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片っ端から回復してやる
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テーブルに運ばれてきた五人分のカスタードプディング。それを悠々と口に運びながらイリスウーフさんが口を開く。
「ああ、なんというかこう……足が少しだるい気がしますね」
「揉め」と?
イリスウーフさんはしかし直接はそう言わず、椅子に横向きに座って隣の椅子の上に両足を乗せた。私はそのまま彼女の肩を揉み続けている。
「やっぱり三百年も石になっていたからなのか……ああ~、足がだるい。ふくらはぎの筋肉がほぐれていないと調子が出ないんですよね」
「ふぅ~ん……」
ドラーガさんは皿が片付けられて広くなったテーブルの上で頬杖を突きながら相槌を打つ。「ふぅん」じゃねえよ。分かれよ。揉めってことだよ。
「ふくらはぎは『第二の心臓』とも呼ばれていて、一番下まで降りてきた血を心臓まで送り返す役目があります。ここが十分に活動できないと、足のむくみや体のだるさが表れてパフォーマンスが発揮できないんですよね……」
「へぇ、そうなんや」
「そうなんや」じゃねえよ。揉めよ。無能のあんたでもそれくらいできるでしょうが。
「あ、あの、ドラーガさん……私は今肩を揉んでて忙しいんで、イリスウーフさんのふくらはぎをマッサージしてもらえますか?」
「ええ~……」
「ええ~」じゃねえよ、それくらいやれよ。今お前ヒマだろう。
「ちっ、しゃあねえか……」
「わあ、ありがとうございます、ドラーガ。なんだか催促してしまったみたいで悪いですね」
してたよ、催促。だんだん腹立ってきたぞクソ。これで全然弱かったりしたら私ブチ切れるかも。
「よっこいせっと……こうか?」
「ああ~……そうですそうです……気持ちいい♡」
なんか……妙な雰囲気になってきたぞ。なんだろこれ。たしかにドラゴニュートの姫とは聞いていたけど、なんでこの人私とドラーガさんにマッサージされながらプリン食ってるんだ……? お姫様特権? 周りの人も何とも言えない表情で私達を見てる。何なのこのシチュエーション。
「ああ……んっ♡ あんっ♡」
ふくらはぎ揉んでるだけなのになんでそんな艶っぽい声をあげるの。
「す、ストップ。ちょっと待って下さいドラーガ」
なんなの。まだなんか注文があるの。私とドラーガさんは手を止めてイリスウーフさんの言葉を待つ。
「なんというか、ドラーガに足を揉まれていると、なんかえっちな気分になってしまうので、やっぱりこれはやめましょう」
言うに事欠いてホンマいい加減にしろよ。というかこの流れはアレか、足の方も私が揉むことになるのか。
なんか釈然としないながらも私が足の方に移動しようとした時、天文館の扉が勢いよく開けられた。
入ってきたのは男性二人。一人が足を引きずり、何とかもう一人に肩を貸してもらって歩いているという状態だ。まさか、もう戦闘によるけが人が出たのか。
これは、今度こそ私の出番だ。
そうだよ。イリスウーフさんの肩揉んだり足揉んだりするのが私の仕事なわけないもん!
そういうのは無能のドラーガさんがやってればいいことだよ! えっちな気分になったならどっか私の目の届かない場所でヤッてきて欲しい。
「大丈夫ですか、ケガですか!? 私は回復術師です!!」
「えっ!? ヒーラーがいるの?」
え、なにそのリアクション。ヒーラーがいると思ってここに引き返して来たんじゃないの? ともかく私はすぐに怪我を見せる様に男の人に促した。
冒険者らしいその男の人はスッ……と、右手の人差し指をこちらにさしだす。
「こいつぁひどいな……」
ドラーガさんがそう呟く。
え……? どこが? というかどこに怪我が?
「人差し指の爪が……完全に割れちまってる……これじゃ、もう二度と、武器を持つことは……ううっ」
そう言って男の人はその場に泣き崩れた。
おいおいお前らいい加減にしろよ。
というか天文館に入って来た時お前足引きずってたじゃねーか。そっちはどうなったんだよ。
とりあえず。
「とりあえず、付き添いの人はもういいから前線に戻ってください」
「えっ? いや……俺はこいつを任されたから、そのぅ……こいつが回復するまでは、えっと……付き添ってやらないと……」
「任されたって、誰に?」
「あ、いやあ……誰だったかな……? こう、なんか……左手の薬指の関節に傷がある人だったような……」
なんだそのピンポイントな特徴。実在するのかソイツ。
「あのですね! バレバレなんですよ! 戦いたくなくて怪我したふりして後方に逃げて来たっていうのが」
「私も……戦いは嫌いだわ……」
「イリスウーフさんは黙っててください、今そういう話してるんじゃないんです」
「しかし、この深手では、前線に戻っても足を引っ張るだけ……」
「喰らえッ! ヒール!!」
私がヒールを食らわせると冒険者は小さく「あっ」と声をあげた。なんですかその「回復されちゃった」みたいなリアクションは。私はすぐに二人を押して天文館の外に放り出した。
「まじめにやってください! 本当に怪我したらすぐに回復してやりますから!!」
「クソッ、ヒーラーがいるなんて聞いてなかったぞ……」
「看病するていで休めると思ったのに……」
二人は悔しがりながら重い足取りで前線に引き返していく。ついでに外の様子を観察すると、まだ町中まではモンスターは押し寄せては来ていないみたいだ。
そこは少し安心したけれど、しかし結局冒険者があんなヘタレだとは……いや、あんな奴等ばかりじゃないはずだ。あれはきっと最底辺、さらに言うなら地元出身じゃない流れ者の、あんまりモチベーション上がってなかった人たちに違いない! 他の人達は真面目に戦ってるはず!
などと考えながら外を見ていると、もう一組、同じように一人が足を引きずり、もう一人が肩を貸してゆっくりと歩いて来る人影がある。
なんとなくイヤな予感がするぞ……
「うっ……足が……」
「足がどうしました、ヒーラーのマッピです」
「ゲッ、ヒーラーがいるのかよ!」
どいつもこいつも……そんなに回復されるのが嫌か!!
「いや、しかし……俺の怪我はヒールでは治らないかも……」
私はとりあえず足を引きずっている男の人を天文館前の階段に座らせる。どうも見たところ怪我はしていないようだけど、どこが悪いのだろうか。
「こむら返りを起こしてしまって……これは、ヒールでは治らないかもしれん……もう、戦場に戻ることは……ううっ」
そう言って男の人は涙を流した。
まあ確かにさ。
私もこむら返りにヒールを使ったことは無いけどさ。
「ひいいいぃぃぃぃるッ!!」
「いたたたた! 痛い痛い!! もっとゆっくり!!」
私はすぐに男の人のつま先を掴んで思いっきり上に押し上げてふくらはぎを伸ばす。口では「ヒール」と言っているけどもちろんヒールは使っていない。
「ハイ治ったァ!! さっさと前線に戻る!!」
そう言ってケツを蹴り上げると、二人はぶつぶつと文句を言いながらも前線に戻っていった。
ホンットにどいつもこいつも乙女んごたる!
「ああ、なんというかこう……足が少しだるい気がしますね」
「揉め」と?
イリスウーフさんはしかし直接はそう言わず、椅子に横向きに座って隣の椅子の上に両足を乗せた。私はそのまま彼女の肩を揉み続けている。
「やっぱり三百年も石になっていたからなのか……ああ~、足がだるい。ふくらはぎの筋肉がほぐれていないと調子が出ないんですよね」
「ふぅ~ん……」
ドラーガさんは皿が片付けられて広くなったテーブルの上で頬杖を突きながら相槌を打つ。「ふぅん」じゃねえよ。分かれよ。揉めってことだよ。
「ふくらはぎは『第二の心臓』とも呼ばれていて、一番下まで降りてきた血を心臓まで送り返す役目があります。ここが十分に活動できないと、足のむくみや体のだるさが表れてパフォーマンスが発揮できないんですよね……」
「へぇ、そうなんや」
「そうなんや」じゃねえよ。揉めよ。無能のあんたでもそれくらいできるでしょうが。
「あ、あの、ドラーガさん……私は今肩を揉んでて忙しいんで、イリスウーフさんのふくらはぎをマッサージしてもらえますか?」
「ええ~……」
「ええ~」じゃねえよ、それくらいやれよ。今お前ヒマだろう。
「ちっ、しゃあねえか……」
「わあ、ありがとうございます、ドラーガ。なんだか催促してしまったみたいで悪いですね」
してたよ、催促。だんだん腹立ってきたぞクソ。これで全然弱かったりしたら私ブチ切れるかも。
「よっこいせっと……こうか?」
「ああ~……そうですそうです……気持ちいい♡」
なんか……妙な雰囲気になってきたぞ。なんだろこれ。たしかにドラゴニュートの姫とは聞いていたけど、なんでこの人私とドラーガさんにマッサージされながらプリン食ってるんだ……? お姫様特権? 周りの人も何とも言えない表情で私達を見てる。何なのこのシチュエーション。
「ああ……んっ♡ あんっ♡」
ふくらはぎ揉んでるだけなのになんでそんな艶っぽい声をあげるの。
「す、ストップ。ちょっと待って下さいドラーガ」
なんなの。まだなんか注文があるの。私とドラーガさんは手を止めてイリスウーフさんの言葉を待つ。
「なんというか、ドラーガに足を揉まれていると、なんかえっちな気分になってしまうので、やっぱりこれはやめましょう」
言うに事欠いてホンマいい加減にしろよ。というかこの流れはアレか、足の方も私が揉むことになるのか。
なんか釈然としないながらも私が足の方に移動しようとした時、天文館の扉が勢いよく開けられた。
入ってきたのは男性二人。一人が足を引きずり、何とかもう一人に肩を貸してもらって歩いているという状態だ。まさか、もう戦闘によるけが人が出たのか。
これは、今度こそ私の出番だ。
そうだよ。イリスウーフさんの肩揉んだり足揉んだりするのが私の仕事なわけないもん!
そういうのは無能のドラーガさんがやってればいいことだよ! えっちな気分になったならどっか私の目の届かない場所でヤッてきて欲しい。
「大丈夫ですか、ケガですか!? 私は回復術師です!!」
「えっ!? ヒーラーがいるの?」
え、なにそのリアクション。ヒーラーがいると思ってここに引き返して来たんじゃないの? ともかく私はすぐに怪我を見せる様に男の人に促した。
冒険者らしいその男の人はスッ……と、右手の人差し指をこちらにさしだす。
「こいつぁひどいな……」
ドラーガさんがそう呟く。
え……? どこが? というかどこに怪我が?
「人差し指の爪が……完全に割れちまってる……これじゃ、もう二度と、武器を持つことは……ううっ」
そう言って男の人はその場に泣き崩れた。
おいおいお前らいい加減にしろよ。
というか天文館に入って来た時お前足引きずってたじゃねーか。そっちはどうなったんだよ。
とりあえず。
「とりあえず、付き添いの人はもういいから前線に戻ってください」
「えっ? いや……俺はこいつを任されたから、そのぅ……こいつが回復するまでは、えっと……付き添ってやらないと……」
「任されたって、誰に?」
「あ、いやあ……誰だったかな……? こう、なんか……左手の薬指の関節に傷がある人だったような……」
なんだそのピンポイントな特徴。実在するのかソイツ。
「あのですね! バレバレなんですよ! 戦いたくなくて怪我したふりして後方に逃げて来たっていうのが」
「私も……戦いは嫌いだわ……」
「イリスウーフさんは黙っててください、今そういう話してるんじゃないんです」
「しかし、この深手では、前線に戻っても足を引っ張るだけ……」
「喰らえッ! ヒール!!」
私がヒールを食らわせると冒険者は小さく「あっ」と声をあげた。なんですかその「回復されちゃった」みたいなリアクションは。私はすぐに二人を押して天文館の外に放り出した。
「まじめにやってください! 本当に怪我したらすぐに回復してやりますから!!」
「クソッ、ヒーラーがいるなんて聞いてなかったぞ……」
「看病するていで休めると思ったのに……」
二人は悔しがりながら重い足取りで前線に引き返していく。ついでに外の様子を観察すると、まだ町中まではモンスターは押し寄せては来ていないみたいだ。
そこは少し安心したけれど、しかし結局冒険者があんなヘタレだとは……いや、あんな奴等ばかりじゃないはずだ。あれはきっと最底辺、さらに言うなら地元出身じゃない流れ者の、あんまりモチベーション上がってなかった人たちに違いない! 他の人達は真面目に戦ってるはず!
などと考えながら外を見ていると、もう一組、同じように一人が足を引きずり、もう一人が肩を貸してゆっくりと歩いて来る人影がある。
なんとなくイヤな予感がするぞ……
「うっ……足が……」
「足がどうしました、ヒーラーのマッピです」
「ゲッ、ヒーラーがいるのかよ!」
どいつもこいつも……そんなに回復されるのが嫌か!!
「いや、しかし……俺の怪我はヒールでは治らないかも……」
私はとりあえず足を引きずっている男の人を天文館前の階段に座らせる。どうも見たところ怪我はしていないようだけど、どこが悪いのだろうか。
「こむら返りを起こしてしまって……これは、ヒールでは治らないかもしれん……もう、戦場に戻ることは……ううっ」
そう言って男の人は涙を流した。
まあ確かにさ。
私もこむら返りにヒールを使ったことは無いけどさ。
「ひいいいぃぃぃぃるッ!!」
「いたたたた! 痛い痛い!! もっとゆっくり!!」
私はすぐに男の人のつま先を掴んで思いっきり上に押し上げてふくらはぎを伸ばす。口では「ヒール」と言っているけどもちろんヒールは使っていない。
「ハイ治ったァ!! さっさと前線に戻る!!」
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