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えっちな雰囲気

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 ヴェリコイラは私の投げたスキットルを空中で噛み砕き、そして黄色い液体が辺りにバラまかれた。

 うわあ……私の聖水が……少なくとも色は浄化されてないなぁ。

 そして辺りにはなんとも言えないアンモニア臭が。おかしいな……確かに浄化したはずなんだけどなあ。匂いとか色って浄化されないんだろうか。

「ヴォフッ!! ブシュッ!! ブシュッ!!」

 ヴェリコイラは舌を出し、激しく左右に首を振りながら前足で自分の舌と鼻を引っ掻き、それと同時に何度も何度もくしゃみをする。

 ……なんかこのクソ犬、失礼じゃない?

 なんだろうなあ。こう……美少女の聖水なわけなんじゃんね? 出す所に出せば金貨一枚相当の価値のある物だと思うのよね、私。なんか聞いたことあるんだ。年頃の女の子の下着とか、買ってくれる廃品回収みたいな制度があるって……パパ活? とか、そんな名前だった気がする。

「なんか……様子がおかしいな。なんだこれ。俺が知ってる聖水の効果と全然違うんだが」

 知らないよ。そんなこと私に言われたって。

 ヴェリコイラは未だ身をよじって前足で鼻をもぐように擦っている。このワンちゃんあれじゃないかな? たまたま今日は体調が悪かったとか、元々なんかの病気だったとか、そういうアレじゃないのかな。

「よっぽど臭い聖水だったんだな」
「臭くないです」

 聞き捨てのならないセリフ。私はドラーガさんの手首を捻りあげる。

「ちょっ、イタ……なにすんの」

「撤回してください」

「いや、だって……どう考えても臭えだろ、この聖水。辺りにも匂いが充満してんだろ」

 何なのコイツ? 私の股間から放たれたお嬢様聖水を「臭い」だとか……不敬罪で訴えますよ?

「お前あの汚水いったいどこから調達したんだよ。控えめに言って地獄だろこの状況。こんなデカい犬の化け物が行動不能になるほど臭えんだぞ? この地獄水じごくすいはいったいどこから現れたんだよ? それとも聖水ってこういうもんなのか?」

 コノヤロウ、言うに事欠いて地獄水じごくすいだと? 私は手首を掴んだまま小外刈りでドラーガさんを仰向けに転ばす。

 そのまま彼の上にマウントポジションになって両膝で腕をホールドした。

「撤回してください」

「だから何をだよ! 臭いのは事実だろうが。この地獄水が!!」

「臭くないです」

「だから臭えってんだろうが!」

 仕方がない。

 結局人と人とは分かり合えないという事なのだろうか。

 「わかりあえない」のなら……

 「わからせる」しかない。

 私は彼に跨ったままゆっくりと自分のローブをめくりはじめる。

「いいですか、ドラーガさん? 私の聖水は臭くありません。仮に臭かったとしてもそれは魔よけの清めをしたことによって付与された『臭さ』です。ほら、ニンニクとかハーブとか、魔よけの効果のある物って匂いがあるでしょう」

「え? なに? お前の清めの呪文って元々臭くないものを臭くする効果があんの? なにそれ呪いじゃん。もはや聖水でも何でもねえよ。腐敗してんじゃん」

 それはそれでムカつくなあ~……こっちゃ通信教育で習った通りに清めの手順を実施したっていうのに、なんだか私の実力不足を指摘されてるみたいでムカつくわ。しかしまあ、それは置いておいて……

「とにかくですね。清めた後の聖水が仮に……仮に!  臭かったとしてもですね、元々の聖水は臭くなかったという事を知ってほしいんです」
「元々聖水なら清める必要ないだろうが」

 黙れ駄賢者め。とにかく、ドラーガさんに私の聖水を飲ませて……ん? あれ?

 半ばまでローブをめくりあげて私はピタリと動きを止めた。 

 ……さっき出したばっかだから出ないな。

 いや、というか。

 何しようとしてんだ私。あれ?

 ドラーガさんに跨ってローブをまくり上げようとして……おしっこを飲ませようと……?

 いやホントに何やってんの私!! これ普通に淫らな事じゃん!! 嫁入り前の乙女がやっていい事じゃないよ!! 嫁入り後でもやっちゃダメだよ!!

 というかもう冷静に考えてみたらあれだよ、自分のおしっこを聖水にするって時点で発想がすでにおかしいよ。人為らざる者のそれだよ!!

 私はバッとローブを下げて元の位置に戻す。

「な……なに? なんなの?」

 ドラーガさんは相変わらず「訳が分からない」といった表情。そんな顔してもダメですよ。何も分からないふりしてあわよくば私のおしっこを手に入れようと画策していたんでしょうけど、その手には乗りませんから。乙女の聖水なんて言うアーティファクトをあなたの手に渡すわけにはいきません。お前の目には何か凶悪な企みを感じる。

「ドラーガさんのえっち」

 私は急いでドラーガさんの上から降りて横を向く。ああもう、顔が熱いわ。この卑劣な詐欺師に乙女の純潔を奪われるところだった。

「……? まあいいや。それより」

 ドラーガさんは立ち上がって、私達がわちゃわちゃやっている間に動かなくなっていたヴェリコイラを見る。まだ何か呻きながら鼻を擦っている。本当に失礼な奴だな。

 ドラーガさんは息も絶え絶えのヴェリコイラに私が貸した杖で殴りつける。しかし杖は殆ど抵抗もなく、ずぶりとヴェリコイラの頭にめり込み、そして元々が液体だからか、少しして崩れた頭は元に戻った。

「聖水で弱っちゃいるが、普通にこれと戦うとなると相当骨が折れるぜ」

 うん。それに凄くデカい。こんなデカいのいったいどこにいたんだろう? もしかしてデュラエスがどこか異次元から召喚したとか?

「アニメーテッドではあるが、アンデッドとは少し違う。コイツは何から作られたと思う?」

「作られた? どっか異次元から呼び寄せたんじゃないんですか? 私達みたいに」

「忘れたのか? タンスじゃねえんだからそんなに簡単に出したり入れたりはできねえんだよ。コイツはデュラエスが今生み出した生き物だ」

 そうか、魔法陣を使ってしか行き来できないんだからそう簡単にタイミングよく異世界から呼び寄せるなんてことは出来ないのか。それにしても「生み出した」って? それがデュラエスの竜言語魔法なのかな?

「多分だが、こいつは玄室にいた火竜レッドドラゴンの血液から作り出したものだ。さらに言うなら、死体から『これ』を作れるなら、デュラエスがすぐに俺達を追わずに一旦別の道に行った理由も分かるってもんさ」

「ま、まさか……ここに来るまでに私達が斃したモンスターや無法者の死体からも同じようにヴェリコイラを?」

「『私達』っていうかお前が一人で殺ったんだけどな」

 そんなアホな。

 正直玄室までの道のりの事は興奮していたこともあってあんまり覚えてないけど、こんなか弱い乙女が倒せる相手なんてそうそういないと思うよ。

「お前が素材になる死体をたっぷり作りやがったからな。デュラエスは今にもそいつらをヴェリコイラにして戻り、俺達にけしかけてくるだろう」
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