142 / 211
スナップドラゴン
しおりを挟む
「く……いったい、何が……」
どうやらティアグラは気を失っていたらしい。
幸いにしてトルトゥーガの直撃は免れたものの、しかし彼女は自分の体ががれきの下敷きになって身動きが取れないことに気付いた。
「くそっ、なんてこと! 無茶苦茶するわねあの男……」
掌で瓦礫を押しのけようとするが、しかしそんな事では当然瓦礫は動かない。ティアグラは頭を左右に振り、辺りに味方がいないのかを確認する。確か近くには自分の配下の衛兵が何人もいたはずである。
しかし大声で仲間を呼べばあの狂戦士にも居場所がバレてしまう。
そんな時、一人の女性がティアグラの視界に入った。
「レタッサ――!!」
――――――――――――――――
「そこまでだ、アルグス」
荒れ狂う狂戦士の肩が背後から叩かれる。
その刹那、振り向きざまにアルグスは右腕でその人物を払いのけようとするが、一瞬霧のように姿が歪んだかと思うと、半歩分だけ下がって裏拳を避けた。
「イチェマルク……何なんだその服装」
それだけ呟くとアルグスは疲労のあまりその場に膝をつく。制御を失ったトルトゥーガががらんがらんと音を立てて転がる。
「ああ……僕は……僕はなんてダメな奴なんだ。仲間の一人も守ることができなくて、何が勇者だ!!」
体の動きを止めたことで不安な、自分を責める気持ちが噴出してしまったのだ。両手を地面について涙を流す。幼子のようなその姿に、町を救った英雄の面影はない。
「左腕を怪我しているな……仲間の元に戻って手当てをしてもらうんだ。ティアグラは強い。倒すんなら万全の構えを取らなきゃならない。アルマー!」
イチェマルクがアルマーを呼ぶと彼はすぐに現れ、立ち上がることもできなくなっていたアルグスに肩を貸し、マッピ達のいる方に歩いて行った。
「……ティアグラは、どこへ行った? レタッサは転生先として確保していると聞いたが、こんな状況になって気が変わるかもしれん。
奴があの技を使ったら、俺達に勝ち目はない」
イチェマルクはゆっくりと辺りを見回す。確かに、アルグスは最初の一撃をティアグラを狙ってトルトゥーガを投擲したはず。で、あるならばそう遠くない位置に彼女はいるはずなのだ。
「これを機に奴を仕留めねば……」
――――――――――――――――
「よかった、レタッサ……生きていたのね」
聖女は、微笑んだ。
「ティアグラ様……ッ!!」
レタッサは瓦礫の崩落に自身も巻き込まれてけがを負っていたが、しかし動けないほどではない。一方のティアグラはどうやら瓦礫に体を挟まれてしまって身動きが取れないようである。
「大丈夫ですか、ティアグラ様」
「ええ、大丈夫よ。でも、自分の力だけでは脱出できそうにないわ……」
レタッサはすぐに駆け寄って瓦礫をどけようとするが、しかし如何に冒険者と言えども女一人の力でどかせられるような重量ではない。
彼女は辺りを見回す。
見える範囲には味方……ティアグラの私兵はいないようだ。彼らも瓦礫に巻き込まれたのか、それとももはやあの勇者アルグスに始末されてしまったのか……
破壊の音はどうやらやんだようであるが、しかしあれほどまでに怒り狂ったアルグスがそうそう簡単にティアグラの殺害を諦めるとは思えない。おそらくはこれ以上暴れれば死体の確認ができなくなると考えての事だろう、とレタッサは考える。
「ティアグラ! どこだ!!」
遠くで聞き覚えのある声が聞こえる。しかしアルグスの声ではない。
「……これは、イチェマルク様の声」
瓦礫の陰からこっそりと外を覗くと、ぴちぴちの丈の短いワンピースを着たイチェマルクが必死な顔で自分達を探している姿が目に入った。
「さっきよりも酷い格好になってる……あれならまだ全裸の方が」
「イチェマルクにも嫌われたものね……」
自嘲気味に笑うティアグラ。その悲しげな表情にレタッサは胸が締め付けられるようだった。彼女からしてみれば、物心ついた時から憧れ、尊敬していた、女神なのだ。それがパステルカラーのぴちぴちワンピースを着た仲間から命を狙われるような事態に陥っている。
イチェマルクから事のあらましを聞いてはいるものの、しかしそれを信じてしまっていいのか、という気持ちが日に日に強まっていっていたところへの、この騒乱である。
「レタッサ、いないのか!」
びくりと体を揺らす。
そうだ。
もう答えを引き延ばすことは出来ない。ここ数日、ティアグラとイチェマルクの間で揺れていた彼女の心……どちらを信じたらいいのか。それにももう答えを出すべき時が来ているのだ。
いつまでもモラトリアム期間は続かない。ティアグラを信じ、彼女を助けるのか、それともワンピースを信じてティアグラを殺すのか。
だがまだ揺れ動いている。あの賢者……ドラーガ・ノートはティアグラと同じSランクの冒険者だというのに仲間のためには土下座することも厭わなかった。本当は普段から土下座ばっかりしているのだが、もちろんレタッサはそんなことは知らない。
目の前にいるティアグラは、もしレタッサに危機が訪れたら、同じように身を挺して自分を守ってくれるのだろうか。
ひとつ、彼女の中にある考えが浮かんだ。
もし、イチェマルクの言うことが正しく、ティアグラが自分の事を転生先の素体にしようとしているのならば。
もしそうならば、瓦礫に挟まれて身動きの取れない絶望的な状況。
必ずや、本性を現すはずなのだ。後がないのだから。
敵に追い詰められ、イチェマルクとアルグスが瓦礫の向こうにいる。そんな状況であるならば、もしティアグラがあの賢者ドラーガの言ったように「悪魔」だったなら必ずや本性を現し、早く自分を助け出すように急かすはず。焦りを見せるはず。
もしティアグラがその「悪魔」の本性を見せたならば、自分は何の迷いもなくイチェマルクに助けを求めることができる。レタッサはそう考えだのだ。
「れ……レタッサ……」
苦しそうな声で、ティアグラが声を発した。
「逃げて……レタッサ」
頭の中にかかっていた靄が吹き飛ばされるような、そんな感覚があった。
自分はいったい何を迷っていたのか。
子が母を助けることなど当たり前の事ではないか。ましてや聖女を。
迷うことなどあろうはずがない。
彼女は腰に差していた剣を鞘ごと外し、瓦礫の隙間にかんで、てこの原理で必死で押し上げようとしながら答える。
「逃げません。この体も、魂も、全てティアグラ様のために使います! ティアグラ様に忠誠を誓います!!」
その瞬間、ティアグラの顔に笑みが宿った。
もはや、隠そうともしない邪悪な笑みが。
「契・約・成・立」
「……なにを?」
思わず聞き返すレタッサ。
ティアグラが何を言ったのか、全く理解が及ばなかった。ティアグラは小さな声で呪文を唱え始める。
「忌まわしき呪いに拠りて、汝が主がため、その身と魂を捧げよ、スナップドラゴン!!」
どうやらティアグラは気を失っていたらしい。
幸いにしてトルトゥーガの直撃は免れたものの、しかし彼女は自分の体ががれきの下敷きになって身動きが取れないことに気付いた。
「くそっ、なんてこと! 無茶苦茶するわねあの男……」
掌で瓦礫を押しのけようとするが、しかしそんな事では当然瓦礫は動かない。ティアグラは頭を左右に振り、辺りに味方がいないのかを確認する。確か近くには自分の配下の衛兵が何人もいたはずである。
しかし大声で仲間を呼べばあの狂戦士にも居場所がバレてしまう。
そんな時、一人の女性がティアグラの視界に入った。
「レタッサ――!!」
――――――――――――――――
「そこまでだ、アルグス」
荒れ狂う狂戦士の肩が背後から叩かれる。
その刹那、振り向きざまにアルグスは右腕でその人物を払いのけようとするが、一瞬霧のように姿が歪んだかと思うと、半歩分だけ下がって裏拳を避けた。
「イチェマルク……何なんだその服装」
それだけ呟くとアルグスは疲労のあまりその場に膝をつく。制御を失ったトルトゥーガががらんがらんと音を立てて転がる。
「ああ……僕は……僕はなんてダメな奴なんだ。仲間の一人も守ることができなくて、何が勇者だ!!」
体の動きを止めたことで不安な、自分を責める気持ちが噴出してしまったのだ。両手を地面について涙を流す。幼子のようなその姿に、町を救った英雄の面影はない。
「左腕を怪我しているな……仲間の元に戻って手当てをしてもらうんだ。ティアグラは強い。倒すんなら万全の構えを取らなきゃならない。アルマー!」
イチェマルクがアルマーを呼ぶと彼はすぐに現れ、立ち上がることもできなくなっていたアルグスに肩を貸し、マッピ達のいる方に歩いて行った。
「……ティアグラは、どこへ行った? レタッサは転生先として確保していると聞いたが、こんな状況になって気が変わるかもしれん。
奴があの技を使ったら、俺達に勝ち目はない」
イチェマルクはゆっくりと辺りを見回す。確かに、アルグスは最初の一撃をティアグラを狙ってトルトゥーガを投擲したはず。で、あるならばそう遠くない位置に彼女はいるはずなのだ。
「これを機に奴を仕留めねば……」
――――――――――――――――
「よかった、レタッサ……生きていたのね」
聖女は、微笑んだ。
「ティアグラ様……ッ!!」
レタッサは瓦礫の崩落に自身も巻き込まれてけがを負っていたが、しかし動けないほどではない。一方のティアグラはどうやら瓦礫に体を挟まれてしまって身動きが取れないようである。
「大丈夫ですか、ティアグラ様」
「ええ、大丈夫よ。でも、自分の力だけでは脱出できそうにないわ……」
レタッサはすぐに駆け寄って瓦礫をどけようとするが、しかし如何に冒険者と言えども女一人の力でどかせられるような重量ではない。
彼女は辺りを見回す。
見える範囲には味方……ティアグラの私兵はいないようだ。彼らも瓦礫に巻き込まれたのか、それとももはやあの勇者アルグスに始末されてしまったのか……
破壊の音はどうやらやんだようであるが、しかしあれほどまでに怒り狂ったアルグスがそうそう簡単にティアグラの殺害を諦めるとは思えない。おそらくはこれ以上暴れれば死体の確認ができなくなると考えての事だろう、とレタッサは考える。
「ティアグラ! どこだ!!」
遠くで聞き覚えのある声が聞こえる。しかしアルグスの声ではない。
「……これは、イチェマルク様の声」
瓦礫の陰からこっそりと外を覗くと、ぴちぴちの丈の短いワンピースを着たイチェマルクが必死な顔で自分達を探している姿が目に入った。
「さっきよりも酷い格好になってる……あれならまだ全裸の方が」
「イチェマルクにも嫌われたものね……」
自嘲気味に笑うティアグラ。その悲しげな表情にレタッサは胸が締め付けられるようだった。彼女からしてみれば、物心ついた時から憧れ、尊敬していた、女神なのだ。それがパステルカラーのぴちぴちワンピースを着た仲間から命を狙われるような事態に陥っている。
イチェマルクから事のあらましを聞いてはいるものの、しかしそれを信じてしまっていいのか、という気持ちが日に日に強まっていっていたところへの、この騒乱である。
「レタッサ、いないのか!」
びくりと体を揺らす。
そうだ。
もう答えを引き延ばすことは出来ない。ここ数日、ティアグラとイチェマルクの間で揺れていた彼女の心……どちらを信じたらいいのか。それにももう答えを出すべき時が来ているのだ。
いつまでもモラトリアム期間は続かない。ティアグラを信じ、彼女を助けるのか、それともワンピースを信じてティアグラを殺すのか。
だがまだ揺れ動いている。あの賢者……ドラーガ・ノートはティアグラと同じSランクの冒険者だというのに仲間のためには土下座することも厭わなかった。本当は普段から土下座ばっかりしているのだが、もちろんレタッサはそんなことは知らない。
目の前にいるティアグラは、もしレタッサに危機が訪れたら、同じように身を挺して自分を守ってくれるのだろうか。
ひとつ、彼女の中にある考えが浮かんだ。
もし、イチェマルクの言うことが正しく、ティアグラが自分の事を転生先の素体にしようとしているのならば。
もしそうならば、瓦礫に挟まれて身動きの取れない絶望的な状況。
必ずや、本性を現すはずなのだ。後がないのだから。
敵に追い詰められ、イチェマルクとアルグスが瓦礫の向こうにいる。そんな状況であるならば、もしティアグラがあの賢者ドラーガの言ったように「悪魔」だったなら必ずや本性を現し、早く自分を助け出すように急かすはず。焦りを見せるはず。
もしティアグラがその「悪魔」の本性を見せたならば、自分は何の迷いもなくイチェマルクに助けを求めることができる。レタッサはそう考えだのだ。
「れ……レタッサ……」
苦しそうな声で、ティアグラが声を発した。
「逃げて……レタッサ」
頭の中にかかっていた靄が吹き飛ばされるような、そんな感覚があった。
自分はいったい何を迷っていたのか。
子が母を助けることなど当たり前の事ではないか。ましてや聖女を。
迷うことなどあろうはずがない。
彼女は腰に差していた剣を鞘ごと外し、瓦礫の隙間にかんで、てこの原理で必死で押し上げようとしながら答える。
「逃げません。この体も、魂も、全てティアグラ様のために使います! ティアグラ様に忠誠を誓います!!」
その瞬間、ティアグラの顔に笑みが宿った。
もはや、隠そうともしない邪悪な笑みが。
「契・約・成・立」
「……なにを?」
思わず聞き返すレタッサ。
ティアグラが何を言ったのか、全く理解が及ばなかった。ティアグラは小さな声で呪文を唱え始める。
「忌まわしき呪いに拠りて、汝が主がため、その身と魂を捧げよ、スナップドラゴン!!」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる