鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂

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野風

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「トルトゥーガ!!」
 
「そうはいかん!!」
 
 全身全霊を込めたアルグスのトルトゥーガの投擲。しかしガスタルデッロは刃渡り2メートルほどもある十字剣でそれをいなす。本来は両手で制御する巨大な剣を片手で操って。
 左手では何とかして逃げ出そうとするイリスウーフを後ろ手に拘束している。
 
 確かに投擲されたトルトゥーガの芯を外し、いなしたのだが、それでもびりびりとガスタルデッロの右腕が痺れる。
 
「なかなかやるな。人の身でありながらここまで道を究めるとは、大したものよ」
 
「両手で来い。イリスウーフの身柄を拘束しながら戦えるほど僕は甘くないぞ!!」
 
 事実ここまでの戦いはアルグスがガスタルデッロを押しているように見えた。
 
「そうはいかないな。先ほども言った通り彼女は『主賓』なのだ」
 
 ガスタルデッロはそう言うとイリスウーフの体を左腕で抱えると、巨体に見合わぬ軽い身のこなしで後ろにあった塀の上に飛び乗り、さらにそのすぐ横にあった民家の屋根の上に跳んだ。
 
 それでもトルトゥーガを投擲すれば届かない距離ではない。アルグスが身構えると、しかし黒い大きな影がそれを遮った。
 
「お命とりもす!!」
 
 ガスタルデッロにも見劣りしない巨体の騎士。その巨大で刃厚の両手剣が振り下ろされる。
 
「くっ!!」
 
 なんとかそれを盾で逸らし、アルグスは後ろに跳躍した。
 
「イザーク、相手をしてやれ」
 
 シーマン家最強の近衛騎士、アルキナリアの横に控えていて、ガスタルデッロに一撃で蹴り飛ばされた男である。
 
「チェストォッ!!」
 
 地を割るほどの大きな掛け声とともに横に構えた両手剣を全身全霊の力を以て叩き下ろす。「トンボの構え」から繰り出される一撃必殺の剣を盾で受けてアルグスは後ろに飛ばされた。
 
「『命を奪わぬように』などと言っていられるほどぬるい相手ではないぞ、アルグス」
 
 殺魔武士の攻撃の最大の特徴はその全身全霊をもって望む「一の太刀」ではあるものの、しかし当然ながらそれが全てではない。
 
 覚悟を決めたアルグスがトルトゥーガを投擲するが、しかしイザークは意外にも器用にこれを受け、いなして戦う。
 
 そして彼の周りでは冒険者と魔族の連合軍対騎士団の激しい戦闘が繰り広げられていた。
 
 血煙が舞い、矢が飛び交い、多くの人が倒れる。冒険者側には市民も助っ人に入り、投石などで応戦している。騎士団はモンスターも冒険者も市民も分け隔てなく、逆らう者にはすべて鉄槌を食らわせる。
 
「ガスタルデッロ! 兵を引け!! セゴーは倒したっていうのに、僕たちが戦う理由がどこにある!!」
 
「兵を退くのは貴様等だ。おとなしく抵抗をやめ、神妙にお縄につけ。暴動が収まり、抵抗をしなければ我らは無辜の市民を攻撃したりはせんぞ。多分」
 
 しかし容赦なく非武装の市民を攻撃する騎士団を前にして戦いを止められるはずもない。アルグス達のいる場所だけではない。町のあちこちで火の手はまだ上がり続け、悲鳴と、断末魔の声が響き渡る。町のいたるところで市民達と、騎士団が衝突しているのだ。市民たちは冒険者と魔族の助力を得て抵抗しているものの、それでようやく騎士団と互角。互いに多くの死傷者を出している
 
「何が目的なんだ、ガスタルデッロ!!」
 
「目的か……フッ」
 
 ガスタルデッロはアルグスの言葉に鼻で笑って答えない。代わりに暴力の炎に包まれる街の景色を満足そうに眺めるだけである。
 
「美しい景色だろう、イリスウーフ。もうじき朝日も昇り、雲が黄金色に輝く。町の炎の赤と朝日の金に彩られる街は見物みものだろうな」
 
「おぞましい……人と人とを殺し合わせて、何が楽しいんですか!!」
 
「楽しくはないが、しかし別段不快でもない」
 
 ガスタルデッロはぐい、と後ろ手に掴んでいるイリスウーフの腕をひねりあげて上を向かせる。
 
「だがどうやら貴公は不快なようだな」
 
「それが……」
 
 イリスウーフが何やら言おうとしたが、その言葉をガスタルデッロは遮る。
 
「不快なようであれば『止めて』も構わんぞ。『方法』があるのだろう」
 
「やはり、それが狙いですか」
 
 ガスタルデッロは捉えていたイリスウーフの手首を放し、彼女の拘束を解いた。イリスウーフは屋根の先、その先端まで歩いて町の景色を見渡す。
 
 死が溢れ、悲鳴と悲しみが噴き出す地獄のような光景。彼女はそれを見て瞳に涙を浮かべた。
 
「どうした? 三百年前を思い出したか?」
 
 ガスタルデッロの言葉に彼女はキッと睨みつけたが、しかし何も言葉を発さず、黙って自身の右手だけを竜化させた。鱗の生えた巨大な手。その指先はナイフのように鋭い爪が備えられている。
 
 イリスウーフは口を真一文字に結んで、強く歯を嚙み締め、そしてその鋭利な指先を自身の右太ももに突き刺した。
 
「クッ……」
 
 苦悶に漏れる声。しかしそれでも震えながら脚に差し込んだ指をゆっくりと引き上げる。
 
「ほう、そんなところに隠していたのか。肌身離さず持っているのだろうとは思っていたが……」
 
 やがてイリスウーフは痛みに声を上げながらも傷口から抉り出すように何か、黒い棒状のものを取り出した。
 
 長さはおよそ一尺ほど。血にまみれて色はよく分からないが、真っ黒い色の細長いそれには、緑色の小さな石がはめられている。
 
 はあはあと荒い息を吐きながらそれを取り出すと、イリスウーフは痛みのあまりその場にへたり込んでしまった。
 
 しかしガスタルデッロは彼女の容態を気にすることなく、その黒い筒をイリスウーフから取り上げた。
 
「ようやく見つけたぞ、これが『野風』だな。
 おそらくは言い伝えからも『剣』ではないだろうと思ってはいたが、『魔笛』とはな」
 
「か……返して」
 
 満足げに野風を眺めるガスタルデッロに、何とか両手で体を支えているイリスウーフが言葉をかける。
 
「それを、返して……争いを……収めなければ」
 
「ふふ、いいだろう」
 
 意外にもガスタルデッロはあっさりとその笛を彼女に手渡した。
 
 もはやそれがどこにあるのかは分かったのだから、奪うのはいつでもできるという事であろう。
 
「やってみろ。三百年前にカルゴシアの町を滅ぼした『野風の笛』の力を見せてみろ」
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