のやり口を見てきたんだ。きっとできる。
「まあ、それでもだめなら、一発ビンタでもしてやりますよ。
ほら、よくあるじゃないですか。傲慢に振舞っていた悪漢が自分よりもはるかに小さい女の子にガツンとやられて、ハッとなって我に返るの。あれをキメてやりますよ」
イリスウーフさんは「ハハ……」と苦笑い。そりゃ私だって分かってますよ。無茶苦茶に楽観的が過ぎる妄想にも近いような作戦だって。
でも、正攻法で無理なら他に方法なんて無い。奴は本来の目的であるアカシックレコードを手に入れたはずなんだから、どうにか話し合いで解決できないもんなんだろうか。
「イリスウーフさんは?」
彼女はいったいどういう解決を思い描いているんだろう。きっと戦いを厭う彼女の事なんだろうから、話し合いでの解決を図ろうとするんだろうけれど。
「ガスタルデッロと兄様は、昵懇の間柄と聞いてます。奴が『絶望』したというんならそれはやはり兄様絡みの事だと思うんです。きっと、私の話ならば、彼も耳を傾けてくれるんじゃないかと……」
やっぱり話し合いでの解決を望んでいるんだ。喋りながらイリスウーフさんは自分の手に持った「魔笛野風」を眺める。爪の先が、ほんの少しだけ鋭い気がする。指先だけを竜化させている?
「そうして油断したところを、暗殺します」
マジ?
「兄様とガスタルデッロがホモ達関係だったなんて、私には受け入れられません。私の思い出の中の兄様を汚すというなら、いっその事……」
いや、その二人がホモっていうの完全に私達の言いがかりだからね? 誤解がないかな?
「そんなにお尻がうずくんなら望み通りケツの穴に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやりますよ」
キャラ崩壊してますよ?
「イリスウーフさんは……それでいいんですか?」
歩きながらも話を続ける。私達の向かう先は朝方、アルグスさんとガスタルデッロが戦っていた場所。まだそこにいるという確証は何もないけど、それでもほかに手掛かり難手ないから。
「あれほど暴力を嫌っていたのに、最後に頼るものがそれで、イリスウーフさんはいいんですか?」
それは彼女の根幹をなすもののであるように私には思えたから。三百年の眠りを経ても、それでも守り通したい「誇り」のようなものじゃなかったんだろうか。私が尋ねるとイリスウーフさんは少し顔を俯かせた。
「私もまだ……自分の中で確固たる答えがあるわけじゃないですけど……やっぱりドラーガさんの言う通り、昔の私は間違って……」
話してる途中、遠くで爆発音がして私は振り返った。どうやら、またムカフ島の噴火が始まったらしい。
私は火山の方を見ていたんだけど、しかしどうやらイリスウーフさんは違ったらしい。別の方向を見て硬直している。
「イリスウーフさん?」
「今、そこの塀の向こうに、確かにガスタルデッロが……」
遠くムカフ島からは地鳴りの音が聞こえる。しかし今はガスタルデッロだ。私とイリスウーフさんは急いで駆けて塀の向こう側に移動する。この辺りの建造物は大分火山の噴石にやられたようで高い遮蔽物はない。
だから、隠れていてもすぐに見つかるだろうと思っていたんだけど、しかし灰の向こう側にまわっても、ガスタルデッロの影も形もなかった。
「おかしい……確かにいたのに」
イリスウーフさんが呟く。あんな異様な風体の男を見間違うはずがない。彼女が「いた」と言ったなら、きっといたはずなんだ。
しかしやはりどこにも隠れているような気配はない。
「マッピさん危ない!!」
そう言ってイリスウーフさんは私に抱き着くように突進した。
私達が立っていた場所に人の頭ほどの巨大な噴石が落下する。
こんなもの喰らったら即死だ。私の回復魔法でも手の施しようがない。
見れば、ムカフ島山頂から昇る煙は一層激しくなり、山肌を灰色の「何か」がもくもくと滑り落ちてくる。
「まずい、火砕流が発生してる!」
軽石や灰から成る砕屑物と、火山ガスで構成される混相流(複数の相、この場合気体と個体からなる流体)で、その温度は数百度にもなると推測される。飲み込まれれば当然生きて抜け出ることなんてできない。あれがもしこのカルゴシアの町を襲ったら、それこそお終いだ。
でも、今はそれ以前に……
ズン、と大きな音を立てて私達の足元に落ちたのは拳よりもほんの少し大きいくらいの石だった。この程度の大きさでも十分人を一撃死させられる。
そんな噴石が、噴火と共に無数に、雨のように降り注いでいるのだ。
「と、とにかく、遮蔽物の陰に……」
二人で塀の陰に隠れようとしたが、もう遅かった。
塀に隠れたところで無駄。間違いなく塀ごと潰される。
私達の上に、人間ニ、三人分はある巨大な岩が降ってきたのだ。避けられない。その一瞬はやけに長く感じられ、そして私の視界は真っ暗になった。
保存食まではいらなかったかもしれないけど、この先どうなるかは分からない。もしかしたら急に噴火が再開してそのまま避難することになるかもしれない。
まあ、どうせもうアジトにも人はいないので、保存食を持ち出したところで文句を言われる筋合いはないし。
……このアジトも、随分広くなっちゃったな。
一番多い時は、クラリスさんも含めて7人もの人がいて、部屋が足りないから私とイリスウーフさんは一緒のベッドで寝てたくらいなのに。
今はもう、三人しかいない。クオスさんはエルフの森に帰り、アンセさんもどこかへ消えていって、クラリスさんは行方不明。
それに、私ももうここには戻ってこないだろう。
生きていようが、死んでいようが。
「よし」
私は準備を終えてアジトの外に出た。武器になるものはせいぜいナイフくらいしかないけれど、これを使わないで済むことを祈りたい。
外は灰が降りしきる、一面グレーの世界。まるで世界から色彩が消え失せてしまったよう。
「マッピさん、どこへ行くつもりですか」
私に声をかけたのは、どうやら外で待っていたらしいイリスウーフさんだった。
どこへも何も、もちろん私はガスタルデッロの元へ向かうつもりだ。
戦って勝てる相手だとは思っていないけど、それでも何かせずにはいられない。
「ガスタルデッロの元へ向かうんなら、私も一緒に行きます」
最後に残った二人が、戦いを忌諱するドラゴニュートの姫と、戦う術を持たない回復術師だというのも、それはそれで皮肉が利いていて面白いじゃない。
「行きましょうか」
私はイリスウーフさんに声をかけ、二人並んで灰の町を歩きだす。不思議と恐怖心よりも晴れやかな気持ちの方がまさっていた。「気持ちが据わった」という奴だろうか。
「マッピさんは、この事態をどうやって解決するつもりなんですか?」
まあ、確かに彼女の言うとおりだ。私たち二人の目的は同じ。「ガスタルデッロを止めたい」とはいえ、その方法については何も打合せしたわけじゃない。
「説教ですよ、説教!」
私は努めて明るく言い放つ。
そうだ。あいつが何に絶望したのかなんて知らないけれど、それに関係のない市民を巻き込むのなんて間違ってる。
私がバシッと言ってやって、言いくるめてやる。この数ヶ月一番ドラーガさんの近くでその詐欺師のやり口を見てきたんだ。きっとできる。
「まあ、それでもだめなら、一発ビンタでもしてやりますよ。
ほら、よくあるじゃないですか。傲慢に振舞っていた悪漢が自分よりもはるかに小さい女の子にガツンとやられて、ハッとなって我に返るの。あれをキメてやりますよ」
イリスウーフさんは「ハハ……」と苦笑い。そりゃ私だって分かってますよ。無茶苦茶に楽観的が過ぎる妄想にも近いような作戦だって。
でも、正攻法で無理なら他に方法なんて無い。奴は本来の目的であるアカシックレコードを手に入れたはずなんだから、どうにか話し合いで解決できないもんなんだろうか。
「イリスウーフさんは?」
彼女はいったいどういう解決を思い描いているんだろう。きっと戦いを厭う彼女の事なんだろうから、話し合いでの解決を図ろうとするんだろうけれど。
「ガスタルデッロと兄様は、昵懇の間柄と聞いてます。奴が『絶望』したというんならそれはやはり兄様絡みの事だと思うんです。きっと、私の話ならば、彼も耳を傾けてくれるんじゃないかと……」
やっぱり話し合いでの解決を望んでいるんだ。喋りながらイリスウーフさんは自分の手に持った「魔笛野風」を眺める。爪の先が、ほんの少しだけ鋭い気がする。指先だけを竜化させている?
「そうして油断したところを、暗殺します」
マジ?
「兄様とガスタルデッロがホモ達関係だったなんて、私には受け入れられません。私の思い出の中の兄様を汚すというなら、いっその事……」
いや、その二人がホモっていうの完全に私達の言いがかりだからね? 誤解がないかな?
「そんなにお尻がうずくんなら望み通りケツの穴に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやりますよ」
キャラ崩壊してますよ?
「イリスウーフさんは……それでいいんですか?」
歩きながらも話を続ける。私達の向かう先は朝方、アルグスさんとガスタルデッロが戦っていた場所。まだそこにいるという確証は何もないけど、それでもほかに手掛かり難手ないから。
「あれほど暴力を嫌っていたのに、最後に頼るものがそれで、イリスウーフさんはいいんですか?」
それは彼女の根幹をなすもののであるように私には思えたから。三百年の眠りを経ても、それでも守り通したい「誇り」のようなものじゃなかったんだろうか。私が尋ねるとイリスウーフさんは少し顔を俯かせた。
「私もまだ……自分の中で確固たる答えがあるわけじゃないですけど……やっぱりドラーガさんの言う通り、昔の私は間違って……」
話してる途中、遠くで爆発音がして私は振り返った。どうやら、またムカフ島の噴火が始まったらしい。
私は火山の方を見ていたんだけど、しかしどうやらイリスウーフさんは違ったらしい。別の方向を見て硬直している。
「イリスウーフさん?」
「今、そこの塀の向こうに、確かにガスタルデッロが……」
遠くムカフ島からは地鳴りの音が聞こえる。しかし今はガスタルデッロだ。私とイリスウーフさんは急いで駆けて塀の向こう側に移動する。この辺りの建造物は大分火山の噴石にやられたようで高い遮蔽物はない。
だから、隠れていてもすぐに見つかるだろうと思っていたんだけど、しかし灰の向こう側にまわっても、ガスタルデッロの影も形もなかった。
「おかしい……確かにいたのに」
イリスウーフさんが呟く。あんな異様な風体の男を見間違うはずがない。彼女が「いた」と言ったなら、きっといたはずなんだ。
しかしやはりどこにも隠れているような気配はない。
「マッピさん危ない!!」
そう言ってイリスウーフさんは私に抱き着くように突進した。
私達が立っていた場所に人の頭ほどの巨大な噴石が落下する。
こんなもの喰らったら即死だ。私の回復魔法でも手の施しようがない。
見れば、ムカフ島山頂から昇る煙は一層激しくなり、山肌を灰色の「何か」がもくもくと滑り落ちてくる。
「まずい、火砕流が発生してる!」
軽石や灰から成る砕屑物と、火山ガスで構成される混相流(複数の相、この場合気体と個体からなる流体)で、その温度は数百度にもなると推測される。飲み込まれれば当然生きて抜け出ることなんてできない。あれがもしこのカルゴシアの町を襲ったら、それこそお終いだ。
でも、今はそれ以前に……
ズン、と大きな音を立てて私達の足元に落ちたのは拳よりもほんの少し大きいくらいの石だった。この程度の大きさでも十分人を一撃死させられる。
そんな噴石が、噴火と共に無数に、雨のように降り注いでいるのだ。
「と、とにかく、遮蔽物の陰に……」
二人で塀の陰に隠れようとしたが、もう遅かった。
塀に隠れたところで無駄。間違いなく塀ごと潰される。
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