上 下
110 / 211

首切りアーサー

しおりを挟む
「ふぅ……」

 お昼過ぎ、アジトに戻ってきた私はリビングのテーブルに突っ伏して脱力しているクオスさんに遭遇した。大分お疲れのようだ。

「私、忘れてたんですけどね……」

 クオスさんは私の存在に気付くと上半身をテーブルに乗っけたまま呟き始めた。

「そもそも人と話すの苦手でした」

 まあなんとなくは気付いてた。この人基本的に人との距離感がおかしいもん。

 クオスさんはアルグスさんの指示により市民の誤解を解いて回っている。

 市民の一番の関心事は三百年前の事件ではない。もちろんそこも気にはなっているのだが、一番の関心事はこの間のモンスターの襲撃。あれがイリスウーフによって引き起こされたものなのか、そしてそれはまた起こりうるのか。

 モンスターの軍団は瓦解し、そしてもう二度と町にまで押し寄せてくることはない。これは間違いない。なぜなら魔族のトップの首根っこを押さえているのは私達なのだから。

「みなさん私の話は聞いてくれるんですけど、『エルフってどこに住んでるの?』とか『付き合ってる人いるの?』とか、関係ない話ばっかり振ってきて……私にはドラーガさんという心に決めた人がいるのに」

 あ~ハイハイ、モテ自慢ですか。いっすね。クオスさんモテて。ちん〇んデカいっすけど。

「マッピさんは今何をしてるんですか?」

 ああ、やっぱりそこ聞くよね。

「ドラーガさんから特命任務を授かるなんて、羨ましい……」

 新しい観点だなあ……私はあの話し合いの後、アルグスさんから指示を受けたみんなと違ってドラーガさんから別に任務を受けていた。

 しかしその内容というのがなんとも……

「この、カルゴシアの町の、死刑執行人についてです」

「え!?」

 まあ……そりゃびっくりするよね。私もこれを申し付けられた時ドラーガさんの正気を疑ったもん。

 このカルゴシアでは死刑には斧を用いた断頭が行われる。大陸全土で見ればそこまでの大都市でもない事もあり、とある一族の当主、一人の男性がその全てを実行している。


 アーサー・エモン。通称”首切りアーサー”。


 表向きは刀鍛冶という事になっているが、実際にはこの町の死刑執行を一手に引き受ける男。寡黙で、何があろうとも決して揺るぐことのない強靭な精神から鋼のアーサーとも呼ばれることもある。

 この町で「鋼」の二つ名で知られるもう一人の人物がドラーガさんなので、なんともなぁ、という気持ちだ。

 カルゴシアの郊外の静かな住宅街に住んでおり、周辺の住民は彼の「本業」をみんな知っているが、しかし知っていても「知らない」事になっている。住民たちは「穢れ」と嫌い極力彼の一族と接することなく、存在するのに存在しないように振舞い、そして彼自身子供にすら自分の本当の仕事を伝えていないらしい。

「そ、その首切りアーサーの何を調べているんですか……?」

 額に汗を浮かべながらクオスさんが質問する。

「何をって……『何でも調べろ』と……」

 そう、何でもいいから調べろと言われているのだ。

 家族構成、住民との関係、生活態度、夫婦仲、子供から何と呼ばれてるか、から普段の食事内容まで分かる事は何でも調べろと言われた。特に「弱み」になるような情報があればなおいい、と。

「そ、それってまさか……」

 訝しげな表情でクオスさんが言葉に詰まった。まあね。分かるよ。

 もしイリスウーフさんが死罪という事になればおそらくその死刑執行もこの首切りアーサーが担当することになる。

 まさかとは思うけどドラーガさん、裁判で抵抗するのはすでに諦めて、首切り役人の弱みを握って死刑を執行させないようにしようとか考えてるんじゃ……

 イヤもうそれしか考えられない。正攻法で行くのは諦めて、もうドラーガさんはとことんゴネる気なんだ。ドラーガさんのはまだまだこれからも続くって事なんだ。

「でもそれ、既に死刑が決まった後でそんな『ゴネ』が通用するもんなんですか? せいぜい死刑を遅らせることになったとしても、イリスウーフさんが戻ってくることになんてならないんじゃ……」

 知らないよ! 私に聞かないでそんな事! ドラーガさんに聞いてよ!

「ただ、まあ……」

 クオスさんは少し考え込んでゆっくりと口を開く。

「ドラーガさんの駄々こねは、凄かったですよね……」

 思い出されるのはダンジョンでの事。ドラーガさんは「早く帰りたい」と駄々をこね、寝っ転がって抵抗した。……あれは凄かった。いい年こいた大人の所業とは思えなかった。

 ……まさかあれを衆目の下でやると? 絶対にやめて欲しい。あんなのと仲間だと思われたくない。恥ずかしすぎる。

 しかしドラーガさんがここにいない以上答えは出ない。そもそもあの人の考えを慮るなんてことは不可能だ。何か考えてるにしろ、何も考えてないにしろ。

 でも正直これ以上首切りアーサーの事を内偵するのはやめたい。いつか人通りの少ない路地裏で「何をこそこそと嗅ぎまわっていやがる」とか急に声をかけられて私が首を斬られるなんてことになりそうで。怖い。本当に怖い。

「はぁ~……」

 二人して大きなため息をつく。アジトを包む閉塞感。出口の見えない戦い。イリスウーフさんを助け出せる気がしない。こんな時にドラーガさんは一体何やっているんだ。まあどうせ大した事せずにブラブラしてるんだろうけど。

 そんな時だった。コンコン、とアジトのドアがノックされた。

 誰だろう。他のメンバーだったらわざわざノックなんかしないだろうし、七聖鍵絡みの人間だったらもっと横柄にやってきて、あんな控えめなノックはしない。

 私がドアを開けると、そこにいたのは金髪碧眼の美少年、クラリスさんの傍仕え、ターニー君がいた。

「あ、ターニー君、どうしたんですか? クラリス先生は一緒じゃないんですか?」

「あの……スコップを返しに……」

 そう言っておずおずと、洗われて綺麗になったスコップを差し出す。ああそうだ。なんかこの間魔族のブラックモアの話をしたら急にスコップを借りてクラリスさんとターニー君でどこかに出かけて行ったんだった。ブラックモアと七聖鍵のアルテグラが同一人物なのは知ってるんだけど、結局どういう人なのかは知らないんだよね。その人に何かあったのかな?

「いやまあ……大変でしたよ、色々と。あんなに深く埋めることないだろうに……」

 ターニー君が心底うんざりした表情で呟く。何を埋めたんだろう?

「クラリス先生はどうしたんですか? 一緒じゃないみたいですけど」

「クラリス様はいろいろと溜まっている仕事を屋敷で片づけています。いくら何でもそろそろ七聖鍵に対し居留守を使うのも無理になってきましたし……まあ、どちらにしろ『素体』がないので転生もできないし協力もできないって強弁し続けてますが」

 うん、とりあえず今のところクラリスさんが敵に回ることはなさそうだ。ほっと一安心。でも、だったらターニー君は何故ここへ? スコップ返すためだけに? そんなのいつでもよかったのに。どうせドラーガさんのだし。

 私がとりあえず立ち話も何なのでターニー君をリビングに招き入れてお茶を出すと、彼はお茶を飲むような仕草だけを見せて、そしてゆっくりと語りだす。

「今日来たのは他でもありません」

 なんだろう。こういう美少年の真剣な表情っていうのもいいな。

「恋愛相談にのってほしいんです」
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

異世界転生はうっかり神様のせい⁈

りょく
ファンタジー
引きこもりニート。享年30。 趣味は漫画とゲーム。 なにかと不幸体質。 スイーツ大好き。 なオタク女。 実は予定よりの早死は神様の所為であるようで… そんな訳あり人生を歩んだ人間の先は 異世界⁈ 魔法、魔物、妖精もふもふ何でもありな世界 中々なお家の次女に生まれたようです。 家族に愛され、見守られながら エアリア、異世界人生楽しみます‼︎

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

ゼロからはじめる島津大河誘致

郭隗の馬の骨
エッセイ・ノンフィクション
南九州の架空の自治体、宮之城市(みやのしろ)で島津義弘公を大河ドラマに誘致したいと願う一人の青年(ハンドルネーム 祭り之介)と東京の引きこもりの若者(ハンドルネーム コモロウ)横浜に住む壮年の男(ハンドルネーム フウイ)との会話や議論を通じて目標に向かって進んでいく物語。 千客万来、皆様も読んでネットの祭りに参加してみませんか。

処理中です...