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十字架のガスタルデッロ
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「ありません」
とうとう恐れていたことが起きてしまった。
「無い筈は無ぇだろう。おい受け付け、隠したってためにならねえぞ?」
「よせドラーガ」
受付嬢に凄むドラーガさんをアルグスさんが制止して、彼女の方に再度話しかける。
「じゃあリーアンさん、確かにボクたちの行き先情報を照会した人は、いないんですね?」
リーアンさんはパラパラと手元の帳簿をめくりながら視線を落とす。
「そうですね……私が担当の時もないですし、記録にも残っていません」
と、いうわけで……危惧した通り、闇の幻影はシロだった。私達の勘違い……というかもはや言いがかりにも近いけれど。
「まっ、これでハッキリしたな」
ドラーガさんも納得してくれたようだ。
「ギルドとテューマ達が裏で結託してるってこった」
ちょほーい!!
「ちょっと待って下さいよ、なんでそんなことになっちゃうんですか! どういう思考回路してるんですか!?」
「マッピさん、声が高い」
ジト目でクオスさんが注意する。たしかに今私達はギルドの一階に併設のトラットリアで食事をしながら作戦会議中。つまり周りはギルドの関係者だらけ。ヘタしたらテューマさん達も食事をとりに来るかもしれない。
そんな中でのドラーガさんの不用意な発言だったってことも考慮してほしい。
「よしッ」
ドラーガさんがガタッと席を立つ。
「ちょっくらセゴーを締め上げて吐かせてみるか」
「おほーい!!」
っていうかお前には無理じゃボケ!
私は必死でドラーガさんを席につかせる。クオスさんの視線も、その他の周りの客の視線も痛い。
「んんんん……」
アルグスさんは難しい顔をして唸りながらフォークでチキンソテーをぶすぶすと差している。
「決め手がないわねぇ」
すでに食事を終えてお茶を飲んでいるアンセさんは腕組みをしながらそう言った。腕を組むとすごいな、おっぱいの圧が。羨ましい。
「ギルドと闇の幻影が繋がってるってどういうこと?」
一瞬何の話かと思ったけど、ドラーガさんの妄言についてアンセさんは質問したのだった。正直この男のいう事に耳を傾ける価値なんかあるのか、とは思うけれども。
「ギルドの職員には二種類いるな。普通に市民が就職した者、受付の女なんかが一つ、もう一つが……」
「専従……ですか?」
ドラーガさんの言葉にクオスさんが答える。
そう言えば私も聞いたことがある。代表的なのはギルドマスターのセゴーさんで、引退した元冒険者や、一時的に冒険者をやめて専属でギルドで働いている人たちの事だ。
冒険者の仕事は当然荒事だ。未開の地への冒険、用心棒、危険なモンスターの討伐、それに傭兵なんかもやったりする。
そういった仕事の仲介や、可能であれば仕事に失敗した冒険者の救助もしたりする。そういう仕事は一般市民にはできないから『専従』の人達の出番だ。
ドラーガさんはぴん、と人差し指を立て、声を落として静かに語った。
「他にもう一つ、ヤミ専従ってのがある」
「聞いたことがあるぞ……」
低い声でアルグスさんがそう言った。怒気を孕んだ視線。普段穏やかなアルグスさんがここまで怒る事なのか……闇専従とは?
「ギルドと癒着して、サポートを受けながら依頼を達成し、報酬の何割かをキックバックする。甚だしくは依頼を公表せずに『受けられる人間がいない』と依頼主に値を吊り上げさせ、十分に報酬が上がったところでギルドの息のかかったパーティーに自分達のサポートの下これを受けさせる、とかな」
そんな人がいるのか。もし本当なら依頼主にとっても他の冒険者にとっても有害な存在だ。
「あまつさえクエスト外でのトレジャー、たとえばダンジョンで見つかる宝だな。これをギルドが優先的に手に入れ、私腹を肥やすこともできる」
「今回はそのヤミ専従が他の冒険者を直接危険に陥れようとしたことになるわ」
アンセさんの声が少し大きくなってきた。どうやら怒りで興奮してるみたい。
「それほどの宝があのダンジョンに眠っているっていう事か……しかもその事実は他の冒険者には公開されていない……」
アルグスさんは怒りのあまりコップを握りつぶしそうだ。
「そんな大発見をすれば、闇の幻影もSランクにレベルアップできるかもしれませんね……」
クオスさんの静かな言葉にも怒気が感じ取れる。
「そして当然テューマ達とギルドが癒着してるってんなら、わざわざ情報を問い合わせるまでもねえってことさ。
それだけじゃない。ギルドってのは領主から見れば冒険者みたいな根無し草への徴税機関でもある。その上顧客情報の守秘義務をうたって実際にいくらの依頼料を受けてるかはギルドにしか分からない」
クオスさんが怯えたような目でドラーガさんの言葉に答える。
「それじゃ、やろうと思えば仲介料のぶっこ抜きも脱税もし放題ってこと? 冒険者のための組合がそんなことしてるなんて……」
いやいやいや、ちょっと待って下さいよ皆さん。
それ全部昨日の罠がテューマさん達の仕業だったら、っていう前提でのお話ですよね? なんかそういうデータあるんですか?
「悪辣な奴らだ……」
それあなたの感想ですよね?
まずいまずいまずい。これ何とかして軌道修正しなきゃ。話がどんどん大きくなっていくよ。
「い、いやまずですね? あの罠が誰の仕業ってことも分からな……」
「これも全て事前にいち早くテューマ達が怪しいという情報を掴んでくれたマッピのおかげだ、ありがとう」
えぅ? いやアルグスさん?
「本当ね、貴方を仲間にして良かったわ。改めてよろしくね、マッピ」
え? えへへ……いやあ、アンセさんにそう言われると……っていやそうじゃなくて。
「まあ、認めてあげなくもないですけど……それとドラーガさんの事は別ですからね」
クオスさんツンデレさんでしたか。いや……もう、どうしたらいいのこれ。
ガタン、とドラーガさん……今回の件の元凶が立ち上がった。
「よし、そうと決まれば今からでもテューマ達をぶっ殺しに行こうぜ。きっとまだその辺にアホ面さげてうろついてるはずだ」
お前ほんまええ加減にしろよ。
とはいえ、もう……
「もうどうにでもなれ」
ドラーガさんにつられて他の人達も席を立って出口に向かって行く。私はぼうっとして何も考えられない頭でトボトボとその後をついていく。
どうしてこんなことに……というかドラーガさんはともかくアルグスさん達も本当にテューマさんを見つけたらぶっ殺すつもりなの? 私はメイスを持つ手に思わず力が入ってしまう。
しかし、天文館の出口のドアを開けた時、まだ昼過ぎのはずなのに闇に包まれた。
何が起きたのか。雨も嵐も来ていない。時間はまだ昼めし時のはず。
逆光でよく分からなかったが、その巨大な闇は、人影だった。
天文館のギルドマスター、セゴーさんは身長が高い。2メートル以上はゆうにある。だがその人影はそのセゴーさんと比べてもさらに頭一つ分は大きい。身長は230センチ以上はある。
思わず全員が立ち止まってしまう。ブロンズゴーレム相手に一歩も引かなかった勇者アルグスさんでさえ、そのあまりの威容にぽかんと口を開けている。
その人影は暫く私達と見つめ合っていたが……いや、その『暫く』がほんの数瞬だったのか、それとも数分だったのか、それすらも曖昧になるほどの衝撃があったんだけども、とにかく黒ずくめの大男は静かに一言だけ口を開いた。
「失礼……」
すぅっと、私達の間をすり抜けるように、足音さえさせずに通り過ぎて行った。巨体に似合わぬ軽やかな身のこなしだったと思う。
「ただ者じゃねーな」
ドラーガさんがそう言うが、まあしかしそれは私にも分かる。とにかくあの大きさだけでただ者じゃないと分かる。そのうえでテューマさんみたいに驕るでも見下すでもなく、何事もなく天文館の奥へと進んでいった。
私達は少し遅れてドアの外に出たけれど、アルグスさんは青い顔をしていた。
「ただ者じゃない……全くその通りだ……あれだけの巨体で、ただすれ違っただけだというのに、重心のブレが全くなかった……」
アンセさんが、すでに閉められた天文館のドアを振り返って呟く。
「キリシアの七聖鍵……」
ん……? どこかで聞いたことがあるような……? 知ってる人なの?
「顔を見たことはないけれど噂には聞いているわ。天を衝く大男で、巨大な十字の両手剣を武器に使う事からこう呼ばれている……」
「十字架のガスタルデッロ」
とうとう恐れていたことが起きてしまった。
「無い筈は無ぇだろう。おい受け付け、隠したってためにならねえぞ?」
「よせドラーガ」
受付嬢に凄むドラーガさんをアルグスさんが制止して、彼女の方に再度話しかける。
「じゃあリーアンさん、確かにボクたちの行き先情報を照会した人は、いないんですね?」
リーアンさんはパラパラと手元の帳簿をめくりながら視線を落とす。
「そうですね……私が担当の時もないですし、記録にも残っていません」
と、いうわけで……危惧した通り、闇の幻影はシロだった。私達の勘違い……というかもはや言いがかりにも近いけれど。
「まっ、これでハッキリしたな」
ドラーガさんも納得してくれたようだ。
「ギルドとテューマ達が裏で結託してるってこった」
ちょほーい!!
「ちょっと待って下さいよ、なんでそんなことになっちゃうんですか! どういう思考回路してるんですか!?」
「マッピさん、声が高い」
ジト目でクオスさんが注意する。たしかに今私達はギルドの一階に併設のトラットリアで食事をしながら作戦会議中。つまり周りはギルドの関係者だらけ。ヘタしたらテューマさん達も食事をとりに来るかもしれない。
そんな中でのドラーガさんの不用意な発言だったってことも考慮してほしい。
「よしッ」
ドラーガさんがガタッと席を立つ。
「ちょっくらセゴーを締め上げて吐かせてみるか」
「おほーい!!」
っていうかお前には無理じゃボケ!
私は必死でドラーガさんを席につかせる。クオスさんの視線も、その他の周りの客の視線も痛い。
「んんんん……」
アルグスさんは難しい顔をして唸りながらフォークでチキンソテーをぶすぶすと差している。
「決め手がないわねぇ」
すでに食事を終えてお茶を飲んでいるアンセさんは腕組みをしながらそう言った。腕を組むとすごいな、おっぱいの圧が。羨ましい。
「ギルドと闇の幻影が繋がってるってどういうこと?」
一瞬何の話かと思ったけど、ドラーガさんの妄言についてアンセさんは質問したのだった。正直この男のいう事に耳を傾ける価値なんかあるのか、とは思うけれども。
「ギルドの職員には二種類いるな。普通に市民が就職した者、受付の女なんかが一つ、もう一つが……」
「専従……ですか?」
ドラーガさんの言葉にクオスさんが答える。
そう言えば私も聞いたことがある。代表的なのはギルドマスターのセゴーさんで、引退した元冒険者や、一時的に冒険者をやめて専属でギルドで働いている人たちの事だ。
冒険者の仕事は当然荒事だ。未開の地への冒険、用心棒、危険なモンスターの討伐、それに傭兵なんかもやったりする。
そういった仕事の仲介や、可能であれば仕事に失敗した冒険者の救助もしたりする。そういう仕事は一般市民にはできないから『専従』の人達の出番だ。
ドラーガさんはぴん、と人差し指を立て、声を落として静かに語った。
「他にもう一つ、ヤミ専従ってのがある」
「聞いたことがあるぞ……」
低い声でアルグスさんがそう言った。怒気を孕んだ視線。普段穏やかなアルグスさんがここまで怒る事なのか……闇専従とは?
「ギルドと癒着して、サポートを受けながら依頼を達成し、報酬の何割かをキックバックする。甚だしくは依頼を公表せずに『受けられる人間がいない』と依頼主に値を吊り上げさせ、十分に報酬が上がったところでギルドの息のかかったパーティーに自分達のサポートの下これを受けさせる、とかな」
そんな人がいるのか。もし本当なら依頼主にとっても他の冒険者にとっても有害な存在だ。
「あまつさえクエスト外でのトレジャー、たとえばダンジョンで見つかる宝だな。これをギルドが優先的に手に入れ、私腹を肥やすこともできる」
「今回はそのヤミ専従が他の冒険者を直接危険に陥れようとしたことになるわ」
アンセさんの声が少し大きくなってきた。どうやら怒りで興奮してるみたい。
「それほどの宝があのダンジョンに眠っているっていう事か……しかもその事実は他の冒険者には公開されていない……」
アルグスさんは怒りのあまりコップを握りつぶしそうだ。
「そんな大発見をすれば、闇の幻影もSランクにレベルアップできるかもしれませんね……」
クオスさんの静かな言葉にも怒気が感じ取れる。
「そして当然テューマ達とギルドが癒着してるってんなら、わざわざ情報を問い合わせるまでもねえってことさ。
それだけじゃない。ギルドってのは領主から見れば冒険者みたいな根無し草への徴税機関でもある。その上顧客情報の守秘義務をうたって実際にいくらの依頼料を受けてるかはギルドにしか分からない」
クオスさんが怯えたような目でドラーガさんの言葉に答える。
「それじゃ、やろうと思えば仲介料のぶっこ抜きも脱税もし放題ってこと? 冒険者のための組合がそんなことしてるなんて……」
いやいやいや、ちょっと待って下さいよ皆さん。
それ全部昨日の罠がテューマさん達の仕業だったら、っていう前提でのお話ですよね? なんかそういうデータあるんですか?
「悪辣な奴らだ……」
それあなたの感想ですよね?
まずいまずいまずい。これ何とかして軌道修正しなきゃ。話がどんどん大きくなっていくよ。
「い、いやまずですね? あの罠が誰の仕業ってことも分からな……」
「これも全て事前にいち早くテューマ達が怪しいという情報を掴んでくれたマッピのおかげだ、ありがとう」
えぅ? いやアルグスさん?
「本当ね、貴方を仲間にして良かったわ。改めてよろしくね、マッピ」
え? えへへ……いやあ、アンセさんにそう言われると……っていやそうじゃなくて。
「まあ、認めてあげなくもないですけど……それとドラーガさんの事は別ですからね」
クオスさんツンデレさんでしたか。いや……もう、どうしたらいいのこれ。
ガタン、とドラーガさん……今回の件の元凶が立ち上がった。
「よし、そうと決まれば今からでもテューマ達をぶっ殺しに行こうぜ。きっとまだその辺にアホ面さげてうろついてるはずだ」
お前ほんまええ加減にしろよ。
とはいえ、もう……
「もうどうにでもなれ」
ドラーガさんにつられて他の人達も席を立って出口に向かって行く。私はぼうっとして何も考えられない頭でトボトボとその後をついていく。
どうしてこんなことに……というかドラーガさんはともかくアルグスさん達も本当にテューマさんを見つけたらぶっ殺すつもりなの? 私はメイスを持つ手に思わず力が入ってしまう。
しかし、天文館の出口のドアを開けた時、まだ昼過ぎのはずなのに闇に包まれた。
何が起きたのか。雨も嵐も来ていない。時間はまだ昼めし時のはず。
逆光でよく分からなかったが、その巨大な闇は、人影だった。
天文館のギルドマスター、セゴーさんは身長が高い。2メートル以上はゆうにある。だがその人影はそのセゴーさんと比べてもさらに頭一つ分は大きい。身長は230センチ以上はある。
思わず全員が立ち止まってしまう。ブロンズゴーレム相手に一歩も引かなかった勇者アルグスさんでさえ、そのあまりの威容にぽかんと口を開けている。
その人影は暫く私達と見つめ合っていたが……いや、その『暫く』がほんの数瞬だったのか、それとも数分だったのか、それすらも曖昧になるほどの衝撃があったんだけども、とにかく黒ずくめの大男は静かに一言だけ口を開いた。
「失礼……」
すぅっと、私達の間をすり抜けるように、足音さえさせずに通り過ぎて行った。巨体に似合わぬ軽やかな身のこなしだったと思う。
「ただ者じゃねーな」
ドラーガさんがそう言うが、まあしかしそれは私にも分かる。とにかくあの大きさだけでただ者じゃないと分かる。そのうえでテューマさんみたいに驕るでも見下すでもなく、何事もなく天文館の奥へと進んでいった。
私達は少し遅れてドアの外に出たけれど、アルグスさんは青い顔をしていた。
「ただ者じゃない……全くその通りだ……あれだけの巨体で、ただすれ違っただけだというのに、重心のブレが全くなかった……」
アンセさんが、すでに閉められた天文館のドアを振り返って呟く。
「キリシアの七聖鍵……」
ん……? どこかで聞いたことがあるような……? 知ってる人なの?
「顔を見たことはないけれど噂には聞いているわ。天を衝く大男で、巨大な十字の両手剣を武器に使う事からこう呼ばれている……」
「十字架のガスタルデッロ」
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