上 下
108 / 211

両手に花

しおりを挟む
「とにかく、法的拘束力を持ったちゃんとした令状を持ってこい。じゃなきゃ俺達は絶対に動かん」

「きっ、貴様……こんなことをしてタダで済むと思っておるのか!?」

「見ろよ」

 怒りのあまり青筋を立てて口から泡を吹きながら怒鳴るデュラエス。しかしドラーガさんは彼の怒りを意に介することなく、両手を広げて見せた。

 辺りにいるのはなんとも言えない表情の市民達。その数二百余り。

「てめえが中途半端な仕事するから子分たちもがっかりだぜ? 皆口には出さないが思ってるぜ。『小娘一人引っ立てられないのか、七聖鍵って奴は。あと何回同じやり取りをすればいいんだ』ってな」

 むぅ。確かにそうだろう。前回は五十人、今回は二百人もの市民を引き連れてきておきながら前回も今回も「令状が無い」の一言で追い払われてるんだから。というか市民たちの冷たい視線が怖い。これまさか本当に暴動になったりしないだろうか。

 いや、今はそれよりもデュラエスへの落胆の気持ちの方が強いのかも。

「覚えていろ」

 デュラエスは月並みなセリフを吐いて一人、踵を返して帰っていった。あとに残されたのは私達メッツァトルと、行き場を無くした怒りを抱える市民達二百人。

「紙切れ一つ満足に用意できないのか! 七聖鍵はよ!! ガキの使いでももちっとマシな仕事するぜ!!」

 大声であざ笑うように話すドラーガさん。デュラエスと二百人の市民たちのヘイトを一身に受けてもこの人はどこ吹く風だ。

「さてと」

 そう言ってドラーガさんはイリスウーフさんに肘を差し出す。なにこれ? どっかの風習の挨拶? 肘をつき合わせるとか?

「飯でも食いに行こうぜ、イリスウーフ」

 イリスウーフさんはみるみるうちに顔を赤くし、しかし困惑しながらもドラーガさんの肘に腕を巻きつかせる。

 うそでしょ? この状況で腕組みして女性をエスコート? どこまで市民を挑発すれば気が済むのか。しかしこの挑発で怒りを隠さなかったのは市民じゃなくてこの人だった。

「ちょっと! この大食い女が無茶苦茶しないように私もついていきます!!」

 クオスさんが慌ててドラーガさんの反対側の腕に抱き着いた。

「ハハハ! 両手に花って奴だな!!」

 片方は花じゃなくて巨大な根っこですけどね。

「どけ! 低能ども! お前らもこんな無駄なことしてないで女でもひっかけた方がはるかに有意義だぜ!!」

 ドラーガさんは市民の海を真っ二つに割り、余裕の態度で見せつけるように美女二人(?)を引き連れて、高笑いしながら進んでいく。どんだけハート強いのこの人。

 話題の中心人物であるドラーガさんとイリスウーフさんが消えたことで市民達も流れ解散、三々五々に帰路へとついていく。前回同様朝っぱらから本当に心臓に悪い。

 しかしドラーガさんは二度までもあのデュラエスを。『七聖鍵の頭脳』と呼ばれるデュラエスを追い払ったのだ。これは大変なことやと思うよ。

「どう思う? アルグス。こんなことがいつまでも続くと思う?」

「時間稼ぎにしかならないな……」

 アンセさんの言葉にアルグスさんが答える。その通りだ。次はきっと本当に領主のサインが入った令状を持ってくる。そうすればもはやイリスウーフさんを守る手立てはないのだ。しかもデュラエスはすでに怒髪天。何が何でも令状を取ってくるだろう。

 もしかしてあれだけ挑発しまくったのはデュラエスや市民を怒らせて先に手を出させようとしての事だったんだろうか。だとしたら目論見は潰えたことになる。いらぬヘイトを買って、皆を怒らせただけ、悪手ということだ。

「とはいえ、時間稼ぎは僕にとっても重要だ。もうすぐ修理に出しているトルトゥーガも返ってくる」

 そう。アルグスさんのトルトゥーガは前回カルナ=カルアとの戦いで破損してしまい、現在なじみの工房で修理中だ。前のは自作らしいけど、今回はちゃんと工房で作ってもらっている特注品らしい。

「もしイリスウーフが連れ去られてしまってもこれだけの大騒ぎになれば裁判を経ずに身柄を好き勝手することは出来ない。ドラーガには期待できないが僕達だけで奴らが根拠にしている法律や、市民たちの反応を調べていこう。おそらくもうそんなに時間の余裕はないだろうけど」
 

―――――――――――――――


 それから四日の時が経った。

 ドラーガさんとイリスウーフさんを除く4人は情報収集に努め、不慮の事態を防ぐためイリスウーフさんは基本的にアジトから出ない。ドラーガさんは何をしてるかイマイチ分からない。もうええわあの男。

 しかし三百年前のイリスウーフさんが処刑された法律については殆どと言って分からなかった。せいぜいが、旧カルゴシアの町の崩壊後、当時のここいら一体の領主によって彼女が捕らえられ、そして町の大量死とイリスウーフさんの因果関係を見つけられなかったために急遽つくられたのが「人道に背いた罪」という事らしい、という事だった。

 なんともふわふわした罪状で、その名前からはどんな罪を犯したのかいまいちわからない。ホントにこんな罪状有効なの?

「ゴミみてえな意味不明なもんでも法律として明記されてる以上有効は有効なんだよ」

 とは、ドラーガさんの弁。どっちの味方なんだよあんたは。

 そして市民の反応の方。

 市民の包囲には私達も驚いたし、実際彼らの鬼気迫る態度も怖かったんだけど、正直言って今はもうだいぶ和らいできているというのが実情。

 しかしそれは三百年も昔の罪状で訴えられるイリスウーフさんに同情しての事ではない。モンスターの襲撃からすでに二週間近くたってももう魔族達に動きが無いことが第一の理由。

 そりゃそうだ。魔族の頭である四天王のヴァンフルフとビルギッタは私達が押さえてるんだから。そう言えばブラックモアって結局どこ行ったんだろう?

「わ、忘れてた。ご、ごめんみんな、すぐにターニーを呼んでくれる?」

 私がその話をするとクラリスさんが青い顔をしてすぐにターニーを呼びつけ、ドラーガさんのスコップを借りて二人でどこかへ消えていった。ターニーというのは元々彼女の傍仕えで自動人形オートマタの美少年だ。何だったんだろう。

 そして市民の悪感情が薄れてきている第二の理由、七聖鍵への不信感だ。

 なにしろデュラエスの扇動で二回もメッツァトルのアジトを取り囲んでおきながらドラーガさん一人に追い払われ、さらに言うならイリスウーフさんの所属するメッツァトルは魔族撃退の立役者、おまけに七聖鍵はその時町にいたにもかかわらず何もしてないときたもんだ。

 正直みんな気分が萎えちゃったらしい。

 とはいえ、いずれデュラエスはまた来る。

 しかも今度は完璧な令状を用意してだ。如何に市民の支持が得られなくとも、令状の効力は変わらない。

 出口が見つからず戦々恐々とする私達。

 対して相変わらずの余裕の態度のドラーガさん。この人根拠のある時もない時も余裕綽々だからなあ。

 そんな日の午後、アジトの扉がノックされた。

「来たか」

 扉を開けると、十数人の市民と、それを先導するデュラエス。右手には裁判所の令状。トップハットをくい、と上げ、鋭い眼光でドラーガさんを睨む。

「おうおう、そんな怖い顔しちゃって。どうした? 随分と取り巻きが減ってるじゃねえか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...