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白い月は鳴り響き、血の猟犬は死して走る
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「ヴァルケア クウ ロイフアア ヴェリコイラ クオルッタ アヤー」
私は思わず壁から頭を引っ込める。
ヤバイ。なんか普通じゃない。
「ど、ドラーガさん、早く逃げよ……」
「待て、もう少し待て」
そう言ってドラーガさんは未だ壁の向こうに視線を送っている。
怖くないの? だって普通じゃないよ。デュラエスも尋常な雰囲気じゃないし、どこの言語かも分からない奇妙な呪文。手首から滴ったとは思えない異常な量の出血。そしてその血だまりから目を覚ます垂れ耳の大型犬、ブラッドハウンド。
私は怖くなって、動こうとしないドラーガさんの服の裾をぐいぐいと引っ張る。ああ、早く逃げたい。
「あれを俺達は倒さなきゃならん」
それは……それは確かに。
アルグスさんもアンセさんもいない。この異次元世界に仲間は二人だけ。私とドラーガさん。そして元の世界への魔法陣はおそらくデュラエスのいた部屋。奴らを倒さないとそこへはいけないだろう。
「倒すためのヒントが……少しでも欲しい」
それは分かるけども……でもやっぱり怖い。
べちょ、べちょりと水音がする。ヴェリコイラは上半身を血だまりから出し、完全に犬の姿を取って這い出てくる。
「まるで亡霊みたい……」
デュラエスもヴェリコイラも。生気が感じられない。
「白い月は鳴り響き、ヴェリコイラは死して走る……か」
「え?」
ドラーガさんが何か言ったが、それよりも私はヴェリコイラがふんふんと鼻を鳴らし始めたのが気になった。匂いを嗅いでいる。もしかして私達を追ってくるんだろうか。
と、思ったが、ヴェリコイラとデュラエスはそのままどこかへ歩いて行ってしまった。
「て、てっきりこっちに来るかと思ったのに……そういえばドラーガさん、白い月がどうのこうのってなんですか?」
ドラーガさんが呟いた言葉。その意味するところは何なのだろうか。
「奴が呟いてた呪文。あれは古いドラゴニュートが使っていた言葉だ。あれがどんな魔法か分かれば付け込む隙もあるだろうが、逆に分からなければ後手に回ることになる」
ずちゃ、ずちゃ……さっきの犬よりも大きな水音がどこからか聞こえてくる。これは……多分私達の逃げてきた玄室の方から? でも、あの部屋にはもう何もいなかったはずだと思うけど。
「ブフーッ……」
その姿を見て私とドラーガさんは目を剥いた。赤黒い、大きな犬の形をとった存在。ただし、さっきデュラエスの目の前で生まれた物とは比較にならない大きさ。体高は2メートル以上はある。大柄なんてレベルじゃない。異常な大きさの犬。
まあ、元々犬の形をしてるだけで、何か化け物なんだろうけど、それはともかく私はすぐにドラーガさんの手を引いて走り、逃げ出す。今度は流石にドラーガさんも一緒に逃げ出した。
「オン!」
水音と共に地響きまでが聞こえてくる。
あんな化け物がいったいどこにいたのか。玄室から奥には私達とデュラエスしかいなかったはず。
私達は石壁の崩れて割れ目になっているところに入り込む。この狭さなら奴は入ってこれない、と思ったけど、その先がない。思ったより広くなかった。せいぜいが3メートルほどですぐに中は行き止まりになっていた。
「オン! オン!」
巨大な犬が、大きな声で鳴きながら私達を引きずり出そうと前足を回廊の裂け目に入れてくる。あまり奥まで隠れる場所はなく、私たち二人はかろうじて爪を躱している状態だ。
足の遅いドラーガさんは私よりも後から割れ目に入ってきたので、さっきから犬の爪がかすっている。
赤く黒く、生臭い血の匂い。濁った眼も濡れた藁のような体毛も全て血のようだ。もしかするとアンデッドか何か? だったら私の聖魔法が効くかもしれないけど……
「おい! もっと奥まで詰めろ!」
ぐうぅ、押さないで! こう、密着してると、さっきの外でのことを思い出してしまう。ドラーガさん、急に女の子の頭を撫でたり抱きしめてみたり、そういうのなんとも思わずにできるの!? 大人ってそういうもんなの?
ほんの数十センチ前を巨大な犬の爪がよぎる。それもまた赤黒い色をしているが、ほんの少し光を反射して光っている。……そうだ、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
私はさっき思い浮かんだ考えを実行するために、魔力を体内で練り、右手を差し出して呪文の詠唱を始める。
「今こそその屍を地にゆだね、土は土に、灰は灰に、塵は塵に還すべし、リィンカーネイション!!」
「…………」
「オン!」
あれ、きかないぞ? やっぱりアンデッドじゃないの? 確かに私、方法としては知ってるけど実際にアンデッドに浄化魔法を使うのは初めてなんだけど、失敗した? いや、確かに魔力の奔流は感じたんだけど……
「マッピ……マッピ!!」
ヴェリコイラの鋭い爪を何とかいなしながらドラーガさんが呼びかける。
「これだけ巨大な体だ。もしかしたら浄化魔法の威力が足りねえのかも知れねえ」
そんな、だったらどうすれば? 私はあれ以上の魔力は出せないし、一応ドラーガさんも聖属性の魔法を使えるらしいけど、威力が大したことないってのは私も聞いてるし。
「お前、聖水を作れないか?」
……聖水?
― 聖水 〈アイテム〉 〈消耗品〉
― 宗教的な儀式によって清められた 霊性を帯びているとされ 尊重される水の事
― 魔に連なる邪悪なものを退け 不浄なものを浄化する作用がある
― アンデッドに対し特効をもつ
― もしくは女性の尿の事
…………
……実を言うと、つくり方は知っている。
「実体のない聖属性魔法よりも、その魔力を実体のある水にこめて聖水にして使った方がアンデッドへの効果は高い。今ここで聖水を作れれば、奴をどうにかできるかもしれん」
正直言ってつくり方は知っているけど、私は効果のほどまで詳しいところは知らなかった。別に聖水を作らなくても私は自分で聖句を唱えれば済む話だから。
でも、つくり方は知っているものの、ここでは作れない。
「ど、ドラーガさん、聖水の作り方は知っています。でも、作る材料がここには……」
そう、ここには聖水の元になる「水」がない。さらにそれを入れておく入れ物も。
「ボトルならここにある」
ドラーガさんが懐からブリキのスキットルを取り出した。よかった、これなら入れものも液体も……
「入れ物はこれを使え、中身は捨てるから!」
「あ!」
言うが早いかドラーガさんは蓋を開けて中身をその場に捨ててしまった。余計なことを……
私は思わず壁から頭を引っ込める。
ヤバイ。なんか普通じゃない。
「ど、ドラーガさん、早く逃げよ……」
「待て、もう少し待て」
そう言ってドラーガさんは未だ壁の向こうに視線を送っている。
怖くないの? だって普通じゃないよ。デュラエスも尋常な雰囲気じゃないし、どこの言語かも分からない奇妙な呪文。手首から滴ったとは思えない異常な量の出血。そしてその血だまりから目を覚ます垂れ耳の大型犬、ブラッドハウンド。
私は怖くなって、動こうとしないドラーガさんの服の裾をぐいぐいと引っ張る。ああ、早く逃げたい。
「あれを俺達は倒さなきゃならん」
それは……それは確かに。
アルグスさんもアンセさんもいない。この異次元世界に仲間は二人だけ。私とドラーガさん。そして元の世界への魔法陣はおそらくデュラエスのいた部屋。奴らを倒さないとそこへはいけないだろう。
「倒すためのヒントが……少しでも欲しい」
それは分かるけども……でもやっぱり怖い。
べちょ、べちょりと水音がする。ヴェリコイラは上半身を血だまりから出し、完全に犬の姿を取って這い出てくる。
「まるで亡霊みたい……」
デュラエスもヴェリコイラも。生気が感じられない。
「白い月は鳴り響き、ヴェリコイラは死して走る……か」
「え?」
ドラーガさんが何か言ったが、それよりも私はヴェリコイラがふんふんと鼻を鳴らし始めたのが気になった。匂いを嗅いでいる。もしかして私達を追ってくるんだろうか。
と、思ったが、ヴェリコイラとデュラエスはそのままどこかへ歩いて行ってしまった。
「て、てっきりこっちに来るかと思ったのに……そういえばドラーガさん、白い月がどうのこうのってなんですか?」
ドラーガさんが呟いた言葉。その意味するところは何なのだろうか。
「奴が呟いてた呪文。あれは古いドラゴニュートが使っていた言葉だ。あれがどんな魔法か分かれば付け込む隙もあるだろうが、逆に分からなければ後手に回ることになる」
ずちゃ、ずちゃ……さっきの犬よりも大きな水音がどこからか聞こえてくる。これは……多分私達の逃げてきた玄室の方から? でも、あの部屋にはもう何もいなかったはずだと思うけど。
「ブフーッ……」
その姿を見て私とドラーガさんは目を剥いた。赤黒い、大きな犬の形をとった存在。ただし、さっきデュラエスの目の前で生まれた物とは比較にならない大きさ。体高は2メートル以上はある。大柄なんてレベルじゃない。異常な大きさの犬。
まあ、元々犬の形をしてるだけで、何か化け物なんだろうけど、それはともかく私はすぐにドラーガさんの手を引いて走り、逃げ出す。今度は流石にドラーガさんも一緒に逃げ出した。
「オン!」
水音と共に地響きまでが聞こえてくる。
あんな化け物がいったいどこにいたのか。玄室から奥には私達とデュラエスしかいなかったはず。
私達は石壁の崩れて割れ目になっているところに入り込む。この狭さなら奴は入ってこれない、と思ったけど、その先がない。思ったより広くなかった。せいぜいが3メートルほどですぐに中は行き止まりになっていた。
「オン! オン!」
巨大な犬が、大きな声で鳴きながら私達を引きずり出そうと前足を回廊の裂け目に入れてくる。あまり奥まで隠れる場所はなく、私たち二人はかろうじて爪を躱している状態だ。
足の遅いドラーガさんは私よりも後から割れ目に入ってきたので、さっきから犬の爪がかすっている。
赤く黒く、生臭い血の匂い。濁った眼も濡れた藁のような体毛も全て血のようだ。もしかするとアンデッドか何か? だったら私の聖魔法が効くかもしれないけど……
「おい! もっと奥まで詰めろ!」
ぐうぅ、押さないで! こう、密着してると、さっきの外でのことを思い出してしまう。ドラーガさん、急に女の子の頭を撫でたり抱きしめてみたり、そういうのなんとも思わずにできるの!? 大人ってそういうもんなの?
ほんの数十センチ前を巨大な犬の爪がよぎる。それもまた赤黒い色をしているが、ほんの少し光を反射して光っている。……そうだ、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
私はさっき思い浮かんだ考えを実行するために、魔力を体内で練り、右手を差し出して呪文の詠唱を始める。
「今こそその屍を地にゆだね、土は土に、灰は灰に、塵は塵に還すべし、リィンカーネイション!!」
「…………」
「オン!」
あれ、きかないぞ? やっぱりアンデッドじゃないの? 確かに私、方法としては知ってるけど実際にアンデッドに浄化魔法を使うのは初めてなんだけど、失敗した? いや、確かに魔力の奔流は感じたんだけど……
「マッピ……マッピ!!」
ヴェリコイラの鋭い爪を何とかいなしながらドラーガさんが呼びかける。
「これだけ巨大な体だ。もしかしたら浄化魔法の威力が足りねえのかも知れねえ」
そんな、だったらどうすれば? 私はあれ以上の魔力は出せないし、一応ドラーガさんも聖属性の魔法を使えるらしいけど、威力が大したことないってのは私も聞いてるし。
「お前、聖水を作れないか?」
……聖水?
― 聖水 〈アイテム〉 〈消耗品〉
― 宗教的な儀式によって清められた 霊性を帯びているとされ 尊重される水の事
― 魔に連なる邪悪なものを退け 不浄なものを浄化する作用がある
― アンデッドに対し特効をもつ
― もしくは女性の尿の事
…………
……実を言うと、つくり方は知っている。
「実体のない聖属性魔法よりも、その魔力を実体のある水にこめて聖水にして使った方がアンデッドへの効果は高い。今ここで聖水を作れれば、奴をどうにかできるかもしれん」
正直言ってつくり方は知っているけど、私は効果のほどまで詳しいところは知らなかった。別に聖水を作らなくても私は自分で聖句を唱えれば済む話だから。
でも、つくり方は知っているものの、ここでは作れない。
「ど、ドラーガさん、聖水の作り方は知っています。でも、作る材料がここには……」
そう、ここには聖水の元になる「水」がない。さらにそれを入れておく入れ物も。
「ボトルならここにある」
ドラーガさんが懐からブリキのスキットルを取り出した。よかった、これなら入れものも液体も……
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