鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂

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人形使い?

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「待ちやがれ! このッ!!」

 なんだぁ……朝からうるっさい……

 リビングからガタガタ、ガシャンと音がする。うう、昨日は夜になってダンジョンから帰ってきて……それからどうしたんだっけ? 何かとんでもないことが起こったような……そこまで考えて私は目を開き、そして驚愕した。

 目の前にはシルクのような光沢を放つ、美しい黒髪に、まるで天使の彫像のような整った顔立ち。しかし彫像ではない。ゆっくりと呼吸の度に体が動いているし、何より薄桃色の可愛らしく瑞々しい唇は、生物にしか作れない艶やかな光沢を放っている。

 その果実のような唇から、とろりと涎が垂れ、私は思わずそれを指で掬い取ってしまった。

「ん……」

 その瞬間少し触れた指先に気付いたのか、少女が呻く。

 というか私はこの唾液をどうするつもりなんだ。なんかエロイぞ!

「あ……おはようございます」

 なんとその果実のような美しい唇は、言葉を発したのだ。

 というか思い出した。ダンジョンで出会ったイリスウーフさんだ。そうだ。部屋がないから私の部屋で一緒に寝たんだった。う~ん、見れば見るほどの美少女っぷりに私の性的嗜好がアイデンティティクライシス。

「マッピさん、かわいい」

 そう言ってイリスウーフさんはにこりと微笑み、私をぎゅっと抱きしめた。

 え? ちょっ、え!? イリスウーフさん、寝ぼけてる? 私は慌てて身を引こうと、引こうと思ったんだけど、柔らかい彼女の胸に顔をうずめるとその甘い香りにもやがかかったように頭が混乱してしまう。こ、これが竜言語魔法? 魅了の効果が!?

「待てって言ってん……ンガッ!!」

 ガシャン、とひときわ大きな音と声がして私は正気に返って上半身を起こす。今のはたしかにドラーガさんの声。こんな朝っぱらから一体何やってるんだろう。野良猫でも迷い込んだのか。私は慌てて部屋着を羽織る。

 リビングに入ってみると、辺りは酷い荒れよう。

 床には鼻から血を流して気を失っているドラーガさん。それと、人形? を首根っこ掴んでぶら下げるように持っているアルグスさん。いったい何が?

「とりあえず、マッピ。ドラーガを手当てしてくれるか?」

 そう言われて私は慌ててドラーガさんの怪我の状況を確認する。ぶっさいくな顔で失神してるドラーガさん……うわ、これ鼻が折れてるよ。結構ひどい怪我だ。いったい何があってこんなことに?

 私が回復魔法ヒールで彼を手当てしているとクオスさんとアンセさんも部屋から出てきた。

「まさかとは思うけど、こいつにやられたのか?」

 アルグスさんがそう言って人形を覗き見る。彼が揺らしたりしているのではなく、人形はなんと、自分で動いていた。っていうか人形にやられたの? ドラーガさん、弱いのは知ってたけど人形にすら勝てないの?

「ち、違う……」

 わっ! 喋った!

「わ、私を捕まえようとして、テーブルの脚に顔面を打ち付けて……か、勝手に気を失って……」

 ガチで人形に負けてるじゃないですか。どんだけ運動神経ないんですか。

「ん、ぐ……くそ……物の怪め……」

 やっと無様に人形に負けたドラーガさんも目を覚ました。この人いったい何なら得意なんだろう。

「そのお人形さん……なんかクラリスに似てませんか?」

 クオスさんの言葉に私はまじまじと人形を見る。言われてみれば似てる気がする。ブカブカの人形の服に、ストレートの髪の毛。前髪が短くておでこが出てて、ご丁寧に目の下には黒くクマも再現されてる。たまたま似てるっていうよりはわざと似せて作った感じに見える。

「ま、まさか……死んだ後人形に乗りうつって仕返しに来た、とか……?」

「ち、ちが……そんなんじゃ……」

 う~ん、どうもこの人吃音が激しくて話がしづらい。というか実際こっちはドラーガさんが一人やられちゃってるわけだし。まあこの人が弱すぎるせいもあるかもしれないけど。

「すいません、とりあえずクラリス様を下ろしてもらえますか……?」

 ぎぃ、と音を立ててドアを開けながらそう声をかけてくる少年。金髪の……凄い美少年だ。増々状況が分からなくなる。


――――――――――――――――


「つまり、別に敵意があってきたわけじゃない、と?」

 アルグスさんがそう尋ねると金髪の少年、ターニーと名乗ったが、彼はこくこくと頷いた。金髪に青い瞳。羨ましいなあ。アルグスさんもそうだけど、私も鮮やかな金髪には憧れる。まつ毛が長く、絵にかいたような美少年。彼がまさか……

「そ、そう。わ、私はただ、あなた達に興味があってきただけ。オートマタのターニーは私の護衛」

 まさか自動人形オートマタだとは。

 というかやはりあの人形はクラリスさんだった。人形使いが人形になってしまうなんてなんか皮肉っぽい。

「ていうかさあ」

 若干不満げな口調でアンセさんが声をあげる。

「あんた不老不死だったんじゃないの?  死んでんじゃん」

 まあ確かに。復活したみたいだけど。

「そ、そうだけど……こうやって復活してるんだから、そ、そこは突っ込まないで」

 テーブルの上にちょこんと正座した姿勢でクラリスさんが答える。なんかかわいいな。焼死体になってたクラリスさんはグロという以外の何物でもなかったけど、やっぱり小さい人形がこうやってちまちま動いてるのは凄く可愛い。欲しい。

「釈然としないわよねぇ……『不老不死にしてやる』とか言って、私の事もそんな人形にするつもりだったんじゃないの?」

 どうやらアンセさんは相当根に持つタイプみたいだ。というか本当アンセさんなんでそんなに不老不死に固執するんだろう。見た感じ若いし、美人だし、それに魔女って不老長命を手に入れてるんじゃないんだろうか。

「そ、そこは騙す気はなかった! 本当なら元と同じ体に戻って不老不死になれる。こ、今回は素体がもうなかったから仮でこんな体使ってるけど……」

「元の身体に、じゃなくて元と同じ体に戻って……? なんか怪しいわね。どういう仕組みで不老不死になるって言うのよ!」 

「そ、それは言えない。ゆ、許して。ガスタルデッロにもそこはまだ秘密にするように言われてる」

「まだ……?」

 アンセさんとクラリスさんの会話に少し首を傾げるアルグスさん。しかしそこへキッチンで血を洗い流してきたドラーガさんが会話に参加してきた。

「そんな話は今どうでもいいだろうがよぉ!」

 不老不死ってそんなにどうでもいい話かな?

「こっちゃお前の襲撃受けて怪我人が出てんだぞ!」

 あんたは勝手にスッ転んで顔面打っただけでしょうが。

 ドラーガさんはクラリスさんの首根っこを摘まんで、その体をさっきのアルグスさんと同じように自分の顔と同じ高さに持ち上げて睨みつける。

「てめえ、ここに何しに来やがった! 七聖鍵のスパイだろう!」

 こんなに堂々とスパイには来ないと思うんだけど、でも確かにそれは気になる。正直こんな人形の姿で何かできるとは思えないけれど、いったい何をしに来たんだろう。

 クラリスさんはぷらーん、と吊るされたまま、ぽっと頬を紅く染め、恥ずかしそうに袖の余っている手で顔を覆った。何で人形なのに顔色が変わるんだろう。

「そ、その……どど、ドラーガに、興味があって……」

 何なのこの人のモテ期。
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