上 下
145 / 211

蘇り

しおりを挟む
 「可哀そうなレタッサ……親に愛されることも知らず生まれ、最後の希望だった私の剣となることも……阻まれるなんて。
 ……なんて可哀そうなの」


――――――――――――――――


 私は空を見上げる。

 イチェマルクさんは、霞となって消え去った。

 子供達を守り、最後には霞となって。跡形もなく。

「愚かな、男……」

 かすれて、今にも消え入りそうな声。その声の主であるティアグラを私は睨みつける。

「人を助け、自分が死んで……どうする。
 自分の生きる理由を他人に擦り付けるような奴らなんて好き勝手に使ってやれば……いいのに……」

 こいつには、おそらく何を言っても無駄なんだろう。

 力無く膝を地面につく私の視界に、水色の綺麗な布が入った。

「これは……イチェマルクさんの……」

 そう、元々はイリスウーフさんがドラーガさんに買ってもらったものだけど、彼が着ていたワンピースだ。

 三百年生きてきて、最後に残ったものが、たったこれだけなんて。

 目をつぶり、彼に思いを馳せる。

 初めて会った時も、それ以降も、彼に会う時はいつも酷い印象だったけれど、でも、彼は同じ七聖鍵でもティアグラみたいな悪魔とは違う。彼こそ本当の「聖者」だ。

 その命の全てを燃やし尽くし、子供達を守るために戦い、最後には消えてしまった。

「愛を返さない者に、愛情を注いで何になるっていうの……」

 まだ生きていたのか。

 私は、全ての力を使い果たし、もはや顔を起こすことすらできないティアグラに視線をやる。

「本当に愚かな男……私なら、あなたの愛に答えられたというのに」

 全く予想していなかった言葉だった。まさか、この女は、イチェマルクさんの事を?

「あなたも……そう思うでしょう? あの男は、一方通行の愛を注ぎ続けて、そうして最後には、自分の血肉までも振舞ってしまった……とんだ間抜けよ。
 死体の一つも残らない……もう誰も彼の事を思い出しもしないわ……」

「私はそうは思わない」

 私の口から出たのは、自分自身でも思いもよらないほどの強い言葉だった。

「あなたは『愛』というものを勘違いしている」

 もう言葉は止まらない。感情のままに、堰を切ったように溢れ出す。

「人を愛するっていう事は、見返りを求めてすることじゃない。絶対に。
 少なくともイチェマルクさんはそれを良く知っていて、実践していた」

 私はワンピースを抱きしめ、そしてティアグラを睨みつけながら話す。

「何故あなたがイチェマルクさんに愛されなかったのか分かる?」

「ロリコ……」

「あなたが愛というものを理解していなかったからよ!」

 それっきり、ティアグラが口を開くことはなかった。瓦礫の土煙を巻き上げる夜の風が吹く中、しばらく私は悲しみの中にふさぎ込んでいたように思う。

「終わったのか……」

 どのくらいの時間が経ったのか分からないが、ドラーガさんが私に声をかけた。

「イチェマルクは……?」

「う……くぅ……あああああ!」

 私は感情が押さえきれなくなって、思わずドラーガさんの胸に飛び込んで涙を流した。この男に弱みを見せるのは癪に障るけど、それでもどこかにこの感情をぶつけずにはいられなかったからだ。

「マッピ、あまりゆっくりもしてられねえぞ」

 そうだ。

 私達はティアグラから逃げて、とうとう戦闘の末にこれを撃破。これがどういう扱いになるか分からない。最悪の場合残った七聖鍵、デュラエスとガスタルデッロによって犯罪者に仕立て上げられるかもしれない。

 次の手を打たないといけない。私はドラーガさんから離れ、涙をぬぐった。

 イチェマルクさんだけじゃない、クオスさんも死んでしまったんだ。レタッサさんも行方不明。どんどん仲間が減っていく。私がしっかりしなきゃ……

私はゆっくりとクオスさんの亡骸の方に歩いていく。

 アンセさんとアルグスさんが暗い表情で彼女の遺体を見つめている。そこにはもう一人、自動人形オートマタのターニー君もいて、手のひらの上にクラリスさんを乗せている。

 今日ティアグラの屋敷に乗り込むことは知っていたはずだから、おそらくこの大騒動に異常を感じて来てくれたのだろう。

「み、みんな。聞いて欲しいことがある」

 クラリスさんが大きく声を張り上げて、叫ぶように言う。

「クオスを、生き返らせる」

 …………

 ……え?

 なんだって?

「クオスを生き返らせる」

 自分の中で確かめるように、クラリスさんは今度は落ち着いた態度でそう言った。

 いや、いやいやいやいや……え? 生き返らせられるの? ええええ……なんか、ティアグラ撃破の原動力的なものを覆されちゃったと言うか、アルグスさんのあの絶望は何だったの、というか……

「俺は反対だ」

 そうそう、そんなちゃぶ台返しするなんて……って、ええ!?

「反対ってどういうことですかドラーガさん!!」

 しかしドラーガさんは私の声には答えずに、そのままアルグスさんの方を見た。

「人間の生死はそんな簡単にひっくり返していいもんじゃねえ。
 ……お前はどう思うんだ? アルグス」

「いやいやいや、そうじゃないでしょドラーガさん!!」

 私はドラーガさんの両肩を掴んで自分の方に向けさせる。

「クオスさんが戻ってくるなら、なんでそれを拒否する理由があるって言うんですか!!」

 この男……まさかと思うけどクオスさんに掘られたくないだけなんじゃ……あ、でも今のクオスさんは女性の体なわけで……どういう理由で? 実はホモだった?

「お前、多分『生き返らせる』って事の意味が解ってねえな?」

 え、生き返るって……生き返るって事じゃないの?

「クラリス、こそこそ何やってやがる」

 ドラーガさんの言葉に私が振り返ると、クラリスさんはターニー君と一緒にクオスさんの遺体をひっくり返して、うつぶせにさせていた。

 クラリスさんはクオスさんの首のあたりに立っていて……何だろう、うなじの部分に手を当てて何かを確認している……うなじの部分……あそこにあるのは確か……そうだ、転生したなら竜の魔石が?

「さすがに頭の鈍いお前でも気づいたか? 『生き返らせる』ってのはつまり、『もう一度転生させる』ってことだぜ」

もう一度……別の人の死体を用意して……

「まず本人がそれを望むかどうかが分からねえ。そもそもそれをやってしまったがためにクオスは心を病んで、そこをティアグラに付け込まれた可能性が高い」

「で……でも」

 私は何とか反論を試みる。

「仲間を助けるのに理屈が必要だって言うんですか! 今とれる方法があるのにそれを使わないって言うんですか!! そもそも、確かに通常は転生をするために新鮮な死体が必要かもしれませんけど、今は私が回復させたクオスさん自身の無傷の死体があります。これを使えば誰も失わずにクオスさんを復活させられるんですよ!!」

「なるほど、特別扱いするって事だな」

 応えたドラーガさんの表情は、恐ろしく無表情だった。

「それを踏まえて聞くぜ、アルグス。お前はどう思う?」

「ぼ……」

 アルグスさんは、剣を杖代わりに地面に刺してようやく体を支え、落ちくぼんだ瞳で応える。今の彼の精神状態で、果たして冷静な判断ができるのだろうか。

「ぼくも……ドラーガの意見に賛成だ」

 そんな……

「さすがは『勇者』だ、アルグス」
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

導きの暗黒魔導師

根上真気
ファンタジー
【地道に3サイト計70000PV達成!】ブラック企業勤めに疲れ果て退職し、起業したはいいものの失敗。公園で一人絶望する主人公、須夜埼行路(スヤザキユキミチ)。そんな彼の前に謎の女が現れ「承諾」を求める。うっかりその言葉を口走った須夜崎は、突如謎の光に包まれ異世界に転移されてしまう。そして異世界で暗黒魔導師となった須夜埼行路。一体なぜ異世界に飛ばされたのか?元の世界には戻れるのか?暗黒魔導師とは?勇者とは?魔王とは?さらに世界を取り巻く底知れぬ陰謀......果たして彼を待つ運命や如何に!?壮大な異世界ファンタジーが今ここに幕を開ける! 本作品は、別世界を舞台にした、魔法や勇者や魔物が出てくる、長編異世界ファンタジーです。 是非とも、気長にお付き合いくだされば幸いです。 そして、読んでくださった方が少しでも楽しんでいただけたなら、作者として幸甚の極みです。

異世界転生? いいえ、チートスキルだけ貰ってVRMMOをやります!

リュース
ファンタジー
主人公の青年、藤堂飛鳥(とうどう・あすか)。 彼は、新発売のVRMMOを購入して帰る途中、事故に合ってしまう。 だがそれは神様のミスで、本来アスカは事故に遭うはずでは無かった。 神様は謝罪に、チートスキルを持っての異世界転生を進めて来たのだが・・・。 アスカはそんなことお構いなしに、VRMMO! これは、神様に貰ったチートスキルを活用して、VRMMO世界を楽しむ物語。 異世界云々が出てくるのは、殆ど最初だけです。 そちらがお望みの方には、満足していただけないかもしれません。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ
ファンタジー
その短い生涯を無価値と魔神に断じられた男、中島涼。 そんな男が転生したのは、剣と魔法の世界レムフィリア。 新しい職種は魔王。 業務内容は、勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事? 【アルファポリス様より書籍版1巻~10巻発売中です!】 新連載ウィルザード・サーガもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/novel/375139834/149126713

スライムと異世界冒険〜追い出されたが実は強かった

Miiya
ファンタジー
学校に一人で残ってた時、突然光りだし、目を開けたら、王宮にいた。どうやら異世界召喚されたらしい。けど鑑定結果で俺は『成長』 『テイム』しかなく、弱いと追い出されたが、実はこれが神クラスだった。そんな彼、多田真司が森で出会ったスライムと旅するお話。 *ちょっとネタばれ 水が大好きなスライム、シンジの世話好きなスライム、建築もしてしまうスライム、小さいけど鉱石仕分けたり探索もするスライム、寝るのが大好きな白いスライム等多種多様で個性的なスライム達も登場!! *11月にHOTランキング一位獲得しました。 *なるべく毎日投稿ですが日によって変わってきますのでご了承ください。一話2000~2500で投稿しています。 *パソコンからの投稿をメインに切り替えました。ですので字体が違ったり点が変わったりしてますがご了承ください。

料理の上手さを見込まれてモフモフ聖獣に育てられた俺は、剣も魔法も使えず、一人ではドラゴンくらいしか倒せないのに、聖女や剣聖たちから溺愛される

向原 行人
ファンタジー
母を早くに亡くし、男だらけの五人兄弟で家事の全てを任されていた長男の俺は、気付いたら異世界に転生していた。 アルフレッドという名の子供になっていたのだが、山奥に一人ぼっち。 普通に考えて、親に捨てられ死を待つだけという、とんでもないハードモード転生だったのだが、偶然通りかかった人の言葉を話す聖獣――白虎が現れ、俺を育ててくれた。 白虎は食べ物の獲り方を教えてくれたので、俺は前世で培った家事の腕を振るい、調理という形で恩を返す。 そんな毎日が十数年続き、俺がもうすぐ十六歳になるという所で、白虎からそろそろ人間の社会で生きる様にと言われてしまった。 剣も魔法も使えない俺は、少しだけ使える聖獣の力と家事能力しか取り柄が無いので、とりあえず異世界の定番である冒険者を目指す事に。 だが、この世界では職業学校を卒業しないと冒険者になれないのだとか。 おまけに聖獣の力を人前で使うと、恐れられて嫌われる……と。 俺は聖獣の力を使わずに、冒険者となる事が出来るのだろうか。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

処理中です...