上 下
21 / 211

待ち受ける人物

しおりを挟む
 カラン、と鉄片が地に落ちた。

 あまりにも信じられない光景だった。

 ふうっと大きく息を吐き、そして大きく吸う。どうやら緊張のあまり呼吸をすることも忘れていたようだ。

 どういう原理で動いていたのか、リビングメイルはもう消滅した。辺りに散らばるのはグシャグシャにひしゃげた鉄板と挽き潰された鉄くずと、鉄粉。ゴーストだったのか、ゴーレムだったのか、それはもう分らないけれどさすがに鎧が消滅してしまってはもう動くことは出来ない。黒い霧もいつの間にか霧散していた。

「魔石がどうとか言っていたな……こいつにはなさそうだが」

 アルグスさんは息ひとつ切らしていない。

 全身鎧というものは基本的に矢や槍の穂先を逸らすのが第一の目的であり、重量軽減のためあまり厚くは作られてはいない。とはいえ。

 アルグスさんは初手で相手の剣を盾で受けながら無理やり押し込み、洞窟の壁とトルトゥーガで圧し潰した。その後は相手に一切体勢を立て直すことを許さず、トルトゥーガで殴り、潰し、引きちぎり、踏み潰す。

 圧倒的な力押しで一瞬で鉄塊に変えてしまった。

 その姿にアンセさん達は驚きの声をあげもしない。

「竜の魔石っていうのか、これ」

 アルグスさんは懐から緑色に光る石を取り出して眺めている。前回ブロンズゴーレムの体内から取り出した石だ。あれを取り戻そうとしていた……?

「思ってるよりも……もっと複雑な事情があるかもね」

 そう呟くアルグスさんの声に私は不安を覚えたけれど、とりあえず一行は先に進むことにした。途中何度かオークやゴブリンが襲ってきたけれど、アルグスさんにとっては藪を払うようなものだった。ダンジョンに入って2時間もしないうちに前回の『落とし穴の部屋』まで私達はたどり着く。

「崩落した瓦礫が積もってて、下りられないことはなさそうだな……」
「気を付けて、アルグス。ゴーレムがまだいるかもしれないわ」

 アンセさんが心配するが、アルグスさんは瓦礫を伝って下に降りていく。あんなに大きな盾を持っているのに全くそれは苦にならないようだ。

「まだまだ続きそうだな……ゆっくり行こう」

 穴はだんだんと先細りになっていったがしかし緩やかな傾斜をもってダストシュートのように続いていく。私達も慎重にそれに続いていく。後ろ向きになって、瓦礫に掴まり、ゆっくりとゆっくりと。アルグスさんに置いて行かれないように、でも滑らないように慎重に。

「ん? ちょっとドラーガさん、いつまでそこにいる気ですか」
「…………」

 ドラーガさんは部屋の上から見下ろしているだけだ。何で来ないの。

「別に全員で行く必要はないだろう。俺はここで待ってるからお前らだけでちょっと行ってこいよ」
「はぁ!?」

 何を言ってるのこの男は? そもそもこの先がどのくらいの探索になるか分からないのにここで待ってるつもりなの? めんどくさいから降りたくないだけじゃん。

「バカ言わないで、ドラーガさんも来るんですよ!」

「……まあ、俺がいないと不安な気持ちも分からないでもないがな。だがお前たちの極小脳みそでは分からないか? 全員が罠にはまったらいったい誰が助けに行くんだ? いよいよとなったらこの俺様が……」
「いいから来る!!」
「はい」

 怒気を孕んだ私の怒鳴り声でドラーガさんはあっさりと意見を翻し、こちらにお尻を向けてゆっくりと足を延ばし、下り始める。

 ……いや、下り始めようとする。伸ばした足先はふらふらと足場を探し、いつまでも場所が定まらず宙を彷徨い続ける。なんかこう、立ち上がり始めたばかりの乳幼児を見ているみたいだ。

 ああ、落ちちゃう、危ない、気を付けて。

 こんなことなら私がおんぶして降りるべきだったか、早くも私が後悔し始めた頃、ドラーガさんの身体が下にスライドした。なんと、一歩目で滑落しやがったのだ。

「わあっ! ちょっ!!」

 私だって両手両足を瓦礫に引っ掛けてかろうじて体重を支えてる状態だ。当然の如くドラーガさんの身体を支え切れずに滑落に巻き込まれてしまう。

「きゃあっ!」
「なに!?」

 さらにクオスさん、アンセさんを巻き込んで大きくなりすぎてしまった雪玉のように私達はぶつかり、絡まり、急斜面を転げ落ちていく。

「ぐえ!!」

 とうとうアルグスさんまでも巻き込まれた。上の異常事態には気づいてはいたものの、だからと言ってさすがに全員の体重を支えるほどの力はなく、かといって避けるわけにもいかず。せめてトルトゥーガをの代わりにしてシュートを滑り落ちていく。

 ガランガランと音を立てて滑り落ち、ようやく少し広めの部屋に吐き出されて私達は止まった。

「くっ……いたたた……」
「こんなことならドラーガを先に下ろすべきだった……」

 何とか体勢を整えて、先ず私達はそれぞれ大きな怪我がないか確認をする。

「あら?」

 だがすぐに異常に気付いた。怪我があったのではない。誰かが部屋にいる。というか向こうから声をあげてきた。距離にして10メートル余り。部屋の奥に真っ黒いフード付きのローブを羽織った小柄な人影が見える。

「ンふふふふ、本当に来ちゃったンですね」

 アルグスさんに聞いた話では、ダンジョン内で他の人に会うことはまずない。死体を見つける事なら稀にあるが、観光地でもないのに他の冒険者に鉢合わせする確率なんて砂漠に落したゴマ粒を偶然拾い上げるようなもんだ、と。

 フードを目深に被っており、その相貌は杳として知れず。カンテラを右手に持ってはいるが腕も足も、その先までローブに隠されていてそれが人間なのかどうかは分からない。声は女性のようであるが……

「なんで来ちゃったンですか? 自分が前回罠にはまりそうになった場所なのに。危険なのは分かってまシたよね?」

 しかしあくまで敵意は感じさせずに穏やかな口調。とはいえ私達がここで罠にかかりそうになったことを知っているという事はおそらく敵対勢力……アルグスさんが毅然とした態度で口を開く。

「知りたいからだ」

「知りたい……?」

 話している最中にふんふんと静かにクオスさんが鼻を鳴らす。クオスさんの特異体質はエルフの中でも特別で、聴覚だけでなく嗅覚も優れているという。「何か匂いますか?」と私が聞くと、クオスさんは小声で答えた。

「逆です……匂いが全くしない……ゴーレムか……もしくは」

 もしくは……しかしその先を言葉にせずにクオスさんは口を噤んでしまった。

「たとえ直接的に益がなくても、自分を陥れようとしたものの正体を知りたいと思う、そんなに不思議な事か?」

「ンふふふ……」

 アルグスさんの答えに小柄な人影は不気味な笑いを返す。

「いいですネ。実に愚かで。ワタシ、そう言うの大好きなンです」

「なにっ!?」

「おっと、そんなに怒らないでッ! 愚かなのは素晴らしい事ですよッ……それこそが人間を人間たらしめるものなンですから」

 アルグスさんが腰に差してある剣に手をかけると人影はすぐに後ろに下がる。戦う意思はないのだろうか。

「でもネ、せっかくここまで来ていただいたんですから、ここは当初の予定通り進まさせていただきましょうかネ」

 そう言うとその人物の後ろの扉が開く。

「テューマさん達、あとはよろしくお願いしますよ。あっ、『勇者』はなるべく新鮮な状態でお願いしますネ」

 「逃げられる」……そう思って駆け寄ろうとしたアルグスさんと私達。しかしその見知った名前を聞いたことによって思わず動きが止まってしまった。そして案の定ローブの人影と入れ違いに扉から出てきたのは……

「てめえの冒険はここで終わりだ、アルグス。遠慮なく俺達の踏み台になることだな!」

 テューマさんと、そのパーティーメンバーだった。

 私は、心の中でガッツポーズをとった。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

あなたに何されたって驚かない

こもろう
恋愛
相手の方が爵位が下で、幼馴染で、気心が知れている。 そりゃあ、愛のない結婚相手には申し分ないわよね。 そんな訳で、私ことサラ・リーンシー男爵令嬢はブレンダン・カモローノ伯爵子息の婚約者になった。

【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!

SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、 帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。 性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、 お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。 (こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)

【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。 ※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...