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愛しのターニー

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「ふ……不老不死を……?」

 驚愕の感情、そしてその奥にほのかに滲む、歓喜と羨望の色。

 セゴーの声からはそんなところが感じられた。

「ンフフフ、実を言うとですネ、セゴーさんとっても頑張ってますから、準備だけはもうずいぶん前からやっているんですヨ」

 トークハットのベールの上からさらに扇子で口元を押さえ、楽しそうに”悪女”アルテグラが笑う。

「フフ、佳き日を選び、君さえ望めばいつでも不老不死の術にかかるとしよう。術式はアルテグラが行う」

「あ、ありがとう! ありがとうございます! このセゴー、一層粉骨砕身……」

「御託はよい」

 ガスタルデッロの言葉に感謝を示そうとしたセゴーであったが、その言葉を“聖金貨の”デュラエスがピシャリと遮った。

「お前の言葉が真実であろうと虚飾であろうと、俺は言葉など信じぬ。感謝の気持ちは結果で示せ。
 それに、不老不死などそうたいしたことではない。現にここいらの領主シーマンの一族にはすでに与えている」

「デュラエスの言うとおり、我らが一にも二にも望むものは魔剣野風。そしてその在処を知るイリスウーフ。それが手に入ればカルゴシアだけではない、お前がこのオクタストリウム王国を手に入れることも容易いだろう。その時になればカルゴシアくらいは魔族にでもくれてやってもいい。セゴー、お前には期待しているぞ」

 ガスタルデッロ達のくぐもったような押し殺したような低い笑い声が暗い部屋の中に響いた。

「私達も準備が必要ね。イチェマルク、孤児院に連絡を取っていただけるかしら? 『兵隊』の準備をしておきたいわ」

 “聖女”ティアグラがにこやかな笑みと共に“霞の”イチェマルクに声をかける。部屋の中、イチェマルクだけがおおよそ何の表情も読み取れない無表情をして、静かに壁を見つめていた。


――――――――――――――――


 カルゴシアの町の少し中心から外れた場所。明け方も近くなってようやくクラリスの側仕えの美少年、ターニーは焦燥感の強く感じられる顔で屋敷に戻ってきた。

 遠くに白む陽の光。その光にうっすらと照らしだされる赤レンガ造りの大きな建物、キリシアの人形使い、クラリスがこのカルゴシアでの活動拠点として最近購入した屋敷である。

 キリシアの七聖剣は一つのSランクパーティーではあるが、メッツァトルのように一つの建物で一緒に暮らしているわけではない。プライベートではきっちり線を引いているビジネスライクな関係である。そうしていないと長い期間一緒にユニットを組んで活躍することは難しいのだ。大抵は音楽性の違いなどで仲違いする。

「お帰りなさいませ、ターニー様」

 極めて感情を感じさせない、抑揚のない声が彼を出迎えた。

「すぐにクラリス様を復活させる。地下室の準備をお願いします」

 一方のターニーは焦っているようであった。オートマタである彼は汗はかかないが、眉間に寄った皺と、睨みつけるような強い視線からそれが感じられる。

 ターニーに話しかけられた白い肌のメイドは小さく返事だけすると、落ち着いた表情と足取りで屋敷の奥に準備をしに行く。

 この館の主人、自分の主が倒れたと聞いても何の驚きも感慨もない。彼女らもまたオートマタであるが故に。感情などというものは存在しない。

 だがターニーだけは違う。

 オートマタとゴーレムが館の一切を取り仕切るここで、彼だけが特別製。百年以上に及ぶ人間の思考パターンのサンプリング、どこぞで手に入れた少年の死体の脂肪と水分を珪素樹脂に置き換えた生体プラスティネーション技術、そしてクラリス自身も何が起きるかは測りかねている学習能力。

 その全てが彼に振舞わせていた。




「ん……あ、あれ? わたし……」

 人形使いクラリスはゆっくりと上半身を起こした。はっきりとしない頭で何があったのか、自分の身に何が起こったのかを思い返そうとする。しかし記憶を掘り起こす前に目の前に巨人が現れた。

「クラリス様!」

 巨人が自分の身体を包み込むように抑え込む。しかしいや、これは巨人ではない。そう言えばなんだか見覚えのある顔だ、と思い直す。
 そうだ、この巨人は自分の側仕え、オートマタのターニーだ。クラリスはそう思い至った。

 なるほど、という事は自分の身体が小さいのか、と理解する。そう言えば忘れていたが自分の今の状態は代わりのボディがなかったはず。それゆえに緊急用の義体で代用したのだと分かるまでにそう時間はかからなかった。

「く、くるしい、ターニー……はな、はなして」

 嘘である。本当は苦しくなどない。今の彼女の身体はほんの十数センチほどの小さい人形に無理やり竜の魔石を仕込んで疑似的に生物のように動かしているに過ぎない。生物ではないのだからどれだけ強く抱きしめられても苦しいなどという感覚は受けないのだ。相手が演技をしているのだから、こちらも演技で返す。なんとなくそんな態度をとった。

「す、すみません。でも、本当に心配で……ああ、おいたわしや。こんな姿になってしまって」

 ターニーは顔を歪めて泣き出しそうな表情になる。だが、涙は出ない。それをクラリスは知っている。


 なぜなら彼女がうにからだ。

 思わずクラリスは苦笑してしまう。これではまるで寂しい老人が自らを慰めるために人形遊びをしているみたいではないか、と。自分で作った台本通りに動く人形に心配されて、孤独と寂しさを紛らわす老人。

 だがよくよく考えてみれば実際その通りなのだ。人づきあいが苦手である彼女がゴーレムに興味を持ったのは自然な流れであった。七聖鍵のメンバーはビジネスパートナーではあるが、友達ではない。
 一方で「友などいらない、人づきあいなど面倒だ」などと言って研究に没頭しつつ、他方でその研究成果によって自分を慕ってくれる自動人形オートマタを作って家族ごっこをしているのだ。

 クラリスはくいくいと、ターニーを手招きする。ターニーは不思議そうな顔をしながらも彼女の乗っている机に顔を近づけた。

「よしよし……わ、私の事を気遣ってくれるのは、お、お前だけだ……嬉しいよ」

 そう言って彼女が人形の手でターニーの頭を撫でると彼は安心したような、穏やかな表情を見せる。クラリスはその顔を「可愛らしい」と思いつつも、どこか冷めた目で見つめていた。

 ターニーは自分がプログラムした通り自分を心配してくれているのだから、自分もそれに答えるようにロールプレイする。どこかひどく空虚に感じられた。

 さて、ここで家族ごっこをしていても始まらない。自分が死んだという事は元のボディを失くしていることから明らかだが、死んだ後の事が分からない。確か死体になっても人間の体の限界を超えて戦えるようプログラムしたはずだが、それは正常に動作したのだろうか? したのなら自分は勝利したのだろうか? そう考えたクラリスはターニーに状況を尋ねる。

「あ、アルグス達は、始末できたの? わ、私は」

 そう尋ねるとターニーの表情が曇った。

「いえ、残念ながら、クラリス様は敗北したようです。イチェマルク様が魔石を回収してくれたようで……」

 この言葉にクラリスは少し驚いた。いかなS級パーティーと言えども、メッツァトルと七聖鍵の間には大きな開きがあったはず。しかも単純に自分の肉体を破壊したところでエンチャンテッド状態になった自分の身体を止めることは簡単にはできないはず。では一体どうやって止めたのだろうか。急に興味がわいてきた。

「イチェマルク様が言うにはドラーガという人物が魔石を外に取り出していたようですが……」
「ターニー」

 彼の言葉を制して口を挟む。

「が、ガスタルデッロにはなんて説明してある?」

「……事実のままを。それと、ボディがないのでしばらくは復活できないと伝えてあります」

「よ、よおし。それじゃ、し、しばらくは自由に行動できるね……」

 そう言ってクラリスは両手を頭の上で組んで伸びをしようとするが、人形の頭が大きくて万歳しただけの形になった。

「一体何を……?」

「た、ターニー、私を、メッツァトルの本拠地に案内して!」
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